第13話 スナイプして遊ぼう

「鯖芸?」

「ち、違います!サバゲー、サバイバルゲームです!」


 唐沢からさわの言葉にジュンは笑いをなんとか堪えて返事した。だが唐沢はジュンのバカにしたような表情を見て質問を追加した。


「で?ジュンちゃんはサバゲーをやったことは?」

「ないです」


 それは金曜の夜、ルーシーの閉店準備を始めた頃のこと。必ず金曜の夜に来店して水割りをダブルで頼む女性客からジュンが名刺を受け取ったのだ。


『雷風高校 教頭 柿谷かきたに朱子あかね


 マスターも一度も会話したことがなかった柿谷はジュンにこう言った。


「ウェイトレスさん、あなたに目を付けてたのよ」


 翌日土曜日。曇天。風速5m。

 場所は茗荷谷近辺にある公園。

 親子連れにも人気のスポットだ。


 ジュンがお誘いを受けたサバゲーサークルの名称は『Cherry Bomb!』だった。全員女性でわかりやすい。


「あかねさん、赤ちゃんや小さい子もいっぱいいる公園でサバゲーなんて・・・よく許可が下りましたね?」

「ジュン。我々のミッションはロング・キルなのよ。しかも実弾は使用しない」

「(我々?ミッション?ロング・キル?実弾?)えと。それって・・・」

「ほら、これだ」


 柿谷は黒くツヤのないコンパクトなライフルを、ジャキ、と構えてみせる。そしてスコープに目を近づけて向かい側に立っているメンバーの心臓に向けて引き金を引いた。


 ビーコン!


 そう表現するしかないような音がメンバーの胸につけられたバッヂから放たれた。柿谷はジュンにスマホを見せる。そこには参加メンバーのコード・ネームが一覧で表示され、撃たれたメンバーの名前が黒く反転していた。


「我々が装着する『Death Tag』にレーザーが命中するとダメージの度合いが表示される。正面角度からの弾道で距離は至近、instant death即死なので名前が消えた、ということだ」

「え・・・もしかして、距離とか弾道角とかでダメージが違うと判定されるってことですか?」


 柿谷がニヤリと笑って隣の髪の毛がボサボサのメンバーを紹介する。


「このシステムと銃は彼女が開発した。Death Tag は心臓、両腕、両足に装着し、それぞれ戦略を練りながら照準を定めて敵にダメージを与えていくわけだ。因みに彼女は某自動車メーカーの研究ラボ所長で博士号を取得している」

「ひえっ」

「ジュン、驚くことはない。ほんの『オモチャ』さ」


 だが解散してスコープを覗いたジュンは驚愕した。


「すごい・・・こんなに望遠ではっきり見えるなんて・・・」


 玩具の域を超えた性能に恐ろしさすら覚えた。


 ルールは単純。

 要はハイテクの『かくれんぼ』だ。

 だから許可が下りた。


 コードネームを付された女子たち6人が15分の間に公園の思い思いの場所に潜み、15分経過と同時に狙撃行動開始。当然自由に移動可能。途中での衣装替え・変装もアリ。


 因みにジュンの出で立ちは上下淡いピンクのウィンド・ブレーカーでサンバイザーを被り、テニスのラケットカバーの中にライフルを隠し持っている。


「そうだよね。『わたしがスナイパーです』みたいなカッコで実戦やるわけないもんね」


 ただ、まさしく持久戦だった。


 ジュンは公園の一番端にあるベンチで、哺乳ビンでミルクを赤ちゃんに飲ませている母親の隣に座り、スマホでメンバーの状況を確認していた。


 母子という民間人を盾にしたわけだ。


 ルールとして狙撃によって民間人を巻きこんだら即退場だったし、ある種の気品すら漂うスマートなサバゲーの戦士たちから誤射は最も忌み嫌われる行為だからだ。ジュンはビギナーなのでこの位置取りを暗黙の内にメンバーから大目に見て貰っている、ということだ。


 戦況が、動いた。


「あっ!『ミハイル』さんが!」


 現実世界では美容院を5店舗都内で経営している若き女性経営者である『ミハイル』の、左腕、次に右腕のランプが消え、続けて心臓のランプが消えた。


『ミハイル』が死んだ。


「こ、今度は『リッツ・ゴーズ・トゥ・ボン』さんが・・・」


 猫カフェの創業準備をしているという『リッツ・ゴーズ・トゥ・ボン』が両足をほぼ同時に撃たれ、間髪置かずに心臓を撃ち抜かれて、死んだ。


 その後、僅か5分の間にもう一人も即死し、残っているのはジュン、ジュンを招待した『あかね』、それと開発者の『リトル・ビッチ』の3人となった。


 その『リトル・ビッチ』の命の灯火も消えた。


「来る・・・」


 手足を潰し反撃を不能にしてから確実にロング・キルする。

 つまり『あかね』が最強にして唯一の殺戮者であったということだろう。

 そしてジュンがこの場を動かず、かつあかねが民間人への誤射を回避するつもりならば、誤射の危険が伴うロング・キルではなくショート・キル、つまり接近戦に踏み切ることは容易に想像できた。


 噴水の向こうからベンチに向かって真っ直ぐ歩いてくるシルエットがあった。


 長身。ラズベリーのベレー帽。

 脇に抱えているスケッチブックを、すとん、とラバーチップが混入された歩道に落とし、肩からポスターを収納するための筒を胸の前に持ち替えた。


 に扮装した、あかね、だ。


 あかねが筒のキャップを外し、するっ、とライフルを滑らすと悲鳴が上がった。


「きゃああああっ!」


 母親が驚愕の声を上げ、赤子に被さるように抱き抱える。


『護らないと!』


 ジュンは母子を見て強い意志を持った。

 あかねの背後に民間人のいる可能性は否定できなかったが、ビギナーのジュンにはその判断の余裕がなかった。


 咄嗟に、レバーをクン、と下げる。


 あかねはスコープでジュンの心臓をとらえた。


 タン! タン!


 タタタタタタ!


 ふたりの狙撃が、クロスした。


 ビーコン!


 ・・・心臓を射抜かれたのは、あかね。


「くっ・・・まさかこの人口密集地帯で連射モードとは・・・」


 膝をついてこう言った。


「ジュン、キミの勝ちだ」


 前のめりに倒れた。


 呆気にとられている母親がジュンに訊く。


「あの・・・これって・・・」


 テニスのラケットカバーに銃を仕舞いながら、ジュンは民間人への誤射を恐れて命を失ったあかねを称えた。


「彼女は、誇り高きスナイパーでした」

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