第10話 出会い。

 出っ歯のイモトアヤコも、気が付けば勤続3年のまぁまぁ古株になってきた。

3年で古株というのもおこがましいが、出入りの激しい業界だし、かわいい子は時給のいいお店へ。将来設計がちゃんとしている子はある程度お金が貯まると就職や結婚などで辞めていく。


 そもそも頭のくせぇ学歴も職歴も大してない元ニートが、とりあえず人間としての生活を送りたいと思い入った道で、雇ってもらえているだけでもありがたい。まだまだ辞めるわけにはいかなかった。



 しかし、3年もいるとある程度仕事にも慣れ、後輩もでき、お客さんも増えていく。曲がりなりにも責任感がでてくるのだ。

こんな私を雇ってくれた、という前提があるので、私はママや面接で採用してくれたモモコさん、いつの間にか仲良くなったクミちゃん。孤高な№1のお姉さん(なぜか私の面倒をよく見てくれた。)たちに恩返ししたい気持ちを少しづつもつようになってきた。


あと、正直お客さんが増えたことで多少調子に乗っていた。壇蜜似の妙齢のお姉さんは二年前、勤務態度の悪さから解雇されていた。

どんどん新しい子も入り、私もクビにならないように頑張らなきゃと焦っていた。




 お店には必ず、カウンターチーフなる方がいた。大体は50代前後の男性で、軽いおつまみ作りやキャストが足りない時のカウンターのお客様の相手をするベテラン。

ちょっとしたお小遣い稼ぎでやってくる人が多いのでここも入れ替わりの激しいポジションだった。



当時のチーフは爆笑問題の田中さん似の小柄な男性だった。東京生まれの東京育ち。江戸っ子ってきっとこんな感じ、っというお方だ。以前は自分のお店を経営していたみたいだけど、色々と謎の多い人だった。



 私はまだベッドタウンから通勤していたので、終電を逃した日はお店で始発まで待たせてもらっていた。なのでよく閉店後はチーフと一緒に後片付けをしながらとりとめのない話をして時間をつぶしていた。いつもは先に帰るチーフが、その日は朝まで何時間も待っているわたしを見兼ねて「アヤコちゃん!これから飲みにいかねぇか?」と誘ってくれた。



 お店から数メートルも離れていないお店がそこにあった。

九州生まれのマスターが経営しているカウンタースナックだった。

マスターとチーフは昔馴染みで、お互いよく知り合った仲らしい。お店に入るなり「おー!久しぶり!!」とあいさつを交わす二人。


おぉ…っ!なんかすごく大人の世界に来た気がする…っ!



お店はカウンター席15席くらいでマスターと女性のキャストが二人、カウンター越しに満員のお客さんをさばいていた。


マスターは笑顔が素敵な50代の紳士。歌が異様にうまい。お姉さんは小柄で目力の強い美人さん。私は自分の働いているお店以外はとんと無知だったので、マスターやお姉さん、客層、見るもの全てが新鮮だった。



 このお店は、お店を辞めたあとでもたまに顔を出しに行く。

無性にマスターの歌が聞きたくなるのだ。



 自分が働くお店以外の場所があることで、関われる場所があることで自分の視界が広がる。酸いも甘いも教えてくれたのは、このお店だったように思う。

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