第11話 ルーシーでアニメを観よう

「ジャジャン!第一回純喫茶ルーシー・アニメ上映会を始めます!」

「よぉーよぉー、パチパチパチ!」


 ジュンが打ち出したルーシー売上倍増計画第2段がこのイベントだった。金曜の夜に集ったのは常連客だけでなくジュンのツイートに反応してやってきた一見いちげんの客も含まれていた。


「えー特別に今日はワンドリンク500円でお好きなものを飲めまーす」

「ジュンちゃんよぉ。ルーシーで500円もする飲み物っつたらコークハイだけじゃねえか」

「そうだそうだ。300円のブレンドも500円で飲めってか?」

「まあまあ皆様。上映料金ってことですよ」


 なぜアニメ?純喫茶なら映画全般にすればよかったのでは?と唐沢は最初反対したがジュンが押し切った。


「マスターは本気で儲けたいんですか?」


 映写用のプロジェクターと簡易スクリーンを小寺こでらが家から持って来てくれた。


「小寺ちゃん、ありがとね」

「いいよ。ジュンの大切な職場のためだもん。それにわたしよりも会社からバンでわざわざ持ち出してくれた父親の方が大変だったろうし」


 小寺の父親は全国規模で音楽イベントの周辺業務請負を展開する音響機器メーカーの技術部長なのだ。


 ガラガラとスタンドにかけられたスクリーンを店奥の暗がりにジュンと小寺とで引っ張って行き、唐沢がカウンターにプロジェクターをセットした。


 もう外は完全に闇になっている。

 暗幕は不要だった。店の灯りを、消した。


 オープニング・アクトにしていきなり本日のメイン・イベンターとされた劇場版のアニメ作品は、これだった。


『かしましいひとたち・夢見るぼくら』


 冒頭のシーンの、水辺に浮かぶ、朽ち果てた木造の時計塔の、水の色と、水に照り返る白い太陽の光とで、ルーシーの店内がぼうっと青色に染まった。


 その青色が、客たちの顔をも染める。


 客たちの、青く染まる顔は、最初から口が半開きの表情だった。


 時計塔の麓のその最初は水溜まりのようだった青は、いつの間にか広がって湖のようになっていった。

 湖面をウェイクボードで自走するように自由自在に波を切る少女。

 水着を着ている。

 爪先を、クン、と上に逸らすようなスタイルでボーディングをキめる。

 シュラっ、とボードをジャンプさせ、1・1/4体幹を固定したまま空中でローリングする。板に足が吸い付いたような見事さはそのスピードの素晴らしさが生み出す遠心力だ。


 少女が満面の笑みで叫ぶ。


「ヤッハーァッ!!」


 着水と同時に少年に手を振る。

 この世の終わりのような蒼白な顔で足首まで水に浸かり呆然と立ち尽くす少年は少女をただ見つめる。


 次のシーンが、ジュンと小寺がこの映画の上映を決めた理由だった。


 天窓がステンドグラスになった、大正時代の様式を保つ正当な純喫茶店。


 その木製のテーブルに向かい合ってアイスコーヒーのグラスに差したストローを指でもてあそぶ少女と、手を膝の上に置いたまま少女のグリーンの目を見つめる少年。


 外は夏の真っ白な日差し。

 だけれども店内はうっすらと暗く、静かな日陰を保っていた。


 ジュンが、唐沢に言った。


「素敵でしょう。この喫茶店」




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