第12話 青空の下で勉強しよう

 大学生の本分は勉学である。


「はい、終了」


 この大学は、厳しい。

 一年生の時から留年がバンバンある。勉学への意欲がもはや回復できないとみなされた学生は、「人生を考え直す時期だ」と退学勧告が担当教授からなされる。

 授業料収入は切実なはずなのに。


「週明け月曜日が最大のヤマ場だ。みんな、結束しようじゃないか」


 勉強会を呼びかけたのはジュンが属する専攻科の男子、金子かねこだった。小寺こでらが言った。


「いらないよそんなの。一緒に勉強したって、覚えるのはわたしの脳みそだし」

「わかった。小寺さんは不要だと。では、有志よ手を挙げてくれ」


 5人、手を挙げる。見事なまでに普段の勉学や授業への出席を怠っている男子ばかりだった。


「よし、同志よ。勉強場所を確保しよう。誰かよいカフェ等知らないか?」


 金子の問いに普段から調整好きの男子が答えた。


「ファミレスは?全員のアパートや自宅からの中間地点のなら極端な話月曜当日の朝まで粘って記憶の定着が諮れるぞ」

「ふむ・・・妙案だが却下だ。子供がうるさいと集中できん」

「新宿あたりのカフェは?土日に集合するなら全員交通の便もいいだろう」

「却下だ。新宿は勉強以外の誘惑が多すぎる」


 それは金子くんだけでしょ、とジュンは愛想笑いをしながら、早く解散にならないかなと専攻科に割り当てられている小教室の窓を見ていた。


「ジュンさんって喫茶店でアルバイトしてたんじゃないか?」


 ・・・ジュンさん?・・・


 金子にそう呼ばれて違和感を覚えたが、ジュンは如才なく受け答えをした。


「アルバイトしてるよ。駅の隣。今はテスト期間中でお休み貰ってるけど」

「そこにしよう!」

「ええ?」

「ジュンさん。あの店は流行っていないと聞いている」

「・・・まあ、そうだけど・・・」

「では、明日10:00、その喫茶店に集合!」

「ええっ!?」


 帰り道ジュンはルーシーに寄って唐沢からさわに明日のことを告げた。


「うちの男の子たちが6人お邪魔します」

「いいよいいよ。コーヒー代払って貰えるならお客さんだ。ジュンちゃんはどうするの?」

「監督責任がありますので参加します。小寺ちゃんも心配で付き合ってくれることになりました」

「どういう男どもなんだい?」


 翌土曜の朝。


「では!勉強開始!」


 ルーシーの一番奥の背中合わせのテーブル席二席を占領して大学生男女8人の勉強会が始まった。


「ジュン、経済曲線って何?」

「小寺さん、これなんて発音するの?」

「あんたらねえ・・・」


 男子全員のっけから自力で勉強することを放棄してジュンと小寺の『口伝』で理解し覚えようとしている。小寺がクレームした。


「わたしはいいよ。同じ専攻科だけど創作過程は組み込んでないから。ジュンは違うんだから。創作過程の定期考査成果物として2万5千字の中編小説を内海先生に出さなきゃいけないんだからね!」

「いいよ小寺ちゃん。ありがとう。ねえ男子のみんな?一応自分でまずテキストとか読んでみて?わたしもここで小説書きながら随時質問に答えるから」

「は・・・い。申し訳ありませんでした」


 その後男子たちも真面目に自力で勉強した。時折質問しながら。


 夜まで。


「うーーん。粘るねえ、みんな。最長滞在記録更新だよ」

「マスター、すみません。あの、みんな晩ご飯の軽食追加注文しますので。それで、わたし、作りますから」

「え。いいのかい、ジュンちゃん?」

「はい。気分転換に」


 そう言ってジュンはエプロンを着けて厨房に立った。そこからオーダーを取る。


「みんな、何がいい?」

「俺、焼うどん!」

「焼きそば!」

「ナポリタン!」

「俺ピザトーストね!」

「じゃあ俺はホットケーキにメイプルシロップ大盛りで!生クリームも!」

「焼きそばあっ!」


 最後に小寺が一喝した。好き勝手なオーダーをした男子どもに凄む。


「全員、や・き・そ・ば!文句ある!?」

「あ、ありません・・・」


 ルーシーのガスコンロのバーナーは強力で先般ジュンがホームセンターで調達したフライパンも特大なので焼きそばを6玉ぶっ込み両手で柄を握り込んでフライパンを振るった。


 ソースよりもウィンナーと塩とでしっかり味付けするのと、キャベツをかりっと炒めるのがルーシーのレシピだった。


「美味い!」

「うん、最高!」

「ジュンさんいい奥さんになれるよ」

「田代くん、それ、ジュンとわたし両方に対するセクハラ」

「ごっ、ごめん・・・」


 翌日曜日も同じことを繰り返した。

 午前中までは。


「ジュンちゃん、緊急事態だ」

「どうしたんですか、マスター」

「出た」

「えっ?何がですか?」

「ネズミ」


 飲食店としてそれはまずい。

 ルーシーの衛生管理は万全なのだが、駅周辺は飲食店も集まっており、外部から入り込んで来ることが稀にあるのだ。


「みなさん、すみませんね。追い出す形になっちゃったけどお客の少ない日曜日の内に決着つけないと」


 ネズミ退治のために午後は店を閉めて駆除専門の業者を呼んだのだ。


「ああ・・・どこで勉強しようかな」


 まるで少年みたいにため息をつく男子6人にジュンが提案した。


「夕方暗くなる前まででよければここから5分ほどの所に公園があって・・・一応ウッドデッキみたいな作りの所にテーブルとベンチがあるから。


 青空勉強会だ。


「おー。意外と能率上がるー」

「なんか、気持ちいいね」

「おほん。では」


 金子が咳払いをして詠唱した。



 陽光が

 ページを照らす公園の

 反射の白が

 眩しきはなぜ



「おー。金子くーん、すごーい」

「さすが文学部ー。ぱちぱちぱち」


 女子二人の適当な声援に、それでも満足した金子は更に付け足してしまった。


「青春、だぜ」

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