第3話 事件調査
アメリアは資料室で今回の資料を読み込んでいた。
殺された時刻は深夜。
支部から離れた研究所に移動する途中で襲われたと見られている。
遺体の状況はとても惨い状態で、身元は所持品と魔道具による遺伝子の鑑定から特定された。
明らかに魔道具や術式を用いられた犯行。
しかしそこに魔力の痕跡は検出されておらず、どのような魔道具で手をかけたのかは不明であった。
「何のために……?
アーロンさんに盗まれるところを見られた?」
あるいは『巨人の書』を所持していたアレンビーから強奪したか。
魔導書という貴重なものを盗むにしてはいささか、いや、かなり雑すぎる。
「焦っていたとか」
アーロンの同僚たちのアリバイを読み取りながら考える。
彼らは研究所にはおらず、それぞれ街や自室にいたようで、証言や監視カメラから裏はとれていた。
「……あれ」
資料を見ながらアメリアは気が付いた。
誰も支部から研究所に向かうような記録は残っていない。
「アーロンさんの記録もない……?」
アメリアは同じ部屋にいる別の局員に声をかけて、そのことを聞く。
「あぁそれはカメラや記録術式の一時的な停電が起きたんですよ。
えっとここのページに……あった。ここのですね」
電気や術式は常に支部の地下にある門からの魔力供給で動いている。
そこから抽出される魔力が流れないことがあれば支部の機能は勿論、街の発電は止まってしまう。
「原因は……門から抽出される魔力が止まった?
え、これ下手すれば一大事じゃないですか!?」
「い、いえほんの数分だったので……」
「だとしてもここや他の設備の機能が停止されてしますんですよ?」
「わ、私に言われましても……」
アメリアの鬼気迫る表情に局員は冷や汗を流す。
「……すいません、取り乱しました。
ですがこれ本部に報告上げてないんですか?」
この支部に来るまでの事前情報を聞いていたアメリアだったがこの情報は知らなかった。
まさかと思い局員に尋ねる。
「えっ?上がってないんですか?」
目を丸くした局員を見て深いため息をつきそうになるが、寸前のところ堪える。
代わりに右手を顔に当てて、先ほどのディビットの顔が頭に浮べた。
(……いや、これ以上考えるのはやめよう。
今は事件の方が先だ)
アメリアは資料から要点を書き出したメモ帳をポケットにしまう。
「すいません、念のため現場を見てきます。
もしかしたら何か別の手掛かりが残っているかもしれませんし」
「わかりました。
片付けの方は私がしておきますので」
「ありがとうございます。
それでは失礼します」
局員に敬礼をしてアメリアはその部屋を後にする。
考えることはたくさんだが、とりあえずは一つ一つの潰していくしかない。
それから支部を出て、徒歩で事件現場へと向かう。
少し時間はかかるが、かといって魔道車を借りるほどの距離でもない。
しばらく歩いていくとそこに到着する。
今では現場保存されていた道は封鎖を解除されて通れるようになっていた。代わりに隅にはいくつかの花束が置かれていた。
弔いの花だろう。
アメリアは自分も花の一つでも持ってくればよかったなと思いながらしゃがみ、両手を合わせる。
「さて……」
念のために魔力探知の魔道具を起動させる。
わかっていたことだが、魔力の痕跡は残っていない。
「っていっても物理的な痕跡はもっと残っていないだろうし……どうしたものかな」
「おや?中尉さんじゃないですか」
アメリアが顎に手を当てて唸っていると後ろから声を掛けられる。
振り返るとそこにはコートを貸してくれた黒髪の少女が立っていた。
気さくに片手を上げて歩いてくる姿はまるで旧知の仲であるかのように思わせる。
もう片方の手には花束が握られていた。
「あ、先ほどの。
すいません、ちょっと込み入った事情が入ってしまってまだコートを返せそうになくて」
「あぁ、それは気にしなくていいですよ。
ここであったのは偶然でしょうし、気にしないでください。
いざとなれば管理局に請求するだけなんで」
「それをされると本官が叱られるんですけどね……」
思わず苦笑いになってしまうが、少女がアメリアの後ろを見て真面目な顔になるとアメリアも顔を引き締める。
少女は花束を置いて両手を合わせた。
「アレンビーさんとお知り合いだったんですか?」
あまりいい話ではないが、管理局と賞金稼ぎの仲は悪い。
賞金稼ぎが賞金首や遺物の回収を生業としていると一緒で管理局もまた賞金首を追い、遺物や遺跡の調査をしている。。
つまるところ、賞金稼ぎにとっては監理局は仕事を盗る商売敵というわけだ。
そんな賞金稼ぎである少女が管理局の一員のアレンビーに弔いの花束を持ってくるのは意外に感じていた。
「えぇまぁ、少しだけ」
「それはその」
「気にしないでください。
中尉はもしかしてこれの犯人を捜して?」
「えぇはい。そんなところです」
「そうですか」
黒髪の少女は立ち上がり、じっと積まれている花を見つめる。
「……」
「どうかなさいました?」
「いやなんでもないです。
あぁそうだ、少しお願いがあるんですけど」
「お願い?」
「事件の調査に俺も協力させてはくれませんか?」
「えっ、それは」
「あぁ賞金目的とかじゃないですよ?
単に見知った顔がやられてじっとしれられないだけです」
彼女は賞金稼ぎではあるが管理局に所属してない一般人とはくくりは変わらない。
そんな彼女をこれに関わらせるのはあまりよくないはずだ。
返事に渋っていると少女はアメリアの顔を覗き込むようにして首をコテンと傾げながら。
「ダメ、ですか?」
顔がいい。
同性でも効果抜群のフェイスアタックにアメリアは折れた。
「わかりました……。
ですがあくまで聞き込み等の簡単なお手伝いだけですよ」
「えぇもちろん」
アメリアはため息をつく。
これは報告書になんて書けばいいのだろうか?
にこりと笑う少女を見て頭が痛くなる。
と、同時に気が付いた。
パートナーである紫の少女がいなかった。
「お連れの方はどちらへ?」
「街のほうで聞き込みのほうを。
後ほど合流する予定になっています」
「……最初から自分たちだけでも調べる気だったんですね」
「さぁ?なんのことですか?」
白々しくも肩をすくめて誤魔化す。
悩みの種が増えていくばかりだ。
だが、ひとまずはこの事件の解決が最優先。
使える手札は増やしとくべきだ。
「次はこの先の研究所に行くつもりです。
貴女は……えっと」
「ヨツキといいます」
「ではヨツキさん、少しの間ですがよろしくお願いしますね?」
「えぇこちらこそ」
アメリアとヨツキは握手を交わして、アレンビーが働いていた研究所へと向かった。
★
「アレンビー君はとてもいい子だったよ。
最近の若い子にしてはしっかりしてたし、研究熱心だった」
「困ったことがあればすぐに頼ってくれたし、こっちも困ってたら手伝ってくれたもんえねぇ」
「魔導書の研究が進めば昇進するかもって話も上がってたんだよ」
「来週も一緒にメシいこうって話してたんだ……こんなことになるなんて」
アレンビーの同僚に聞き込みをした結果、彼はとても好かれていたということがよくわかった。
だが事件につながる情報は特に出なかった。
「ここでは魔導書の研究以外はなにを?」
「基本的には採掘とかに使う大型の魔道機械の開発や試験だね。
ここはそういった大きなものを動かすのに余裕がある場所があるし、それも踏まえて『巨人の書』があてがわれたんだ。
アレンビー君は本部にいる魔導書管理人に憧れるくらいに魔導書のことが好きだったから、研究ができるようになってとても嬉しそうだったよ」
「その、研究内容について伺っても?」
「かまわないが、その後ろの子は?」
ご老体の研究者がヨツキを見る。
制服を着用しているアメリアに対し、ヨツキは私服だ。
管理局の人間で無いことが丸わかりだった。
「その子は、その、そう!
私の助手です!街では管理局の印象があまり良くなかったのであえてあの格好をしていただいているんですよ!」
「なるほど、確かに街の連中は我々にいい印象を持っていませんからな。
やれ税金泥棒だの、やれ技術独占だの。
生活に使われている魔道具や魔道車は我々の研究ありきだというのに」
「あはは……お気持ちはご察しします」
「あぁでも、アレンビー君はそんな街の人にも好かれていたよ。
人付き合いが上手でねぇ」
「へぇ~、それはすごいですね」
アレンビーはあの視線を送ってきた人たちと友好に付き合えていたのは素直にすごいことだと言える。
大げさかもしれないが、彼は管理局とこの街の人たちを繋ぐ架け橋になりえたかもしれない。
本当に惜しい人材をなくしたことが悔やまれる。
「おっと、研究内容についてでしたね。
研究室にご案内します」
「ありがとうございます。
ヨツキさん行きましょう……ヨツキさん?」
アメリアが声をかけるとヨツキはあたりをぐるりと見まわしていた。
まるでなにかを探しているように。
「ヨツキさん」
「えっ?あぁ、ごめんなさい。
ちょっと珍しいもので」
「あまり見ないでくださいね。
本来は賞金稼ぎの方が入れる場所ではないんですから」
「わかってますよ」
「お願いしますからね?」
アメリアはヨツキに注意して先を歩く研究員に早歩きでついていく。
だからだろう。
ヨツキの目が数秒青く輝いているのを目にすることはなく。
「まぁ、ここに異常はないか」
その呟きを耳にすることはなかった。
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