第4話 新宿でカフェ・デートしよう
「ジュンちゃん。僕と付き合ってくれないか」
「はい」
初めての待ち合わせは新宿の紀伊国屋書店だった。
「や。ジュンちゃん、お待たせ」
「行きましょうか」
唐沢はルーシーでマスターとして働いている時の制服と傾向が変わらないシャツにベストを重ね、ジャケットはNew Yorkerのチェック。靴はRegalの茶だった。
対するジュンは濃紺のストライプの入ったブラウスに綿の淡いたまご色のセーター。ボトムはEDWINの黒のスリム・デニムで、シューズは水色のNew Balanceだった。
「悪いね、ジュンちゃん。せっかくの日曜に」
「いいえ。でもマスターは月に一日しかお休みが無いなんて大変ですね」
「はは。まあ自営業者の宿命だよね」
ふたりの逢瀬は唐沢が『告白』したからでは決してなく、第3日曜日が定休日である純喫茶ルーシーのマスターとしてカフェや喫茶店を『敵情視察』する同伴をジュンに頼んだ、ということだった。
壮年男子と女子大生が新宿のカフェをハシゴすることが一般的な社交の範疇かどうかは別として。
「じゃあまずこのジャズ喫茶へ・・・」
「ダメですよ、マスター」
ジュンは唐沢を即座に制した。
「マスター。自分ひとりだと趣味の喫茶店しか回らないから一緒に来て、ってわたしに頼んだじゃないですか?」
「はは。ごめんごめん」
「最初はここです」
ジュンが引きずるように先導してエントランスをくぐったのはおそらく日本で最も有名なカフェ・チェーンだった。
カウンターで唐沢がオーダーする。
「ブレンドの
「はい?」
「ん?ブレンドのエスをください」
「ちょちょ。マスター」
ジュンが唐沢のジャケットを引っ張る。
「なんだい?ジュンちゃん」
「エスじゃなくてショート」
「え?」
「だから、ショート、って注文してください」
「?じゃあ、ショート」
「はいかしこまりました。『ブレンド』はドリップコーヒーでよろしいですか?」
「??ドリップしないコーヒーがあるの?」
「・・・ドリップコーヒーのショートですね。かしこまりました」
ジュンは色々な甘いモノが入ったラテを頼み、2人は、ふかっ、とした低いソファ席に向かい合って座る。
「落ち着かないね」
「そうですか?照明もいい感じですしオシャレでわたしは落ち着きますよ」
「若い女の子はこういう感覚なのか・・・うっ」
「どうしました?」
「苦い」
「コーヒーですもの」
「いや・・・なんというか焦げるほどの苦さだ・・・」
「まあ、濃いのがこのチェーンの特徴でしょうから」
唐沢とジュンは30分ほど滞在し、次の店へと移った。
「ここはマスターが知ってる店なんですか?」
「うん。学生の頃からずっと通ってるよ。経営者は何度も変わったけどね」
「へえ・・・そしたら味とか雰囲気とかも変わって足が遠のくものじゃないんですか?」
「この眺めが好きなんだよね」
そう言って歌舞伎町手前の裏通りにある雑居ビルの二階からの眺めをジュンにも見るよう促した。
「マスター。景色って言ったって、ごちゃごちゃしたビルと飲み屋さんとかキャバクラの看板しか見えないじゃないですか」
「ジュンちゃん。あれをご覧」
唐沢は事業者たちのビルに間借りするように挟まれたアパートを指す。
「このアパート、ずうっと取り壊されずにあるんだよね。で、ほら。一階が多分大家さんの部屋なんだけど、出窓にさ」
煤けた出窓に小さな花の咲いた小さな鉢が数個並べられている。
「こういう健気な感じがいいんだよ」
その後もふたりは個店の喫茶店やチェーンのカフェ、それからカフェとは名ばかりのほとんど定食屋のような店もまわった。
「マスター。さすがにコーヒーの利尿作用がきついです」
「ぷ。ジュンちゃんのそういう所が好きだよ」
「え」
「男に向かって利尿作用とか真正面から言うセンスがいいねえ」
「ダメ女でしょうか」
「いいや。イケてるよ」
夕刻に最後の店として、東京都内で大規模にチェーン展開している、ゆったりとした喫茶店に入った。
「わあ・・・やっぱりくつろげますねー。ここが最後なんで一日歩いた疲れもとれますよね」
「まあ、そうだね」
「マスター、勉強になりましたか?」
「うん。ルーシーも改善の余地がありまくりだと心を新たにしたよ」
ジュンはソース容器のようなアイスコーヒーのボトルやミルクぽちょのような常連客たちとの垢抜けないやりとりを思い起こしていた。
「お待たせいたしました。どうぞごゆっくりお過ごしください」
ウェイトレスが笑顔で丁寧にアメリカンのカップを置いて行った。
「そうなんですよね・・・ここの店員さんはほんとに教育されてて。お客さんを丁寧に扱ってくれますよね」
「ふうん・・・」
「?どうしました?なんか、ほっこりしてないみたいですね?」
「ジュンちゃん」
「は、はい」
唐沢はジュンの目に焦点を定めて訊いた。
「ジュンちゃんは学校で男子に『キモい』って言ったことは?」
「え。は、はい・・・わたし『キモい』っていう言葉自体嫌いであんまり言わないですけど・・・でも冗談で小学校とか中学校の時に言っちゃったことはありますね」
「キモい、って思ってるヤツはいるかい?」
「え?それは・・・」
アメリカンにミルクも角砂糖もぶち込んでから唐沢は言った。
「ココロの中でもお客さんをバカにしないような店にしたいんだ、僕は」
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