約束




『……ぅう…っ、俺はどこでまちがってしまったんだっ、仲間も村の皆も、動植物も皆死んでしまった……っ、こんな、こんな力が………うわぁぁぁ……っ』



魔人となってしまった少年は泣き続けました。もう彼には心配して助けてくれる仲間も、彼の故郷も全てが消え去ってしまいました。そして彼に残された道は、魔王として生きる事しかなくなってしまったのです。












『くそっ……何故だ!何故なんだ…っ』



魔王は破壊された謁見の間でボロボロの身体を仰向けに転がされ、首に剣を押し付けられた状態で涙を流しながら勇者を睨んだ。

 二度目の絶望。もう誰も失いたくなかったのに、魔王は勇者によって部下も城さえ壊され、早く自分を殺して欲しいとくしくも宿敵である勇者に願った。



『殺るならさっさと殺せ!』

『……』

『貴様!俺を愚…』

『その力は君を孤独にした。なら、僕と共犯になる気はない?』

『…は?』

『僕、君となら共犯になっても良いよ。それに、君が悪なのに対して、僕は善の力だ。君の欲しいもの、全部僕があげるから、共犯になって』



魔王は怪訝な顔をして、勇者から離れようとすると瞬時に気づいた勇者に馬乗りされて、勇者の顔が…










 バタンッ、という音と共に私は本を閉じ、横でニコニコと微笑んでいるバネッサさんを睨んだ。



「これをカイトに本気で読めとおっしゃっているのですか?」

「勿論ですとも!何しろそちらは私の1番のお気…」

「もう、結構です。私がバカでした。分かりました。これは私が暇な時に読ませて頂きます。ですので、ね?」



私はバネッサさんに下がって欲しいと笑顔で示唆すると、賢いメイド長は目をキラキラさせながら下がっていた。


 この世界では私の世界で言うBLが女性に大人気らしい。私の世界でもそう言うの好きな友達がいたので否定はしないし、なるべく部下のプライベートに介入しないようにしているが、カイトの勉強にいい本はないかと聞いて、真っ先にこの本を持って来たバネッサさんの神経を私は疑ってしまう。カイトがもし男友達と付き合うなんて事が……



「はぁ……やはり、カイトには幸せな家庭を送らせたい」



 森に散歩に行ってから一ヶ月。カイトは言葉を覚え、まだよちよちだが、自分の足で歩けるようになった。そして最近ではメイド達に任せても泣かなくなったが、やはり母性本能があるのか、カイトが心配で気になってしまうのが私の悪い所だと思う。



「はぁ、流石に、これは……バネッサさん、娘さんが確かいたわよね。もしかして…」



その時、コンコンとドアをノックする音がして、急いで引き出しにバネッサさんから借りた本を隠すと、最近入った新入りのシャルケとカイトが入って来た。



「ナナミ様。お茶とおやつを持って参りましたが、今宜しかったですか?」



シャルケは私の机の上に置かれた書類の山を見て、首を傾げた。


 最近、カイトが他の人に任せられるようになったと何処かから聞いた国王夫婦から軍部に関する重要な書類や仕事が頻繁に来る。軍部も軍部で聖剣の乙女が軍の最高司令官になるという事に大喜びして、誰も批判しないというか、完全に信頼してここ最近では騎士団長クラスが頻繁に屋敷に訪れてカイト不足に陥っている状況だ。



「ナナ、大丈夫?疲れてない?おまじないかけてあげよっか?」

「あぁ、カイト〜」



私はカイトを膝の上に乗してあげるとぎゅ〜っと抱きしめて左右に揺れた。



「ナナ、お疲れ様、疲れよ、疲れよぉ〜……ナナから飛んでけぇ!」

「飛んでく〜、ありがとうカイト。カイトは私の癒やしだよ〜」



二人で抱き締め合って椅子の上で揺れてるのを横目に、シャルケはササッとお茶とおやつのケーキを机の空いたスペースに置いて、足早に退散して行った。



「カイト、どっちのケーキがいい?」



机の上には木苺を使ったショートケーキのようなケーキと酸味の強い林檎を使ったケーキが置いてある。勿論甘いショートケーキが良いが、カイトには林檎は早いので、必然適に私が林檎のケーキになる。そしてお茶は厨房のウル爺特性のハーブと緑茶のような味のお茶のブレンドティーだ。これが疲れた身体にはよく効いて毎度感謝している。



「ぅう〜ん、林檎の酸味がよく効いている〜。流石ウル爺の奥さん、本当にケーキが美味しい」

「ナナ、ナナ、こっちの木苺のケーキも美味しいよ。はい、あ〜ん」

「あ〜ん、っ、本当に美味しい。じゃあ、カイトにも、あ〜ん」

「あ〜ん、うっ、酸っぱい、でも、ナナと一緒嬉しいな〜」

「うんうん、私もカイトと一緒に食べられて幸せだよ。あ〜、カイトとまた散歩行きたいな〜」

「僕も行きたい!またナナの…うんうん、僕早くナナを自分の馬に乗せたい!だから早く大きくならないと」

「ハハ、カイトはまだ小さくいてよね。私の癒やしなんだから〜」



私はいつかカイトが大きくなった時の姿を想像して悲しくなってきた。その頃にはカイトに好きな子が出来て、私なんておばあちゃんなんだろうな〜と思うと、永遠に小さな子供ならと思ってしまう。



「僕、大きくなってもナナの側にずっと居るよ。ナナ大好き」

「私も大好き。でも、カイトだって大きくなったら他に好き…」

「やだやだ!ナナの側に居るの!決めたもん!ナナが嫌だって言っても…」

「はいはい、分かったから、静か…」

「ナナミ様、どうかなさいましたか?」



ドアの隙間から心配したシャルケが走ったのか汗を流しながら覗いていた。



「大丈夫だよ。ちょっと喧嘩しちゃっただけで、もう仲直りしたから」

「そう…ですか」



シャルケの視線が気になって視線を下にやると、カイトが頰を膨らましながら私の腰にしがみついていた。



「本当に、大丈夫だから。もう仕事に戻っていいよ。お騒がせしてごめんね」

「いえ、主様達が宜しければ、何も問題ありませんので、では、失礼します。」



そう言ってメイドが帰ると、カイトが、



「約束、ナナも僕も他に好きな人を作らない」

「ふ、良いよ。じゃあ、約束ね。カイトが大きくなったら私をお嫁さんに、どんなに婆婆になってもしてよね」

「うん、約束だよ!」



カイトはキラキラした目で大喜びして、頬にキスしてくれて、私にとっては、これは小さい子がお母さんが大好きな程度のいつか忘れる約束のつもりだった。



「さて、私は公務の続きがあるから、そろそろお開きだね。」

「うん、分かった。また晩御飯の時間に迎えに来る」

「うん、待ってるね」



 その後、シャルケを呼んで、カイトと食べ終わった皿とカップを回収してもらって、私は公務に戻った。









 ふかふかなベット、大きな窓から月明かりが寝室を照らし、隣で愛おしい人が眠っている。その極めの細かい白い頬を小さな手で撫でながら小さな呪いをかけた。



「これで、ずっと一緒だよ。ナナミ」

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