第14話 終わりの始まり。

 この頃から、もう悩みまくっていた。


震災から6年経とうとしていた。あっという間だった。

あの時は何もかも不安で、無職の頭臭い女が、どうにか社会と繋がりを持ちたくて、今まで関わったことのない世界に足を踏み入れて、なんとか生きてこれた。その間には何事にも代えがたい経験をすることができた。


たくさんの人達との出会い。思いがけない他者からの評価。

お酒うまいな。でもシャンパンはゲロ吐くから飲みたくないな。(当時)飲み屋に集う人々の中身の濃さよ。様々な職業。様々な価値観。


そして、色んなお店のママ、マスター、スタッフの人たちのプロフェッショナル。誰でもできる事じゃない。どんな仕事でもそうだけど。自分がその中で一緒に働かせてもらって、その凄さを特等席で感じることができた。



 私は今でも、一人でも友達とでも、行きつけだったり新規だったり、飲み屋さんに行くのが大好きだ。失敗もあるけど、このお店楽しいと思ったところは大事にしたいし大好きな人を連れて行きたいなと思って飲むのも楽しい。そして一緒にいくとすごく楽しい。


あのマスターの松山千春聞きたいなぁ、と思えば共通のお客さんと一緒に久しぶりに顔を出してみたり。大好きなママさんのところで他愛のない事をディスりながら飲みたくなったら、仕事終わりに一人で飲みに行ったり。この生活を守りたいから頑張ってお金稼ごうと思える。けち臭い飲み方はかっこ悪い、と刷り込まれているので、時と場合を考慮した飲み方ができる人間になりたいと日々の仕事にも精がでる。これを頑張ったら、あの人に会いに行こう…!




こういう生活を送れるとは全く想像していなかった。でも最高ですよ。本当にスナックで働けてよかった。あのお店で働く事ができてよかった。

良かったことをあげればきりがないけれど、今はもうあのお店に私はいない。


 私は白旗をあげたのだ。あまりにも濃厚な世界で生き抜くことができなかった。


心の中で、いつもスナック以外の何かを考えていた。それは逃げだったと思う。中途半端に関わっていた私を、お店の人たちはとっくに感づいていて腹がたったのかもしれない。


 しかし、これだけは胸を張って言える。

私はあのお店に就業中、決して適当に働いていない。やれることは全部やった。


こんな事、滅多に言えたものじゃないけれど、そう思いたい。

当時のスタッフからの風当たりはだいぶ強かったが、尊敬するお客さんたちが時々に味方になってくれたので間違ったことだけじゃなかったと思える。



心の中の逃げ道は、10年前に逃げ出した映画の世界への未練だった。


映画が大好きで、いつか自分の力で何か作品を生み出せたらと夢みた10代。


でも早々にドロップアウトしてしまい、気が付けばなんのやる気もないニートになっていた。


 スナックで働いていると、どんな職業であれ、生き生きとしている人に会う。するとその人に未練や後悔はなく見える。もしあったとしても強靭な精神の中に溶け込んでいる。

私は、その真っすぐな人たちに後ろめたい気持ちを感じていた。本当にこのままでいいのだろうか。やりたかった事なのか。何がしたかったのか。

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