第15話 未練。



 専門学校の友達とは、一年に何回か会っていた。映画業界に残った子は一握りで、よく会う子たちはみんな映画とはまったく関係のない仕事に就いていた。


早々に見切りをつけて大学に入りなおした子もいれば、実家に戻り稼業を継いだり、安定した仕事に就くために医療関係や教育現場、調理師になった子もいる。


みんな将来を見据えて新たな道を突き進んではいたが、近況報告も終えて飲みの終盤になるとどうしても映画の話になる。


 年齢がバラバラだった専門学校で唯一同い年の女の子がいた。その子とは専門学校時代は全然気が合わなくて、同じクラスでも一緒に飲みに行ったり、お互いの家に行き来した事もない。共通の友人を介して何度か話したことがあるくらいだった。


学校卒業後は何年も会わなかったが、風のうわさで私がスナックに働き始めたと聞いたらしく連絡をくれた。

最初は共通の友人と三人で会っていたが、気が付けば二人で飲むほうが心地よくなっていた。

 

「学生時代より、今のアヤコのほうが好き」



同じ末っ子気質で年上とつるむほうが好きだった私とその子は、学生時代どこかお互いを同族嫌悪で避けていた。

その子仮にケイ子ちゃんは、私より何百倍も世渡り上手で賢く、映画業界でも有名な事務所からかなりお声がかかっていた。


しかしケイ子ちゃんはもとより体が弱く、激務の末体調を壊し業界から足を洗っていた。


「アヤコはスナックで働いてからのほうが話しやすいよ。仕事の話もできるし。前はちゃらんぽらん過ぎて苦手だった」


この歯に衣着せぬケイ子が好きだ。


この頃、働いていたお店ではあることない事をスタッフの中で噂され、追い打ちをかけるようにママが病気療養休暇に入ってしまった。

ママのいない、司令官のいないお店の秩序はどんどん狂っていく。


ママはベテランスタッフからの毎日の報告と売り上げ伝票のみで店を把握しなくてはいけない。

私はどうせろくでもない報告しかされないんだろうな、と思っていたので売り上げを落とさないようにするしかなかった。


食べても飲んでも、全部吐き出してしまう。

顔は頬がこけこけで、思春期にもなかったような大量の吹き出物が出てくる。

たまにスタッフたちとごはんを食べに行っても全然喉を通らなくて、食べない事を怒られたりした。なのでまた吐いてしまう。


飲むことを職業にされている方たちは、多かれ少なかれ吐くことに抵抗がなくなってくる。よっぽど内臓が強靭でなければ、業界に入って一度も吐いたことがないなんて方は稀だろう。


なので、私も吐くのは当たり前だと思っていたし、どんなに辛くても一回吐いてしまえばまた飲める。飲んでおちゃらけていればお客さんは喜んでくれる。昔みたいな陽気なイモトアヤコになれる。私を指名してくれるお客さんたちは、私の異変に気が付き飲まないように気を遣ってくれたが、ヘルプで回される団体さんなどはまたあのアイドルの歌踊ってー!アヤコちゃんおもしれーっと期待してくれるのでついついやってしまう私がいる。


元よりおちゃらけ担当で、他のお姉さま方の卓にもピンチヒッターで呼ばれることが多かったのでいくら自分のお客さまをお店に呼んでも、一緒にいられる時間は10分もなかった。


何をしてるんだろう。自分のお客様に心配させて、指名料ももらえないところでバカみたいに飲んでベロベロになる。


ママに電話で相談してはみたが、頼りにしてるから…とか、他の子たちは上手く立ち回れないから…とうやむやにされてしまう。


吐きに吐いて、酒臭い息をマスクで覆いながら帰る電車の中で、ケイ子と話していた事を思い出す。


「結局、私たち映画が好きで、映画の仕事がしたかったのに諦めちゃった。それでもこうやって映画の話してるのって未練が残ってるんだよね」



スナックで働き始めてから、何本映画を観ただろう。

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