第24話 お母さんと料理しよう

 かぼちゃを割ろうとして指を切ったジュンの母親は伸縮するゴム手袋を装着して毎日の調理作業を続ける努力をしてはいるものの、ジュンは全面的にフォローした。


「ジュン、悪いわね〜」

「いえいえ。お母さんがいるお陰で我が家の運営が成り立ってるんだから」

「でも、ジュンだって毎朝早くに出ないといけないのに。課題の小説書いたりもしないといけないだろうし」

「それね」

「うん?」

「調理しながら書いてもいい?」


 そういうことでジュンはいつも投稿用に使っているスマホとワイヤレスのコンパクト・キーボードをキッチンの天板の上に置いた。


 オール電化でIHなので調理作業は火力(ではなくて熱量と表現すべきか)設定や分刻みでオート・オフや吹きこぼれ防止設定ができるので、煮物作業に入ると細切れの時間が確保できる。


「うん。いい感じ」


 膝を下に入れることができないので高い位置に合わせた丸椅子に腰掛けて上半身を前のめりにする態勢にはなってしまうが、タイピングに支障はなかった。


「わあ。ジュン。打つの速いわね」

「え?ああ。今時はみんなブラインドタッチでこんなもんだよ」

「ううん。そうじゃなくて。もういきなり切れ間なく文章を打っていってるじゃない?練ったり考えたりしないの?」

「あ。そっちの方?お母さん、あのね。わたしって小さい頃からぼうっとしてたでしょ」

「うーん。そうだったかしらね」

「気を遣わなくていいよ。わたしがぼうっとしてたのはね、ココロの中でもう1人のわたしに語りかけてたからだよ」

「あら。なにかしら、それ」

「つまりね。とってもココロに残る絵本だとか小説だとかを読んだりするでしょ。そしたらその感想なんかをね、だーっ、て頭の中で文章にして思い描いて、誰か聞いてよ!すごい本なんだよ!っていうのをでもみんなに押し付けたりしたら迷惑だから、わたしのココロの中でわたし自身に語りかけるの。『この本、凄くない!?』って」

「あー。なるほどね」

「そういう時のわたしは多分外の世界に目が向いてなくって、ぼうっとしてたと思うんだよね」

「じゃあ、今小説を書いているのもその延長線上ってことなのね?」

「うん。歩いてたりしても目に入ってくる風景を『ちょっと!今日のお月様って青白い銀盆だよね!』ってな感じで常に小説の一節にすぐ書けるような脳内でのひとりコール・アンド・レスポンスをやってるんだ」

「それは・・・わが娘ながらすごいわ」

「ほんとにそう思う?ちょっと変な子だと思ったりしない?」

「ううん。だって、ジュンは今こうして料理を手伝ってくれてる時もそういう風に頭をぐるぐるとフル回転させてるんでしょ?ぼうっとしてるんじゃないわよね、それって」

「おー。ありがとうお母さん。さすが親の欲目」

「ふふふふ。ほら、ジュン。お味噌汁が沸騰しちゃいそうよ」

「あっ・・・ごめんごめん。お母さん、どうしてお味噌汁は沸かしてしまっちゃいけないの?」

「もう・・・何回も教えたでしょ?沸騰させるとせっかくのお出汁の香りが全部飛んでっちゃうからよ」

「あ、そっか。ごめーん。やっぱりぼうっとしてるよね」


 ジュンは調理作業の合間に数分ずつタイピングしてはまた次の下ごしらえの作業に入っていく。

 ジュン自身もこういう書き方に今の内から慣れておこうと考えていた。


 なぜならばまとまった時間を執筆に当てられる環境は、本当のプロの専業作家でないと普通は確保するのが難しいだろうからだ。


「ほら!しっかり手を洗ってからかぼちゃを割ってよ」


 ジュンがキーボードを触った手でそのまま包丁を持とうとすると母親が注意した。ジュンは素直にシンクで手を洗う。


「でもお母さん。慣れてるはずなのにどうしてかぼちゃを割る時に指を切っちゃったの?」

「ええとね・・・ああ、言いたくないわねえ」

「聞きたい聞きたい!」

「あのねえ・・・笑わないでね」

「うんうん。笑わない笑わない」

「お父さんと初めてデートした記念の日だったから思い出してたの」

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