第34話 男女4人でバドミントンをしよう

 きっかけは売り上げへの貢献だった。


「いやー、嬉しいよー。感染症のせいで今月の売上、普段の月の1/10だからね・・・」


 ジュンたちのマイナーな大学のキャンパスの道を挟んで向かい側にあるスポーツジム。

 民間業者の施設なのだが、中規模の体育館も併設しており、大学の体育の授業でこの施設を利用しているのだ。

 一年生の時から選択制の体育の授業でバドミントンを履修しているジュンと小寺こでらは、大人数の人間が集まると感染症が広まる恐れがあるので自粛を余儀なくされている街のひとたちだけでなく、ジュンの大学さえもこの体育館を全く利用しなくなったために経営破綻の一歩手前まで既にきてしまっている運営会社の社長のために、少しでも足しになればと四人でバドミントンをしにやって来た。


 ジュン、小寺、そして残り2人は社会学部の同学年の男子。


 バドミントン部に所属している、桧垣ひがき古依こよりだ。


「ごめんね、桧垣くん、古依くん。部活で忙しいんじゃないの?」

「うん。インカレが近いから練習もきつい・・・はずなんだけど、結局パンデミックで大会も中止になっちゃったからね」


 バドミントンは日本人選手が権威ある世界大会で優勝するなど、ここ数年で一気にメジャースポーツへと躍り出ようとしている。だが、この男子ふたりは悪く言えば地味、よく言えば静かな雰囲気を漂わせるキャラだった。


 そしてジュンと小寺がこの男子2人を誘ったのは体育の授業のインストラクターを勤めているからだった。


「じゃあ、軽く基礎打ちから」


 四面コートが取れるコンパクトな体育館のその一面にポストを立てネットを張り、男子同士、女子同士でそれぞれに、クリアー、カット、スマッシュ、ヘアピンと言ったバドミントンの基本的な打ち方をコート半面ずつを使ってウォーミングアップのようにして行うのだ。


「ジュン、行くよう」

「来い、小寺ちゃん!」


 のどかなスピードでシャトルを打ち合う。

 それでも去年からは相当上達したはずなのだ。


「せっ!」

「はっ!」


 掛け声をかけ合いながらきびきびと打ち合う男子2人。シャトルの初速が半端ないスピードだ。


「さすがプロ」

「プロじゃないよ」


 小寺の誉め言葉を控え目に否定する古依。

 アマチュアはアマチュアなりに。プロはプロらしくウォーミング・アップを終えるとさっそく試合形式の練習に入る。


「ジュン。古依くんと組みなよ」

「? いいけど」


 檜垣・小寺ペアVS古依・ジュンペアの試合。


 だが体育は男女別々での練習だったので女子・男子混合チームでのプレーはジュンと小寺にとっては初めてだった。


 同じコートに立つ古依にジュンが訊いた。


「ねえ、古依くん。何かルールが違うの?」

「違わないけど、戦術は多少味付けするよ」

「どうするの?」

「ほら、こうやって」


 ファースト・サーバーの古依が、ジュンの立つ位置より後ろからサービスの態勢を取る。


「ちょ、ちょっと古依くん。サービスする選手じゃない方が後衛でしょ?」

「いや。ミックス・ダブルスの場合は男子選手のスマッシュの破壊力を活かすためにサーバーが男子の場合に最初から後ろに回るんだよ」

「男子選手の?」

「そう、スマッシュの」

「破壊力?」

「うん」


 ジュンは、ムッ、とした。

 そのままぐいっ、と古依の更に後ろに下がる。


「・・・ジュンちゃん」

「古依くんがサーバーの時はわたしが後衛」

「檜垣の餌食になるよ。あいつは手加減しないから」

「当たり前だよ」


 餌食だった。


「小寺さん、ジュンちゃんのバックに!」

「はい!」


 檜垣・小寺ペアは常に小寺がやや前衛寄りに、檜垣は左右のフットワークに専念してジュンを振り回した。

 小寺にも指示して。


「うっ・・・わ」


 古依のリーチが届く範囲を絶妙に越えてジュンが這う這うの体になっているところへシャトルが打ち込まれるパターンが延々と繰り返される。


「このままじゃ負けちゃうなあ」

「ご、ごめん」

「ジュンちゃん、俺ね」

「うん」

「負けるのが死ぬほど嫌いなんだ」

「・・・ごめん」


 ジュンはとうとう前衛に回る。


「せっ!」


 古依はジュンの背後で普段の静かで温厚な性格と真逆に闘志剥き出しでジャンピングスマッシュを連打する。ネットにかけるミスをするとラケットを叩きつける一歩手前でぐっと堪えるような激しさを見せる。


 ジュンは前衛としてなんとか貢献したかった。ネット前のラリーを捌こうと必死に喰らいつく。


 だが小寺のリターンはともかく檜垣の返してくるシャトルはコースもスピードもジュンにどうにかなるようなレベルではなかった。せいぜい敵ペアへのフェイントのためにフェイクのスゥイングを繰り返すぐらいしかできなかった。


「ぞうっ!」


 古依がサイドへほとんど横っ飛びしながらプロでも滅多にお目にかかれないバックハンドスマッシュを繰り出した。ものすごい角度で敵陣の檜垣のバックハンド深くへとえぐり込む。


「ショウっ!」


 檜垣も倒れ込みながら執念で返す。


『あ・・・打てるかも』


 ジュンはジャンプすれば叩けると思い、檜垣のレシーブしたシャトルへと目掛け、垂直にジャンプした。


 ガキッ!


『うわ!』


 ジュンはミスった。

 ガットで捉えて敵陣へと叩き込む意識だったのだが、フレームの先端に引っ掛けてしまったのだ。


「ジュン!叩けっ!」


 古依が怒鳴る。

 古依と同様、ジュンも負けるのが極めて嫌いだった。


「ぞ、ぞうっ!!」


 思い切り手首を返す。ラケットの先端にシャトルをくっつけたまま遠心力で振り切った。


「わあっ!」


 前衛にいた小寺は目をつぶって思わず後方に逃げる。檜垣もなんとか拾おうとコートの一番奥からネット前までダッシュしてきたが、ヘッドスライディングのように滑り込んでも間に合わなかった。


「ジュン。すごいよ!」

「いやー小寺ちゃん。まぐれだから」


 後ろから古依が近づいてくる。


「ジュンちゃん。ナイススマッシュ!」

「いやー。ありがとう」

「それと、さっきはごめんね」

「え?」

「ほら。スマッシュ打つ時呼び捨てにして」

「ああ・・・いいよ、『ジュン』って呼んで」


 その後はジュンと小寺がシングルスで一騎討ちしたり、檜垣と古依の模範試合を観戦したりした。


「わたしたちもう帰るけど、二人はどうする?」

「俺たちはもう少し練習してくよ。じゃあね」

「じゃあね、檜垣くん、古依くん」


 帰り支度を終えて駅へ歩き出すジュンと小寺。小寺がジュンに笑いながら訊いてきた。


「ジュン。古依くんと仲良くできた?」

「うん?まあ、パートナーだったからね」

「ジュン、あのね」

「うん?」


 道の真ん中で一旦止まって小寺が言った。


「古依くんは、ジュンのことが好きだよ」

「えっ」

「古依くんは、ジュンのことが好きなんだって」


 完全に足を止めて棒立ちになるジュン。


「なにそれ」

「『なにそれ』はこっちのセリフだよ。去年からずうっと体育の授業のたんびに、ジュンって鈍いなー、って思ってたよ」

「え」

「『え』じゃないよ」

「じゃ、じゃあ、今日のセッティングってもしかして小寺ちゃんが古依くんに頼まれて・・・」

「違う違う。わたしが勝手にジュンと古依くんが仲良くなったらいいのにな、って思って」

「な、なんで・・・」

「古依くん、いい男でしょ」

「さあ・・・」

「そんな言い方しないでよ。ほんとはわたしが狙ってたぐらいなんだから」

「小寺ちゃんが?」

「そうだよー。でも古依くんが余りにも分かりやすいから最初っから戦意喪失だよ。ジュン」

「はい」

「わたしはジュンも古依くんも好きなんだ。二重の苦しみなんだからね


 再び歩き出したふたり。

 だがジュンはこういう思いにだけ意識が行っていた。


『なんで、わたし?』

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