肩ロース?

 タッ、タッ、タッ…と軽快なリズムが夜の路地裏に響きわたる。

 その後ろを数人の松明を持った男達が追いかけるが、追いかけられてる方はおちょくるように自由に走り回る。



 そして人々が疲れ果ててへたり込むのを嘲笑うように屋根の上から見た後、3匹はスラム街へと逃げていった。










「もー無理!やぁやぁやぁ!助手ほしい!」


 徹夜2日目、遂に私の限界の魂の声が屋敷中に響き渡った。


 

 原因は確実に国王夫婦だ。最近、軍関連だけじゃなく、領地以外の土地の管理も任されるようになったからだ。おまけにその領地がどんどん大きくなっている。


 これはもう私の手にはおえない、聖剣の乙女が国王夫婦殺すかもしれないくらいの大問題だ。


 私は執務室の床に転がり、ゴロゴロと脚を抱えながら、国王夫婦暗殺について真面目に検討しながら左右に転がる。



「やぁー!それはダメでしょ!でも……」



 それは数日前、王城での事。

 国王陛下は仕事が多忙な為、王女殿下に仕事を減らすか、補佐官をつけて欲しいと頼み込みに行った。

 だが、結果は惨敗。



「あら、聖剣の乙女で、私達の認めたナナミさんならの仕事出来ると思って、いつの間にか無理させてしまっていたのね。ごめんなさいねナナミさん。でも、国民の方々、特に農民の方だたはもっと……ねぇ、さん?勿論、投げ出したりなんてしませんよね?」

「……はぃ」



 

 王女殿下のトレードマークともいえる優しい笑顔から有無を言わせない絶対的な圧を感じて、うっかり返事してしまったが、現状不可能でもう精神ずたぼろだ。



(あ〜、王女殿下こそ魔王な気がしてきた…)

「ナナミ!」



 床に寝転がりながら、ボーとしていた私の耳に、私の押しの声が聴こえてきて、ハッと意識が浮上した。

 そして、涙目で私の顔を覗き込むカイトと目があって、何が起こっているのか分からなくて頭がパニックになった。



「え?!カ、カイト…な、なんで泣いてるの?」

「ぅうっ、ナナミ生き返った。死んじゃやだよ〜」



まだ短い手が私の背中にまわり、お腹にカイトが泣きながら頭をぐりぐりと押し付けてきて、びっくりした上に、状況把握が出来なくて、取り敢えず、あやさないといけないと思い、背中をさすってあげるが、



(え?死ぬ?え?死んでた?いや、ボー…と、え?でも、なんか意識がふわふわしていた気も?いや、死んでないよね?あれ?でも、意識が……)

「ナナミ!ナナミ!しっかりて!目が死んでる!」

(はっ!寝てた?でも、もう瞼が重っ…)

「ナナミ!ナナミ!死なっ…」

「ごめっ……カイ…ト…」



意識が遠のき、私は完全に睡魔に倒された。










 カチャカチャと金属が擦りあうような音がして目を開けると、カイトとシャルケが何やら机で何かしていた。



「あれ?私いつの間に寝室に…」

「ナナミ!」



椅子の上に立って作業していたカイトが、私が起きたと気づいてベットに飛びついて、急いで私の上に登ってきた。そして小さな両手で私の頬に触れると



「良かった、もう大丈夫?また倒れたりしない?死んじゃったんじゃないかと心配したんだよ?」



カイトの目がまた涙に潤み初めて、私は急いで抱き締めた。



「うん、もう大丈夫だよ。ごめんね、心配かけちゃって、ちゃんと寝たから大丈夫だよ」

「本当に?過労死しない?」

「え?肩ロース?」

「過労死!仕事しすぎは毒だって、習わなかった?」

「習ったけど……流石に徹夜2日で過労死はないでしょ?」

「ナナのバーカ!休憩なくぶっ続けで仕事したらいくら魔王でも死ぬよ!」

「え?魔王?」

「あ、いや、国王でも、適度に休息とっているって、前王女殿下から聞いたから…同じ国王なら魔王も同じかな〜と…」

「うん、そう言えば、そうだね!休む時は休まないといくら魔王でも死ぬよね。ま、そうなれば私の出番はなくて済んだんだろうねどね」

「あ、うん…そうだね……」

「カィ……っ」



なんだか気まずそうなカイトが心配だったが、ちょうどタイミング悪く腹の虫が鳴いてしまい、カイトは私の腕から抜け出して机に戻ってしまった。



「あ、カイト…」

「はい、ナナの為にカレー作ったんだ〜」



カイトが腕をぷるぷるさせながら持って来た器の中には、ご飯はないが、カレーの具と汁のたっぷり入った、現世の日本のカレーと同じ物が入っていた。



「ありがと〜、これ、本当にカイトが…」

「うん、前ナナが教えてくれたり故郷のカレーの話思い出して、作ってみたんだ〜」



この世界にも名前も味も同じカレーと呼ばれる食べ物があり、以前夕食で、初めてスープの代わりとして出された、具材の何も入っていないカレーを見た時に、カイトに日本のカレーについて教えた事を思い出し、言葉だけだったけど、真似して作ってくれた事が嬉しかった。



「カイト、シャルケありがとう。あとで他の手伝ってくれた皆にもお礼を言わないとね」

「うん、取り敢えず食べて食べて」



カイトが早く食べて欲しいとまるで犬のように目をキラキラとさせながら見上げてくる姿が可愛くて、急かされるままに一口入れて、驚いた。



「うっ」

「え、ナナ、ミ?もしかして、まずかっ…」

「う、うんうん、同じ!私の故郷の味と同じだから、驚いちゃっただけ!これ、美味しすぎる!」



私はそのままカレーにがっつき、驚いて目を丸くしているカイトを他所にカレーをあっという間に平らげてしまった。



「ナナ、ミ?」

「うん!美味しかったー!カイト達は食べないの?」

「あ、いゃ…」

「カイト、一緒に食べよ?なんならシャルケやバネッサさん、他の使用人の皆で食べたい!ねぇ、シャルケ、いいでしょ?皆を食堂に呼んできて」

「あ、はい…かしこまりました。今、急いで呼んで来ますぅ〜」



シャルケはバタバタと寝室から出て行き、その後屋敷の皆で初めて、食事を食べた。










 次の朝、王女殿下が朝一番で屋敷を訪ねてきた。

 なんとか領主としての気品を損ねない身なりを整えて、カイトを連れて庭園で待たしていた王女陛下の前に来たのは良かったが、昨日は夜遅くまで使用人達と語り合った影響で食堂は酷い有り様の上、いつもは起きているカイトも私の腕の中で再び眠りについてしまった。



「お待たせ致しました王女殿下。このような格好で登場してしまいました申し訳ございません。」

「いえ、良いのですよ。貴方が倒れるほど働かしてしまったのは私に原因がありますし、昨日は何やら、楽しそうなイベントがあったそうですしね?」



ニコニコと温かい笑みを浮かべているが、この前の件から王女殿下に警戒心を抱いて、何を言われるだろうと内心ビクビクしながら、向かい側のソファーに腰を下ろした。



「それで、今日は、何の御用でしょうか?」

「まあ、そんなにビクビクされないで、国王陛下と話し合って、貴方に一ヶ月の休暇を与えるという話を伝えに来ただけですわ」

「一ヶ、月ですか?」

「あらやだ。これでもと思って申し訳なく思っていたいたのですが、不服…」

「いえいえ、光栄に思います。むしろ感謝して休ませて頂きます。(え?本当に休んでいいの?まさか、ク、ク…」

「勿論、クビと言う訳ではございませんよ。帰ってきたらきっちり、次期国王、いえ、女王としての勤めの準備を…」

「え!?次期国、いえ、女王とは何の話でしょう!?」

「ナナ、五月蝿い!」



私が大声を出してしまったせいで起きてしまったカイトが不機嫌に私を睨んでくるが、カイトにごめんと心の中で言って、王女殿下に説明を求めた。



「えっと…王女殿下、まだ、国王陛下との間に世継ぎが…」

「はぁ…それは出来ないのだ」

(えー!まさか、いつも仲良さそうに見えて、実は不…)

「あぁ、国王陛下とは相思相愛で夫婦として仲が悪い訳ではないのですよ。寧ろ、互いにこの人以外、自分の隣に置きたくないと思う程その…ラブラブなのです、キャッ」



王女殿下が初めて恋した乙女のように顔を真っ赤に染めて照れるので、こっちまで恥ずかしくなってきて話を進めた。



「それで、申し訳ありませんが、何故、お世継ぎが出来ないのですか?」

「それは……妊娠したくても、子どもが出来ないのです。」

「え?それは、魔王の呪いとか…」

「いえ、魔王は関係ないのです。ただ互いに問題を抱えてるだけで、毎日やる事はやっているのですが、もう400年も続けてますけど、一回も出来た……あの?どうかされましたか?」

「あ、いえ……あの〜、それで何故私が、後継者に…」



内心びっくりして頭が追いつかず、目線を下ろしてカイトを見るが、カイトもびっくりして固まってた。



「それは、もうそろそろ引退を考えていた所に、ナナミさんが現れた上に、伝説の勇者なら貴方以外適任な方はいないと思ったからですよ。でも、少し急ぎすぎたみたいですね。本当に申し訳なかったわ。次からはゆっくり、ステップを踏んでいきましょうね。」

「えっと…」

「では、そろそろ帰らないといけませんので失礼します。あ、休暇の場所ですが、バネッサに伝言済みなので、あとから聞いて下さいね。では、今度こそご機嫌よう」



見事なカーテシーを見せつけて、王女殿下は早々に立ち去って行かれた。


















 



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