第8話 笑顔と歌声で。
新規のお客様を掴むべく、私が編み出した打開策。
それは「とにかく歌って踊る」
毎日が結婚式の余興をやってるみたいだった。
かわいいアイドルちゃんの歌は、かわいくねー!とか言われながらぶりっこして歌うと大体笑ってくれた。洋楽が好きなお客さんの前ではガガ様でもクイーンでも不細工なものまねをしながら披露した。
接待で来ているお客さんたちは必ずと言っていいほど上司から歌わされる。その時、大体の部下の方は私に目配せしてくる。
私が先陣を切って歌えば、みんなやりやすくなる。
こうして苦し紛れのお調子者作戦が功を奏し、ようやく私に初めてのお客様がついたのでした。
やっとお店の一員になれたみたいでうれしかった。
給与明細に「指名料」がはいってるのがうれしかった。
もちろん指名料といっても微々たるものだったが、私に会いに来てくれる人が一人でもいることが、こんなに自信をあたえてくれるのかと実感した。
自信がでてくると周りの評価も変わってくる。
女の子目当てで来ていない人はとにかく連れてきた上司や部下が楽しんでくれることが最優先なので、私はちょうどいいみたいでお声がかかることが多くなった。
2人、3人とお客さんは少しづつ増えていった。
私は宴会芸を磨くべく、ひたすら家ではYouTubeを見まくった。
ニート時代の時と変わらないようだが、目的が変わった。
アイドルちゃんの振り付けや、カラオケ定番曲をとにかく頭にいれた。
しばらく武者修行が続くなか、私はアイドルの振り付けを覚える過程でいつの間にかすっかり彼女たちの魅力にはまってしまった!
最初はももクロちゃんだった。私の一回りも年の離れた女の子たちが全力で歌い踊る。ぴかぴかの笑顔。駆け引きの多い大人の世界にかじりついていてちょっとささくれ気味だった私には彼女たちは癒しだった。
そして今現在も継続してはまっているアイドルがいる。
道重さゆみさん、そしてモーニング娘。である。
当時はももクロちゃんや坂道系が大人気だった時だが、ふとおすすめにでてきた道重さん率いるモーニング娘。のパフォーマンスを観て以来どはまりしたのだ。
彼女は長年モーニング娘。に在籍するも、センターポジションに立ったことはほぼほぼなく地道に自分のかわいさとファンの人々を信じモーニング娘。を愛し活動を続けてきた。私が好きになった時はもう道重さんが卒業を発表したあとだったので例年よりプロモーション活動が盛んな時期で動画もいつも以上に上がっていたため好きになるキッカケは溢れていた。
彼女をモーニング娘。としてリアルタイムで追っかけられる時間は三か月にも満たなかったが、ファンたちの布教活動のおかげでアッという間に彼女のバックグラウンドから今現在に至るまでのおおまかな情報を得ることができた。
徹底したかわいいの追及と、仕事に対する真摯な姿勢が上野の片隅でおちゃらけ者として働く私の心に突き刺さった。
いままでかわいい人は生まれた時からかわいいと思っていた。それはもちろんそうなんだけど、さらに磨き上げることで、慈しむことでかわいいは保たれているのだ。
待ちゆくかわいい人達も、一朝一夕でできあがったものではない。
私がスナックで働き始めるまで、てきとーな化粧だけしてかわいい子とは生きる世界が違うと思っていた。でも生まれつきの顔面の問題だけではなっかった。まさに「かわいいはつくれる」。気合と工夫と多少の自分に対する優しさで。
道重さんは毎日鏡に向かって「よし!今日もかわいいぞ!」と言い聞かせているらしい。
確かに、毎日自分でブスだなぁ…と思うより、なんか化粧も上手くいったしニート時代よりはかわいいんでない?うんかわいい!と、言い聞かせているほうがなんだか心も晴れる。
ありがたいことに、最近では雑誌を買わなくても、デパートの高い化粧品売り場のお姉さんにご指導を頂かなくとも、SNSなんかでみんながどうすればかわいくなれるかのヒントをたくさん提示してくれる。私は夜な夜な自分に合うメイクを模索していった。
もちろん彼女から学んだものはそれだけではない。
お客さん一人一人をどうすれば楽しませることができるのか、喜ばせることができるのかを常に考え実行する姿勢。しかもそれを独り占めするのではなくメンバーたちに指導共有するリーダーとしての生きざまが、私のふぬけた根性を奮い立たせた。
お客さんの中でも、みんなに慕われ成功している人は道重さんのような実直さと温かみ、物事を客観的に見るシビアさがある。
年齢問わず、魅力的な人には学ぶことがたくさんあるんだとも教えてもらった。
私は毎日出勤前にお化粧をしながら、一生懸命歌い踊る彼女たちを観て気分を上げた。実際かわいくなくともいい!かわいいと思う気持ち。今日もお客さんが笑顔になればいいなと頑張ろうと思う、そんな前向きな気持ちが仕事に反映されていくのだ。
あと、つんく♂は天才。
スナックで働かなければ全く興味のなかったことが、自分の中に吸収されていくのがとても楽しかった。
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