第2話 士官の少女

 陽気な日差しが差し込む街の中。

 中央の道路を通る魔導車の駆動音と人々の賑わいで埋め尽くされている。

 その中を一人の女性、いや、少女が街道を歩いていた。

 白い髪を靡かせながら歩く姿は美しく、誰もがその少女に目を惹かれていった。

 若い男数人が声を掛けようとする。しかし少女が着ている服装を見ると苦虫を噛み潰したような顔になりボソリと呟いた。


「管理局の士官かよ……」


 それをきっかけに周りにいた人達も少し顔をしかめる。

 少女、アメリア・ホワイトはしっかりと聞き取っており、小さなため息をつく。


(辺境のほうではあまり好ましい印象を持たれてないって聞いたけど、ここまで露骨に見せつけられるとは思わなかったなぁ……)

 

 そう思いながらアメリアは自分の着ている服を見下ろす。

『アドミニストレーター』での共通する制服だ。

 黒をベースに中心を白いラインが大きく一本と各部に金の装飾、日差しの下では非常に目立つ。

 本来ならこの上に外套を着るのが普通だが、この街に来るときに乗った飛行船の中にうっかり置いてきてしまったのだ。

 気づいたときには既に遅く、取りに行く前に乗ってきた飛行船は次の都市へと飛びだってしまった。

 一応、発着所でそれについて伝えているので後程自宅に届けられるだろう。


(けど、これは少しきついなぁ)


 その場にいる全員ではないにしても周りからの視線が自分にぶつけられているのがひしひしと伝わってくる。

 これはどこか服屋で適当なコートでも購入した方がいいだろうか。


(あー、いやここの支部に着けば代わり貰えるかな?

 予定より少し早いけど向かっちゃおう)

「おうおうおう!舐めてんのか嬢ちゃんよぉ!!」


 そう考えアメリアは歩く速度を上げようとすると、ふと隣の建物の間から騒がしい声が聞こえた。

 思わず足を止めてその方向を見る。

 建物の所有物が入っているであろう大きな木箱や室外機などでよく見えないが、どうやら誰かが複数人のチンピラに絡まれているようだった。

 アメリアはすぐに駆け出し、軽やかに地を跳んだ。

 そして建物の壁を二度蹴り、チンピラと絡まれている人の間に割り込むように着地する。


「うぉ!?なんだ!?」

「魔導管理局『アドミニストレーター』所属、アメリア・ホワイト中尉であります。

 なにかトラブルですか?」

「あぁん?管理局う?中尉ぃ?」


 アメリアが凛とした態度で自己紹介するとチンピラの男の一人が眉間にしわを寄せ、上から下まで舐め上げるようにじっくりと見る。

 そしてチンピラたちは下品な笑い声をあげた。


「どうみてもガキじゃねぇか!管理局は人材不足ってか!」

「おいおいチューイさんよ、ごっこ遊びに付き合っている暇はねぇんだ。

 さっさとどっか行きな!」

「それとも俺らと遊ぶか?

 イイコトたくさん教えてあげるからさっ!」


 チンピラたちは怪訝な視線を値踏みするものに変えた後に醜い笑顔を浮かべ、再び笑い声を上げた。

 アメリアはチンピラ達のどこかの創作物で出てきそうな反応を見て街道で出した時よりも大きなため息を吐いた。


「今のは聞かなかったことにします。

 それ以外に特になければどうかお引き取りを」


 そう言って後ろに振り替えるとそこには自分より少し身長が低い少女がそこにいた。

 紫色の髪と瞳は日の光に当たることにより美しい光沢を見せ、顔立ちは同じ女性である自分からしても惚れこんでしまいそうなほど綺麗に整っていた。


「大丈夫ですか?

 どこか怪我は?」


 アメリアがそう聞くと、紫の少女は首を横に振る。

 そしてアメリアを、正確にはその後ろを指さした。


「危険。

 後ろの雑魚から敵意を感知」

「あぁうん、大丈夫」


 身体を回転させ、後ろから無言で殴りかかってきたチンピラの腕を掴む。

 そのまま腕を後ろに引いて身体を引き寄せた後、チンピラの顔に右手で掴み強く建物の壁に叩きつけた。

 チンピラからはカエルのような声が漏れ、そのままズルリと壁伝いに倒れ込む。

 今の一撃で気絶したようだ。


「あ、やりすぎた」


 自分で倒した男を見て思わず声が出る。


「問題ない。

 ただ気絶しているだけ」

「そ、そう?

 でもどうしよう、病院に運んだ方がいいかな?」

「お人好し。

 そいつらはカツアゲしてきた愚か者だから慈悲はいらない。

 あとは正義の味方に任せて放置安定」

「あの、一応私がその正義の味方に該当すると思うのだけど……」

「……おぉなるほど」

(なんかこの子、不安になるなぁ)


 どこか不思議な雰囲気を感じさせる少女とそんなやり取りをしていると強い風が吹く。

 思わず髪を抑え、目を閉じてしまう。

 次に目を開けたときにはその場にいたチンピラ達の姿は消えていた。

 すぐに駆け出して街道に出ると、気絶したチンピラとそれを運ぶ仲間の姿があった。


「覚えてろよコンチキショー!!」

「こんどあったらただじゃおかねぇからなー!!」


 どこかで聞いたような捨て台詞を吐きながら、道路端に止まっている魔動車に乗り込んでそのままどこかへと去ってしまった。


「に、逃げ足はやっ」

「同意。

 腐っても賞金稼ぎ。

 あれと一緒の仕事してると思うと気分が憂鬱」

「賞金稼ぎ?

 貴女が?」


 賞金稼ぎは管理局が指名手配した犯罪者や、大昔の遺跡から物品を回収することで金銭を稼いでいる職業だ。

 仕事柄、魔道具などで武装していることが多く、荒々しい印象が強い。

 確かに激しい運動に向いているような恰好をしているが、髪や瞳を除けばどこにでもいそうな女の子だ。

 少女の言葉に驚いたアメリアはもう一度少女の容姿を見る。

 賞金稼ぎ要素といえば腰に差しているナイフが一本とウェストポーチだろう。


「とてもそうには見えないのですが……」

「不快。

 これでもれっきとした賞金稼ぎ。

 それに貴女も管理局の士官にはあまり見えない」

「うっ」

「疑問。

 本当に中尉?

 それにしては若すぎる」


 ぐいぐいと迫りくる少女に対してたじろいでしまうアメリアだったが、少女の後ろから現れた人物がその襟を掴んで引っ張り込む。


「ぐぇっ」

「なにしてんだおめぇは。

 人を困らせるなとあれほど言っただろうに」

「誤解。

 私は困らせてない。

 ちょっと問い詰めてただけ」

「いきなり問い詰められたら誰だって困るんだよ普通!」


 少女を怒るのは黒髪の少女だった。

 左は銀、右は黒と色違いの瞳。黒いコートとその中からチラリと見える銃とマナカートリッジが入っているであろうホルスター。

 どうやら彼女も賞金稼ぎの一人のようだ。


「あー、士官殿。

 うちのパートナーが迷惑をかけてしまって申し訳ない。 

 少し目を離すといなくなるんだこいつ」

「わた、本官は大丈夫です。 

 ただ、あなたのパートナーがガラの悪い人たちに声をかけていたので少し気にかけた方がよろしいかと」

「えっ!?

 あー、じゃあ助けてもらってた感じですか」

「不要。

 あの場は私一人でもなんとかでき」


 紫の少女が言葉を紡ぐ途中で頭を叩かれる。


「痛い」

「助けてもらったんだからお礼を言いなさい!」

「あの、そこまでお気になさらないでください。

 本官も任務の途中で見かけただけなので……」

「あぁそうですか。

 引き留めた形になってすいません」

「いえ、大丈夫です。

 では本官はこれにて失礼します」

「あっ、ちょっとまって」

「えっ?」


 黒髪の少女はアメリアを呼び止め自分の着ていたコートを脱いで渡す。


「その恰好は目立つでしょう。

 これを使ってください」

「でも」

「いいからいいから」


 少女は強引にコートをアメリアに渡す。

 アメリアはどうしたものかと考えたが道中での視線を思い出しありがたく借り受けることにした。


「必ずお返ししますね!」


 コートを着たアメリアは敬礼をした後、人の波を縫うようにして駆けだした。


 ★



「失礼します」


 すぐさま扉を開けると、中にはくたびれた中年の男性が片手を耳に当てながら椅子に座っていた。

 アメリアが入ってくるのに驚き、その中年の男性、デイビッドが慌てながら立ち上がる。


「な、なんだね君は!?」

「アメリア・ホワイト中尉であります。

 お話は本部より伝えられていると思いますが」

「あ、あぁ君が……。

 いやうん、聞いている。

 今回の事件について調査員を派遣してくれるという話だったな?」

「はい、こちらが命令書です」


 アメリアが先ほど下の階でみせた命令書をディビッドに渡す。

 ディビッドはゆっくりと椅子に腰を落としながらその書類を読み込んでいた。


「調査の全権を君に委ねるか……。

 それは構わないが、君一人だけなのか?」

「はい。

 そうなっています」

「そうか……」


 今から約2週間前、アーロン・アレンビーという一人の局員が殺された。

 彼は魔導書を研究している解析部の一人だ。

 24歳という若さで、その才能や技量からは将来有望な人材であり、この街ではある魔導書の研究の為に訪れていた。

 彼は支部から街外れにある小さな研究所に向かう道中に何者かに襲われ、殺害された。

 支部の人間が調査するものの、事件が一向に解決に向かう気配が無く、それを見かねた本部は別の任務で街を渡り歩いていたアメリアを事件解決の為に派遣した。

 デイビッドは額に指をトントンと当て、不満げな顔になる。

 この案件にアメリア一人ということに何かしら思うことがあるのだろう。

 その気持ちはわからなくもない。

 事件にはあるものが盗み出されていたからだ。

 その名は『巨人の書ザ・タイタン

 アメリアは詳しくは知らないが、魔導書の中でも一際強力すぎるが故に人気ひとけの少ない、さらに土地に余裕がある場所でしか使用できないという。

 アーロンはこの魔導書を調べるために街外れの研究所でアーロンを含めて数人でこの魔導書の解析をしていた。

 アーロンが殺されたと同時に『巨人の書』も何者かに盗まれてしまった。

 魔導書は魔道具の元になった強力な魔導兵器だ。

 それ一つ持つだけでとてつもない力を手にすることになる。

 仮に管理局以外が手にした場合どう利用されるか分かったものではない。

 過去の事例に魔導書の不正使用によって街一つが半壊したという話もあるという。

 

「まかせても大丈夫なんだね?」

「その為に来ましたから」

「……あいわかった。

 こちらもできるだけ協力する。

 事件当時の資料は15階に置かれている。

 こちらから連絡しておくから閲覧するといい」

「ご協力感謝します」


 アメリマは敬礼をして、その場を退室した。

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