仲間



 チクタク、チクタク、古時計が時を刻む。本の紙が擦れる音がして、次のページに話は続いていく。  



 私は城の図書室から借りてきた本を読み漁って、子育てに関する知識を吸収していた。

 元々、活字中毒で紙の本をよく読んでいたので、何時間文字を見ていても苦ではないが、私の隣にいるカイトは、暇すぎて見ていた絵本を開きながら寝てしまった。


 

「ご主人様、そろそろ…休憩なされてはいかがですか?朝から昼食も召し上がらず本を読んでいらっしゃいますし、子供は太陽の光を浴びないと骨が強くならないらしいですよ」

「う〜ん、確かに、そんな事読んだ覚えがあるわね……よし!カイトも暇そうだし、ちょっと散歩に行ってくるね」



紅茶を運んできてくれたメイドにそう言って、本を本棚に戻そうと立ち上がると、カイトも目を覚まして、抱っこしてと目で訴えてきた。









 読み終わった本を図書室に返すように使用人に頼んだ後、魔王討伐からの帰りに見つけた湖に行ってみると、水鳥達が優雅に水の中を泳いでいて、反対の岸で、鬣の炎で燃えている火馬の親子が仲良く水を飲んでいた。そして、その空中には、毛玉のような不思議な生物が何十匹とふわふわと彷徨っていた。



「うわ〜、幻想的だね。本当にファンタ…異世界なんだね」



今更ながら、異世界にきてしまったと言う事を実感させられて、現世の家族や友達を思い出して胸がきゅっとなった。



「ねぇ、カイトはさ……お母さんやお父さんが恋しくないの?恋しいに決まってるよね。だって、知らない所に突然放り投げれて、はいそうですかなんて、何となく受け入れて生活してても、恋しいもんは恋しいから」



もう一年もいるから悲観的になっちゃいけないと分かっていても、止められなかった。



「私の世界ではね。異世界転生ものの小説が流行っていたの。でもね。実際、そんな生易しくない。現世でやり残した後悔が、夢が、沢山ある。今でも、魔王を倒す聖剣の乙女なんて受け入れられないんだっ。だって、ただの何の力もない高校生だったんだもん。普通に、生きたいよっ。魔王様と別の方法で仲良く出来なかったかなんて、毎日、思い詰めるのなんて辛いよっ。皆、優しくしてくれるけどっ、聖剣の乙女だからって、疑ってしまう自分も嫌い。なんでっ………カイト…っ?」



カイトが涙目でギュッと私の首に抱きしめて来て、気づけば、私の目から大量の涙が溢れていた。



「カイトっ………ありがと…私も、カイトと同じ、赤ちゃんだね」



優しく背中を擦って、ギュッと抱きしめれば、カイトももっと首に抱きついてきてくれて、二人でなら何も怖くないと言う、不思議な気分になった。



「さて、森の中、散歩してから帰ろっか」












 昔、私が現世で、保育園児だった頃、よくお爺ちゃんが山に連れて行ってくれた。

 新鮮な空気、どこかしこから聞こえてくる鳥の音色、歩くたびに柔らかな土に落ちている小枝達が、ザクザクとなって、それだけで幸せな気持ちで一杯になった。あと、お婆ちゃんの塩おむすびとゆで卵。頂上でお爺ちゃんと田舎の町や遠くに見える海を見ながら食べる時には、あれは夏の終りだったのかな?太陽の光も、風も丁度良くて、他の登山客と一緒に話しながら食べた思い出がある。

 いつか、カイトにもそう言う思い出を、と思いながらも、まずは料理を作る練習をしないとダメだと、今度やってみようと思ったり、した。

 

 

「カイト、森って、空気が美味しいね」



私「すぅ〜」と酸素を吸い込むと、カイトもまねして肺に酸素を吸い込んだ。そして、同時に「はぁ〜…」と二酸化炭素を吐き出すと、見つめ合ってニカッと笑いあった。

 そのまま二人で真似しあいっこしながら散歩を続けていくと、突然視界が開けて、眩しい光に目を細めた。そして、森の中にポッカリと穴が空いたように、倒れた木々が積み重なり、周りに苔が生い茂っている、小さな丘みたいなものがあった。



「ギャップ?」



カイトは、"ギャップ"が分からなくて、首をコテンと可愛く傾けて見つめて来た。



「あぁ、ギャップってね、樹木が、強い風や、身体の中に悪いバイ菌が入ってしまって倒れた結果、地面にまで太陽の光が届くようになった、ここみたいな所に事だよ。」



カイトは理解すると目をキラキラとさせて



「きゃっ、うっ、ぎゃっ、う!」



と声を出して、私は初めての言葉らしい言葉に、嬉しすぎて思わずギュッと抱きしめて頬をスリスリしてしまった。カイトも嬉しいみたいで、嬉しそうに笑いながら



「ぎゃっ、う、ぎゃっう」



と何度も唱えていた。

 



 その後も、親子の鹿をみたり、野鳥観察をして森を出ると、もう山の向こうに日が沈みかけている時間だった。



「早いね〜。今度はもっとゆっくりしたいし、午前中に来よっか」



カイトは腕の中でコクっと頷いて、私達は急いで屋敷に帰った。


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