第2話 キッカケ。



 父親に頭クセェと言われて、ようやく重い腰を上げた私は、とりあえず求人情報を見まくった。


何か自分の為になるような所で働きたい。

その時の私は、どんな方法でもいいから働いて、自分の好きな事を探しながら地道にお金を貯めよう、とは思えなかった。


空っぽな何かを埋めてくれる仕事じゃなければダメだと思っていた。


映画関係の仕事はとんでもなくタフじゃないとできないと思っていたし、製作会社を半年で辞めた私にはできるはずもない。

そう思って劇団事務所の受付ならば、芸術にもなんとなく触れ合ってるし製作会社よりも忙しくなさそうだったので履歴書を送ってみたが不採用。


そうだよな、、職歴真っ白だし、その劇団知らないし、、。



いつものように求人サイトを見ていると、芸能人のバイト体験談みたいな記事が載っていて、そこに伊集院光の名前を見つけた。


私はニート期間、伊集院のラジオを聞きまくっていたので、読んでみたくなった。


その記事には、全部解決しようとするんじゃなくてできることからやってみれば?みたいな事が書いてあった。

今できる事から始めよう。いきなり正社員目指すとか、次のバイトは何が何でも辞めずに続けよう、じゃなくていいんだ。


まずは頭臭くない自分になりたい。



そうか、もうぐにゃぐにゃウダウダ考えるのは止めて、とりあえず私でも雇ってくれそうな所で、尚且つ今までやってこなかった事をしてみよう。



その時、伊集院繋がりで知った玉袋筋太郎の話が思い浮かんだ。


「スナックおもしろいよ」

「色んな人のいろんな話が聞けて、今まで会ったことのないような人に会えるこんなおもしろいことないよ」


たまたま読んだ都築響一の本にも、湯島のスナックがアツイみたいな事が書いてあったなぁ…。


ナイトワークは考えたこともなかったが、キャバクラと違ってスナックは素朴な感じだし、求人の募集要項にも「年齢問わず、簡単なママのお手伝いです♪ 気楽にお客様と会話を楽しんでお酒をつくるだけ♪」と書いてあるしイケる!っと思った。


私はめちゃくちゃコミュ力があるわけでは無いが、知らない人となんとか話す事はできる。


湯島、スナックで検索すると意外とたくさん募集が出てくる。

店内の写真や店員さんの顔ぶれを入念にチェック。


着物のママの所は厳しそうだな…

ギャルっぽい女の人が居るところはなんか場違いだからやめておこう…


と周回していると、グレーのスーツを着て両脇にOL風なお姉さんを携えた明るい笑顔のママの写真が目に入った。なんか、いいな。


早速電話をして面接をこぎつける。

とりあえず行くだけ行ってみよう。きっと薄暗い小さなカウンターに優しいママが居て…となるべく自分を安心させるようにに言い聞かせて、湯島へ向かった。



雑居ビルの三階、よくテレビで見るようなやや古臭い看板と鏡張りのドアを開けるとそこには薄暗いカウンターも、優し気なママさんの姿もなく、年季の入った10人は座れる広いカウンターとボックス席が6席。煌々と光る店内には妙齢の美女が一人待ち構えていた。


歳は40代だろうか。すらりと伸びた長い脚には上品なミニスカートがよく似合っていった。


間違った所に来てしまった。なんか思ってたのと違う。

プロがいる。

百戦錬磨のお水の花道が見える。



しかし、26歳の私はこれまでの何度もバイトの面接を受けてきた。いつもと変わらないよう心掛け礼儀正しく挨拶をし面接に挑んだ。


面接をしてくれたお姉さんは、芸能人で言うとハイヒールモモコみたいな少し気が強そうだが人情味あふれる明るい美人だった。



緊張で何を話した覚えていないが、モモコさんは終始にこにこと話を聞いてくれた。さすがプロ。


そしてモモコさんはある程度の私の基本情報を聞き出すと、追って連絡すると言ってくれた。


おぉ…?これは落ちた…のか?



しかし、店を出ると私はなんだか清々しい気持ちだった。


馴染みのない土地で知らない職種の面接を受けただけでも大きな一歩だ。

もう頭臭いなんて言わせない!



次の日、さっそくお店から連絡が来た。「もし働けるとしたらいつが都合がいい?」


その時初めて知ったが、水商売には体験入店なるものがあって、試しに一日職場体験をして自分の適性を見極めつつ、尚且つお給料ももらえるという事だった。



「いつでも大丈夫です!」


と鼻息荒く答えた私は、二日後に体験入店が決まった。










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