少女奇人

@Rene

第1話

「だらだらと始めよう。そうだ。君も分かるだろう?」

「……まあ、始めるのは始めないとどうしようもないとは……思う……」

ああ、もう何を言っている?一体全体何を喋っているんだろう。

話しかけてきた少女は満足気に頷き、再び喋り始めた。

「どこもかしこも何も始めようとしないのはどう思う?確かに今は冬。死に絶え凍てつく季節とは言え動き出さないのは良いとは言えないだろう。老若男女問わず皆が皆閉じこもり安定という名の飼い主に付き従い一生を終えようとしている。今この瞬間も。今この瞬間もだ!!腹が立つことこの上無いが、君はどうやらそうじゃなさそうだね。素晴らしいことだ。この上なくね!!」

ベラベラベラベラとよく分からないことを勝手に捲したてる少女。時折艶のある黒髪を鬱陶しそうに掻き上げ息を荒上げ怒りを表す。

そうかと思えばニコニコして同意を求める。

同調しようとすれば混乱を来しそうな。


「君は何を始めようとしている?」

「…………まず、単純で身近な所からッスかね……」

「ほうほう、それは何処かね」

今ここ。現在。

そう言えたらどれだけ楽だろう。

見知らぬ少女に話しかけられているこの状況。少女はまるで既知の友人のように親し気に話しかけてくるがまるで意味不明だ。

誰だコイツは一体何が目的で話しかけてくるんだまるで分からない狂っているのか。

拒否と困惑の思考が止まらない。

「君は物事の順序や道理をそれなり分かっている人間のようだね。物事は常に成さなければ意味が無い。それはこの世を存在させる為に、必要なことだ。誰かが何かを成し世界に無かったもの、新しい形態、仕組、

を作り上げ、世に送り出す」

「……まあ、そうですね」

それは恐らくは良いことなのだろう。

でも今話す内容ではない。


「……何というか、その……貴女は……」

「ん?何だい?」

「……奇人、ですね」


精神異常者と面と向かって言うのを避け、歪曲した結果、そうアウトプットされた。

しばらく、天使が通ったような間が空いた。その間が永遠に続いて欲しかったが願いも虚しく、少女の笑い声によって再開された。


「あっはっはっはっはっ!!それは良い!実に的を得た評価だ!!私は同一経路を歩まないものだ!!!そうだ、その通り!」

嬉しそうに笑う。腹を抱え全身を震わせながら。でも頼むから分かることを話してほしい。 


「私は奇人だ。ああ、全く漸く正体が暴かれて精々する!これで私は奇人として生きていける!」

「奇人として?」

引っかかりを感じた。

少女は待ってましたと言わんばかりに喋る。

「君は知らないのかい?奇人というのは奇人だと見抜かれ始めて奇人として生きていけるようになるのだよ。中には一生奇人として生きていけないまま、没するものもいるから私はかなり幸運な部類だな!はははっ!」

それは幸運なのか?

「君もそうなんじゃないか?」

「はい?」

「私を見つけたのだから、君も奇人なんじゃないのかね?奇人を見つけ出す奇人は例が多い。……君もそうだったりするのかい?」

「いやいやいやいや、滅相もない」

引き気味に否定した。少女のような精神構造は持っていない。

「変貌を遂げようよ、君も。一緒に行こうじゃないか」

何処に?何に?分からない。

「…行きたくないっす」

「何故?何故だい?何故何故???君は進むべきなのに」

進む?

冗談じゃない。例え私が少女の言う奇人なのだとしても。私は変身を遂げない。意地でも。

「進めば戻れるんすか」

「……?何言ってるんだい?戻れる訳無いだろう。今まで知らなかったものを知って見方が何もかも変われば元の世界を見る必要は無くなるのだから。一体全体何の冗談を言ってるんだね君は」

「いや、聞いてみただけっす」

何となく分かる事だ。行けばきっともう戻ってこれはしないのだろうなんて。



「絶対に嫌だ」


鋭く徹底的に否定した。暫く少女と私の押し問答が続いた。

それから頑なに嫌と言い続けた私に少女はやがて興味を無くしたのか、距離を取った。


「何だ。勘違いか」

「てっきり君も同類かと思ったのに」


「いいやもう。君は何処へなりとも行きたまえよ」


最後の最後まで分からないことを言う。

そもそも何故かへと行かなければならないのか。何処にも行きはしない。理由も手段も無い。だからどうでもいい。


「何もかもが何とかなるチャンスを失ったようなもんだよ」


何のチャンスなのか。そんな異常を来すようなものこちらから願い下げだ。

昔読んだ戯曲の台詞を思い出す。

物事はあるがままに放っておくのが一番。

全くそうだ。

弄りまわさず、死に逝くままに任せて欲しい。いずれ何もかも無くなる。

それで良いじゃないか。



「さようなら、可哀想な少女。きっともう地に足付けられない人」


「地に足を着けられない?違うよ。元から付いて無かったし、これから先も着ける気は無い」


ああ、そう。


「そのまま、何処までも飛んでいってしまえば良い」


「何処へでも飛んでいけるよ。根差した君とは違う生き物なんだから」


断絶。

決裂。言い方、考えは、様々様々。



来た道を引き返した。

少女との会話は既に薄れ始めている。それで良い。奇人と出会った記憶は、いつもに上書きされる。いつでもこれからも。


ふと、何かに引っ張られるように振り向いた。オルフェウスやイザナギのような二の舞を踏んだかなと思いきや少女は既にいなかった。

引っ張られて何処かしらに連れ去られてしまうようなことも無い。


「…………もう良いか」


何も無いのを確認して、再び歩き始める。

気分が回復するまで歩くと突風が吹き付けた。

さっきの少女の怒りにも似た突拍子の無い風。

空にこうもり傘が飛んでいくのが見えた。

さっきの少女のような黒さで。

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