第3話 洗礼。
お店の開店時間は20時。
10分前にお店に着くと、モモコさんが出迎えてくれた。
そして私のダサい私服を見兼ねて「とりあえず着替えよっか!」と言いお店の貸衣装を出してくれた。
一応お店の規定では、ワンピースやスカート、ストッキングでヒールの靴を履いていればカジュアルで構わないという事だった。
私が私服でスカートを履いたのは20年以上前。
幼稚園の年少さん以来だ。私のワードローブにはかわいいスカートなど皆無。
なんとかワンピースに見えなくもない長めのチュニックを着てはいた。
ズボンを脱いでミニワンピ風にごまかすつもりだったが、まさにわかめちゃん状態。下品なパンツ見せ女みたいだったので、お店にあった紺色の膝丈ワンピースにすぐに着替えさせてもらった。
ハイヒールはおかんから借りた。
床が絨毯張りでよかった。タイルであった日にはまともに歩けなかっただろう。
慣れない恰好に着替えている間、他の女性従業員たちも続々と出勤してくる。
私と年の近そうな子もいる。
豊満なお胸の谷間が見える黒いミニスカキャバスーツを着こなし、倖田來未に似ているセクシーな子。
お店に入るや否や私には目もくれず、カウンターにドカッと座り他のお姉さんと談笑しながら慣れた手つきで化粧を直している。
モモコさんと同年代くらいの壇蜜のような妖艶なお姉さんもいる。
彼女もまた私にはどうも、と軽く挨拶をかわしただけで端っこのボックス席い座りながら口紅を引き直している。
私が最初に想像していたスナックとはあまりにもかけ離れている。
というかちょっと恐れていた、THE水商売の世界。
今までお会いしたこともないような女性達。
お世辞にも色気のあるようなタイプじゃない田舎娘の私。例えるならイッテQに出始めたばかりのイモトアヤコさんをちょっと出っ歯にしたような顔立ち。
おいおい、モモコさんよ。
何故私を採用したのだ。
いや、無知とは恐ろしい…。
私は完全に場違いだった。
私はモモコさんに導かれオドオドとお姉さん方に自己紹介したのもつかの間、40代のスーツ姿のサラリーマン二人組が来店した。
スナックでの女性スタッフの仕事はお客さんの隣に座ってお酒を作ってお話をする事。シンプル。
のはず。
早速お手並み拝見、という具合にモモコさんは倖田來未と共にサラリーマン二人組の席へ私を連れて行った。
水割りの正しい作り方もわからないので、最初はベテランのお姉さんと一緒に席に着く。
軽快に話し出すモモコさん。二人組は以前、上司と来て楽しかったから二人で来てみたよ~と話していた。
お店からしたらほぼ新規のお客さんということになる。
二人とも身なりはちゃんとしていたし、ベロベロに酔っぱらっているわけでもない大変お行儀のよい、初心者向けの方々と言ってもいいだろう。
倖田來未、以下クミちゃんは、関西弁で敬語とタメ口を絶妙に織り交ぜつつ男性陣とお話する。
しかもその豊満バディは私でも釘付け。
お客さんたちは「君、スタイルいいねぇ~」とチラチラ谷間を肴にウィスキーの水割りを呑む。
クミちゃんもそんな事は日常茶飯事なのか、軽い下ネタで二人に応酬する。
下品な会話になりすぎないようにモモコさんはさりげなく別の話に持って行く。
その方法も巧みで、さりげなく二人の身辺調査をしながらモモコさんの得意なゴルフの話などにシフトチェンジさせていく。さすがだ。
そんな二人の匠の技をほーっと関心しながら聞いていると当然このイモト似の新人にも話を振らねばならない時がきた。
私は逃げ道として昼間は普通に働いている、とお店に話をしていた。
採用されるかどうかもわからないが、一応予防線を張っていた。
話のネタになるかも、という考えと未練がましい虚栄心で、映画関係で働いていますと話してみた。
二人組はなんとなく興味を持ってくれて学生の頃に観た映画の話などしてくれた。
なにせ初心者向けの紳士なお二方なので、きっと話を合わせてくれたに違いない。
お姉さん方はお客さんにお断りを入れてから自分たちのお酒を作って乾杯する。
私もお酒は多少飲める方だったので飲みなれないウィスキーの水割りを頂いた。
酔って緊張をほぐしたいというより、頂いたものは粗末にしてはいけないという謎のモチベーションで飲んでいると「いけるクチだねぇ~!」と隣のサラリーマンがどんどんお酒を注いできた。
モモコさんはすかさず、「まだアヤコちゃんお店初めてなんでお手柔らかに~」とフォローしてくれたが、男性というのは「初めて」というキラーワードに弱いのかどんどんテンションを上げて私にお酒を勧めてくる。
30分ほど経つとどうやら大物の常連さんらしきおじ様たちが4、5名で来店してきた。
モモコさんはスッと席を立つと、おじ様たちをテーブルへ案内しに行った。
クミちゃんはモモコさんの監視下から解放されると、また得意なちょいエロ話に話題を持って行った。
40代サラリーマンズもノリノリである。
SかMか、などの基本事項から入り、酔いの回った男性陣とクミちゃんはなかなか際どい話題で盛り上がっている。
少ないながらも学生時代の彼氏の事などを一生懸命思い出しつつ私も話の輪に入ろうと思ったが、クミちゃんの歴代彼氏の話やプレイ遍歴はエロ漫画かよ、と思うくらい濃厚だったのでイモトアヤコは自然とフェードアウトしていった。
なにやらじっとりとしたテンションに包まれるサラリーマン二人組。
擬音でいうとムラムラ。
慣れない場所でいつも以上に神経が張っていた私は普段気が付かないであろう、また、今まで向けられたことのない男性のいやらしい雰囲気を感じ取った。
隣に座っている少し髪の薄い方のサラリーマンは酔ってトロンとした目で私を見ている。
ほー…こんな大人な男性でも若いというだけでこんな私にもいやらしい目を向けてくるのか…。
「この後ホテル行かない?」と、これまたお手本のように囁きかけてくる。
じりじりと私と彼の間合いが詰められていく。
クミちゃんはもう一人と対面に座って話しているのでこちらは視界に入っていないし、水商売経験の長そうな彼女は私が採用されることは無いと思っているのか無関心だった。
こういう時はどうすればいいのだ…。
「いやー明日仕事ですし~おほほ…」などと言っても、髪薄いさんは「だったら泊まってそのまま会社行けばいいじゃ~ん」と返す。
カッコつけて都内で働いていますとか言うんじゃなかった。大人しく地元で働いていると言っておけば…。
いや、それ以前の問題で、男性のかわし方など知らない…。
と、初出勤初ピンチに見舞われている時にモモコさんからお呼びがかかった。
助かった…。
サラリーマン達もふと我に返ったのか、じゃあそろそろ…とさっくりお会計をして帰っていった。
モモコさんに導かれるまま、次は常連のおじ様卓へ行くことに。
どっからどうみても大物感満載のおじ様と、その部下らしき人達。
私はその輪の中心にどんと構えるボス様の隣に座るようにと言われた。
ボスはさながらマーロン・ブランドのようなビッグボス感があり、日本人にしては彫りの深い顔立ちだったので俺はイタリア人とのハーフだ、と言われた時には、やっぱりねと信じて疑わなかった。普通に日本人だったけど。
私はサラリーマンズからの解放感と慣れない酒に酔いが回ってきたのか、はたまたビッグボスの大物感にあてられたのか、なんだかテンションが上がってきてめちゃくちゃおしゃべりになっていた。
何を話したかは覚えていないが、ビッグボスはガハハハっと豪快に笑ってくれていた。
アッという間に時間が経ち、私の体験入店の時間が終わりに近づいていた。
モモコさんが「アヤコちゃんそろそろ…」と言ってカウンターの方を指さし席を立つよう促された。
ボックス席の真ん中に居た私は、ビッグボスをまたがなければ外に出られない状況だったので立ったはいいがオロオロしていると「おーう!お前帰るのか!また来いよ!」と言いながら私を小さい子にでもするようにヒョイと抱きかかえていったん膝に乗せて外に出してくれた。
私は挙動不審になりながらも、ボスやその部下の人たちにひとしきりお礼を申し上げてペコペコしつつカウンターに居るモモコさんの元へダッシュした。
これで良かったのか、正解もわからぬまま怒涛の様な4時間が終わった。
開店時よりややほろ酔いではあるが乱れる様子のないモモコさんが、その日のお給料を渡してくれた。
私はモモコさんの顔色を伺いながらお札を受け取ると
「次はいつ来れる?」
と思い掛けない言葉に動揺した。
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