第14話 女神のご機嫌をうかがおう
「ジュン、聞いた?ウチの大学に
「
「これだもんなあ・・・」
ジュンは小寺から説明を受けて田町ゆんかが
この大学を選んだのは学生数も少なく、撮影という実務作業を効率的に進めるのに都合がいいからだろうとジュンは冷静に分析していた。
ジュンも有名人に興味がないわけではなかったが、こんな風に思い、小寺に言った。
「売れない作家でも来てくれた方が嬉しかったな」
授業が終わってルーシーのアルバイトに行くと店の中で
男は言葉は丁寧に、態度は横柄に唐沢に何かを頼んでいるようだった。唐沢は、いえ別にいいです、を繰り返していた。男は最後には怒ったような顔で店を出て行った。
「マスター、今の誰ですか?」
「映画のディレクターだって。なんでも田町ゆんかっていう女の子の映画でルーシーで撮影させてくれっていうもんだから」
「え!すごいじゃないですか!?」
「へえ・・・田町ゆんかってすごいのかい?」
「いえ・・・わたしもよく分からないんですけどすごいみたいですよ。で?ロケはいつですか?」
「断ったよ」
「え!どうして!?」
「だってさ。予備日入れて3日ぐらい必要だからその間店を休んでくれって言うんだもん」
「え。そうなんですか」
「それにカメラのアングルの邪魔になるからこのカウンター、半分取り壊させてくれって」
「へ・・・映画の撮影ってそんなことまでするんですか?」
「知らないよ。映画がヒットすれば集客効果もあるとか言ってたけど、3日も休業したらきついよ。月一の定休日すら廃止しようかって思ってるのに」
ジュンはもったいないとも思ったが、概ね唐沢の意見に同意だった。
店内設備を改造してまで撮影に協力したところでルーシーが「聖地」になる保証などどこにもないと思った。
翌日、ジュンたちの大学でのロケは夜だった。校門を入ってすぐのエントランス・ロビーと、学食を兼ねたカフェテリアがロケ場所に指定された。
カフェテリアはルーシーが使えなかったので代わりに追加された。
スタッフたちに厳重に囲まれている田町ゆんかは、お姫様を通り越して女王のようだった。確かに今が最盛期の16歳の女優なので女神を崇めるような周囲の気遣いは当然なのかもしれなかったが、女子学生たちに対してはある種の幻滅をもたらした。
「なんか、感じ悪いなあ・・・」
小寺がぼそっと呟いた。
「はーい、皆さーん!カフェでの撮影にエキストラを募りまーす!」
ディレクターがそう言うと、お客の役としてテーブルに座る男女学生たちが10人ほど選ばれた。
「はい、それとー、ウェイトレス役をひとりどなたか立候補いませんかー?ゆんかと絡みがありますよー」
「はい、俺、立候補します!」
おどけた男子学生が手を上げて皆がけらけら笑うとすかさずディレクターが言った。
「ウェイトレスっつってんだろうが!」
ドスの効いた真顔で怒気を示されて場が凍りついた。なんだか全員悪いことをしているような気分になったところで、飄々とした感じで小寺が言った。
「本職がいまーす。この子でーす!」
「えっ・・・?」
ジュンの背中を、とん、と前に押し出す小寺。
「おー、あなた、ウェイトレスさんなの?」
「はい。アルバイトで・・・」
「おお。いいね、いいねー。ほんっとに普通の女の子って感じでー。これならゆんかの邪魔にもならないわー」
余りにも心の中に言葉を留めない物言いにジュンは自分が卑下するような気持ちになりかけたが、小寺が皮肉でフォローする。
「大丈夫ですよ。この子は知性と理性がありますから」
簡単に設定とセリフの説明を受けたところでジュンはエプロンを羽織り、ウェイトレスになり切った。
実際の撮影に入ると、田町ゆんかのとんでもなさが見えてきた。
「ええと・・・誰か!カンペカンペ!」
「ゆんか。バラエティじゃないんだから」
「監督ぅ・・・忙しすぎてセリフ覚える暇なんかないんですもん。昨夜もイベントに出ずっぱりでしたしぃ」
「しゃあないな。おい、誰か書いてやってくれ!」
『なんだろ、この子。ほんとに有名な女優なのかな・・・』
ジュンはそう思いながら出番がきた。
共演の男優と向かい合うゆんかにコーヒーを運ぶシーン。セリフもある。
「お待たせいたしました」
そうジュンが言ってテーブルにコーヒーを置くと、ゆんかが睨め上げるような視線を向けてきた。
アドリブ?とジュンが思った時にゆんかがぼそっと言った。
「へたくそ」
つまり、ゆんかは、演技など関係なく、ジュンそのものに向かって、「へたくそ」と言った。
ざわつくでもなく笑うでもなく、ロケ隊を取り囲んでいる学生たちは、ジュンの次の挙動に視線を集中した。
「お代は結構です」
そう言ってジュンはエプロンを脱ぎ、カメラの隣に立っている監督の所に歩いて向かった。畳んだエプロンをあまりにも自然に監督に差し出す。
何本もの挙行収入記録を塗り替える映画を撮影してきたその監督が、ジュンの行動に抗うこともできず、反射でエプロンを受け取ってしまう。
おお・・・と学生たちがどよめいたところでジュンが決め台詞を吐いた。
「この映画、絶対売れないと思います」
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