第10話 ホームセンターでフライパンと猫を調達しよう

「ここか・・・」


 ジュンは唐沢に頼まれて自転車でホームセンターにやって来た。

 フライパンが壊れたのだ。


「うわっ!」


 15分前、唐沢が純喫茶ルーシー看板軽食メニューの焼きそばを炒めている時、フライパンの柄が突然外れた!


「マスター!」

「うわちちち・・・」

「大丈夫ですか!?」

「うん、なんとか・・・だけど、もう使えないな」


 ガスコンロにぐわん、とフライパンを落とす形にはなったが作りかけの焼きそばは無事でオーダーを受けたお客の分までは間に合った。だが、これから夜にかけて立ち寄る常連客たちも焼きそばやナポリタンをオーダーするのでフライパンは必須だ。


「ごめん、ジュンちゃん。頼んでいいかい」

「はい。緊急事態ですから」


 そんな訳でジュンはマスターの自転車に乗って近隣のホームセンターまでフライパンを買いに来たのだ。

 ところが、はた、と困ってしまった。


「ええと・・・どれがいいのかな?」


 ジュンは家で母親を手伝って料理もするので調理器具に慣れ親しんではいた。だが、オール電化の家でありフライパンや鍋はすべてIH専用のものだった。

 だからルーシーのようにガスコンロで調理する場合のフライパンはどれがいいのか判断に困ったのだ。


「すみません。ガスコンロ用のフライパンてどれがおススメですか?」

「え?フライパン?」

「は、はい」

「・・・これとこれとこれ。それからこれ」


 若い男子スタッフはガラガラとフライパン同士をこするような乱暴な取り扱いでジュンのカートに4本乗せた。ジュンが更に質問した。


「あの。この中ではどれが」

「どれでも同じだよ」


 ずいぶんと乱暴な接客に、けれどもジュンは愛想笑いを絶やさずにやり過ごした。結局一番大きなサイズのフライパンにした。マークは毛虫のケムちゃん・・・って調理器具に、ムシのイラスト?


「あっ」


 出口に向かおうとした途中でジュンはそのエリアに目が止まってしまった。


「か、かわいい・・・」


 鳥のケージがいくつも並んでいて文鳥やインコが鳴いている。

 その隣には金魚や深海魚の入った水槽、亀の入った水槽があった。


「ペットショップだあ」


 ジュンとて乙女。かわいいモノには目がなかった。


「やーん、かわいい♡」


 普段絶対しないような言葉遣いでつぶやきながらジュンは鳥のエリアをひとしきり見て回る。文鳥のヒナが四羽濡れたまだ少ない量の羽毛でぷるぷると震えながら寄り添っている様子を見るともうたまらなくなった。


「ちょっとぐらいならいいよね」


 フライパンを待ち焦がれる唐沢に心の中で、ごめんね、とだけ告げて次は最重要エリアに移る。


「子猫だあ♡子犬ちゃんもぉ♡」


 幸せな気分でデレデレしてアパートの部屋のように一匹づつ透明なケージに入って積み上げられている子猫と子犬。


 だが。


「ん・・・まあ、生きてるんだから仕方ないよね」


 柴犬の子犬が一匹体を丸めて眠っている傍に、その自分の糞がいくつも残されている。排泄する度にスタッフが片付けに来るわけにもいかないだろうとジュンは理解したが、なんだかその瞬間に冷静な気持ちが湧き起こった。


「なんだろう、これ?」


 大抵の子猫は眠っていた。子犬も。

 そしてジュンは動物たちの全体像を見渡して感じた。感じるままを口に出した。


「寂しい・・・」


 言ってしまってから思いがけず大きなつぶやきだったことに恥ずかしくなって周囲を見渡す。

 けれどもジュンははっきりとその寂しさの原因を発見してしまう。それはケージに貼り付けられているステッカーだった。


『温かな家族とのご縁ができました』


 これが貼られているケージは空っぽだ。飼い主に見染められ巣立っていったということだ。

 残っている子猫・子犬たちは眠り続けている。


 値札の横に星型のマークが。


『Sale!』


 ジュンはどうしてだかフライパンでぶん殴りたくなった。


 何を?


 何かよく分からないムカムカするものを。

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