第9話 秋葉原でコーヒーを飲もう
せっかくお茶の水まで出てきたのだからついでに秋葉原に寄ろうとジュンは思った。
「電気街、電気街、っと」
ジュンは父親からかつての秋葉原は電気屋さんの街だったと聞いて育った。
もちろん秋葉原は今でも電気屋さんがたくさん集まっていて『電気街口』という駅の出口があるぐらいなのだけど、ジュンの父親が言うのはもっとずっと昔のアマチュア無線やラジオ、アンプやカセットデッキなどの自作に若者たちが熱中していた高度経済成長時代のことを指していた。
今日はその面影を残すいくつもの大型量販電気店のビルや、もっと専門化したパーツ類を扱うビルなどを目指した。
ジュンは別に電気製品に興味があるわけではなく、様々なパーツや他の街では見られないようなマニアックでメカニックなオーディオ製品などを見ると、なんだか『トーチ・ボックス』の中にいるような気分になるのだった。
「小説の発想にはもってこいだよね」
いわゆるパーツ屋さんが集まったビルのベルトが煤けたエスカレーターをがたごと音を立てて上階へと昇る。
ジュンはこの瞬間にワナビとして中二病を発動している自分が創作モードに入ったことを自覚した。
「未来の自動昇降機だよ、これは」
父親がよく聴くロックバンドの曲に登場する歌詞の中では、エスカレーターのベルトが爬虫類の皮でできている。
ジュンはけれども別の曲の一節を口ずさんだ。
「♫ 憧れの 秋葉原♩」
(Virgin Vs:『秋晴れ秋葉原』)
これは子供の頃いじめに苦しんでいた母親の救世主となったアニメがきっかけで聴いたロックバンドの曲で、ジュンは母親がそっと呟くように歌うのをいつも聴いていたのだ。
ジュンの口ずさみを聴いた瞬間、エレベーターの数段前に立っていた男子が振り向いた。
「おねえさん。粋な歌だね、おねえさん」
どう見ても高校生か見ようによっては中学生ぐらいに見える、おそらくショッピングモールで無造作に選んだチェックのシャツとカーゴパンツを身につけた男子だった。
ジュンは少年の風貌とか意外と淡麗な顔などよりも、放った言葉が韻を踏んでいることに意表を突かれた。なので警戒心よりも興味が勝った。
「キミ、この歌、知ってるの?」
「もちろん!」
曲名を少年に言い当てられて、彼の母親もジュンの母親と全く同じ境遇でこのバンドのファンなのだという事情も告げられた。
連れ添う訳ではないけれども、なんとなくパーツ屋さんの店内をふたりで歩く。
「キミは何を買いにきたの?」
「ライトですよ、おねえさん」
「ライト?」
少年はそのエリアへとジュンを誘った。
「へえ・・・」
「すごいでしょう」
いわゆるそこはアウトドア用品の1アイテムとしてのコーナーではなくって、まごうことなき『ライト』の集積場だった。
「どうです、おねえさん。きれいでしょうおねえさん」
「うん」
懐中電灯。
レーザーポインタ。
ペンライト。
警告灯。
豆電球。
蛍ライト。
「キミのおススメは?」
「ヘッドライト!」
それは頭にぐるっとベルトで巻きつけて固定するヘッドライトの一団だった。最近は夜釣りの時に使ったり夜ランの時に使ったりする人が購入するらしいのだけど、少年の用途はまた違っていた。
「砂金を掬うんです」
「砂金!」
少年は四半期に一度、わざわざ北の県から上京してこのパーツ屋さんに来るのだという。そしてライトを物色するのだと。地元の河で夜、人目につかないように砂金を掬うために。
ジュンもデザインの可愛らしいヘッドライトを一本購入した。
ジュンの場合は夜や明け方に散歩する時のために。
「今日はありがとう。色々教えてくれたお礼にコーヒーでもご馳走するよ。ええと、メイドカフェでも行ってみる?」
ジュンは年頃の男の子の好みを先回ったつもりだったけど、少年の返事はあっさりしたものだった。
「ならば、もっといい所があるんですよ」
パーツ屋さんのエスカレーターをそのまま最上階まで昇る。
昇り切ったら今度はその上に続く階段を昇った。
踊り場に出ると、自販機があった。
「ほら、おねえさん。よりどりみどりですよ、おねえさん」
「うわあ・・・」
ジュンはときめいた。
二台並んだ自販機の商品は、すべて缶コーヒーだった。
それはTV CMのレトロ動画などで目にしたことのある、既に廃版となっている缶コーヒーたちだった。
「ねえ、これって・・・」
「コーヒーの墓場ですよ」
ジュンは一瞬考えた。
そして訂正するように少年に言った。
「コーヒーの、コールド・スリープ、だよね」
にこりと笑い返す少年のためにジュンは甘さMAXの
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