第6話 犯人

 街から離れた道。

 一台の魔道車が走行していた。

 舗装されていないためか車体が激しく揺れ、少しでも道をそれれば横転してしまいそうな勢いだ。

 搭乗者は振動に歯を食いしばりながらハンドルを握り、ぶつかりそうな障害物をすれすれのところで避けていく。

 苛立ちと共にアクセルを踏んで魔導車を加速させた。

 耳につけている通信機は沈黙を続け、それが搭乗者の焦らせる。

 予定の合流ポイントはもうすぐだというのに不安な気持ちは増すばかり。

 速く行かなければという思いで危険な運転を続ける。

 だが、その矢先に突然魔導車のタイヤがパンクした。

 速度を出していた魔導車はバランスを崩し、道を逸れて気に激突する。

 普通ならそのまま搭乗者が死亡しかねない大事故になるが、魔導車に搭載されている保護術式とエアクッションが起動。

 車としての機能は完全に使えなくなるが、棺桶になることはなかった。

 搭乗者がくぐもった声を出しながらドアを開けて転がり出る。

 保護術式やエアクッションがあっても強く身体を打ち付けているからか、苦悶の表情を浮かべていた。

 そこに一人の影が落ちる。

 月の光が両者の顔を露わにした。


「間に合いましたよデイビッド支部長」

「アメリア・ホワイト……!?

 なぜここに、どうやって!?」


 その問いに答える様にアメリアは腰につけているポーチから一つのキューブを取り出す。


飛行の書ザ・フライト

 本来なら機械や大型の物と一緒に使うものですが、諸事情で今は私が借り受けています」

「魔道書……?

 ククッ、そうか……魔導書か……」

「デイビッド支部長。

 貴方がアレンビーさんを殺した犯人ですね」

「……どうしてそう思う?」

「そうですね」


 デイビッドに向かって、疑いの理由を述べる。

 まず魔導書の在処だ。

 支部長であり、アレンビーとよく話していたとなればどこにどう保管されているという話もしていたと推測される。例の停電を使えば監視の目を潜り抜け、盗み出すことは容易だろう。

 次に情報の流出。

 その目的はアレンビーの事件を調査しにくるアメリアの妨害。

 支部長という地位にいれば事前に事件に調査するという知らせは報告される。

 自分を疑いの目から逸らすために情報を流して例の襲撃者たちを招き入れた。

 そして――。


「諜報部からの報告によれば。

 最近ある組織の中から脱走者が出たそうで、その人から貴方の名前が上がったそうです。

 未調査の遺跡や現在の魔導書の所持者の名前などの情報を流していたそうですね」


 アメリアが研究所から出た時に友人に頼んで調べてもらった情報だ。

 本来はアレンビーによく接触していたというデイビッドの経歴や過去に何をしていたかについて調べてもらうつもりだったのだが、先ほどその情報を載せたメールが届いた。

 運が良かった。

 それが無ければきっとこのまま逃がしていたに違いない。

 アメリアは引き金に指をかけて言葉を続ける。


「はぁ~、なんだその。

 推理小説を読んでいる途中に犯人を教えるみたいな情報は?

 全くもって面白みがないじゃないか」

「どうしてアレンビーさんを?」

「……彼を殺してしまったのは事故さ。

 私は彼を勧誘したんだ」

「勧誘、ですか」

「そうだ。

 君も知っているだろう?この印を」


 デイビッドはシャツを脱ぎ、己の右胸にある者を見せる。

 そこにあったのは太陽の中に五芒星が描かれたマーク。

 ある組織のエンブレムだ。

 それは襲撃者たちにも刺繍されていたものと同じもの。


「彼らは、教団は約束してくれた私の望みを叶えてくれることを!」


 教団。

 この世界に蔓延る犯罪集団。

 犯罪者が多数集まっており、大規模な事件の中心にはいつも彼らが存在する。

 その全貌は不明。

 はっきりしているのは魔道具や魔道具を収集し、災厄を振りまくこと。

 そして所属している者たちは全身体のどこかに太陽のエンブレムを刺繍している。


「彼らの手元にも多くの魔導書がある。

 アレンビー君も好きなだけ研究すればよかったのに……見事にフラれてしまってね」

「だから殺したというのですか?」

「そうだね。

 あの時は彼に色々言われて頭に血がのぼってしまったというのもあるかな」


 デイビッドはやれやれと肩を竦める。

 まるで罪悪感と言うものが感じられなかった。


「さて中尉。

 こんなに長話しててもいいのかね?」

「どういうことですか?」

「あの街はそろそろ爆発する」

「ッ!?」


 デイビッドはニタニタとした笑みを浮かべながらアメリアの後方、街の方へと指を指した。


「いいかい?

 私が焦って車を走らせていたのは君から逃走するわけじゃない。

 爆発に巻き込まれないようにするためさ」

「なにを、どうやって!?」

「停電騒ぎがあるだろう?

 あの時間に街に流れ込むはずの魔力は地下にある爆弾に送り込むために使っていてね」

「爆っ……!?」


 街に送られる数分の魔力。最低でも2週間それを続けている。

 それほどの量を貯められる爆弾ならあの街を吹っ飛ばすことも容易だ。


「本来は私自身であの街を消すつもりだったのだが、どうにもうまくいかなくてね」

「なんで、そんなことを!!」

「名前さ」


 シャツを羽織り直しながらデイビッドは語る。

 己の望みを、喉から手が出る程の欲するものを。


「私はね、英雄や偉人のような、教科書や伝記に名前が載るような人になりたかったんだ」


 だけどね、と呟くように言って顔が怒りに染まり始める。


「けれどこんな辺鄙な所に飛ばされて、私は名を残す機会を失った!

 本部は私の能力を蔑ろにして!」

「支部の長を任されるのはむしろ能力を認められているからでしょう!?

 そんな理由で!」

「わからないだろうなぁ君たちにはぁ!!」


 とてつもない気迫にアメリアは気圧される。


「私はその地位じゃ満足できないんだよ。

 名を残せたとしてもせいぜいそこにいた人たちの思い出に残る程度!

 名声も名誉もありゃしない!

 そこで私は考えた……。

 なにも残すのは名声じゃなくてもいいと!」

「貴方は……」

「そう!悪名を轟かせ、世界の歴史に刻むのだ!

 デイビッド・マクスウェルは存在すると!」


 デイビッドは胸のペンダントを握り、叫ぶ。


「立ち上がれ!『巨人の書ザ・タイタン』!」


 ペンダントが輝き、所持者の肉体を変化させる。

 筋肉が膨れ上がり、両腕は丸太の様に太く。

 全身も岩の様に強固に変化し、何物も弾く鎧となった。

 大きさは3mほどだろうか。

 顔も岩のようなものに覆われており、見えるのはその目と頭髪のみ。


「私とこれは相性が悪いみたいでね。

 頑張ってもこれぐらいしか大きくなれないんですよ。

 おかげで砲撃もまともにできない……ですが」


 巨大化した腕で木を引き抜き、振りかぶる。


「貴方を始末するならこれで十分です!」


 デイビッドとの戦闘が始まった。

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