母と子

太輔くんに送ってもらって家に帰って、ダイニングに入ると無表情の母が座って待っていた。


「ただいま。」


「おかえりなさい、かぐや。座って。」


見慣れない母の無表情を向けられるのは、少し、いや結構怖い。


「はい。お母さん、仕事は?」


「今日は早く帰れたの。ねえかぐや、今何時?」


「十二時前」


「そうね。まさかとは思うけど、こんな時間まで学校なんて言わないでしょ?」


「…うん」


「誰とどこに居たのか言いなさい。」


素直にいえばきっと怒られるだろう。


桃山太輔と居たなんて知ったら失神するかもしれない。


それ程までに母は、私が変わることを恐れている。


でも、


「太輔くんといた。」


変わりたい。


「え…?」


母の無表情が崩れる。


「太輔くんのお姉さんとたまたま会って桃山さんの家で夜ご飯をご馳走になった。その後太輔くんに送ってもらった。」


怒られるとわかりながら話しているものだから、机の下では震えそうになる足をなんとか必死で抑える。


「…家に帰ると大事な一人娘はいない、連絡もない、遅い時間になっても帰ってこない。その上、悪い噂を聞く男の家に行って、今まで一緒にいた?かぐや、それを聞いてお母さんが怒らないとでも思った?素直に言えばいいと思ったの?」


崩れた無表情はやがて眉間を寄せ、少しずつ顔を赤くしていく。


「連絡もなしにこんな時間まで外にいたのは、ごめんなさい。本当に。もうしない。できるだけ早く帰るようにするし、連絡もする。」


「そうね、それがかぐやよね。」


「で、でも、太輔くんのこと、悪く言わないで。」


「……は」


「太輔くんのことも、太輔くんの家族のことも、悪く言って欲しくない…」


「どうしたのかぐや、桃山さんになんか言われたの?お母さんがなんとかするから言って」


「違う!」


滅多に大きな声を出さない私の声に驚いて母は目を見開く。


「か、かぐや?」


「ご、ごめん。でも、違う。何も言われてない。でも、大好きなママに、大好きな太輔くんのこと、悪く言って欲しくないの。ママが太輔くんのこと悪い子って言っても、私は好きだから、だから、」


頭も口も上手く回らない。


ここまで感情的になったのは多分初めてで、無意識に母の呼び方が変わっていたことにも気がつかなかった。


「かぐや…」


「…言わされてなんかない、桃山さんまた親子でおいでって言ってた。昔みたいにって。」


「……」


「太輔くんのお姉さん、妊娠したんだよ。5ヶ月だって。」


「…そう、おめでたいわね」


母の頭は下がって顔が見えない。


「ママ、私、もう高校生だよ。」


「えぇ、そうね」


「大抵の事は自分で決められる。グレたりなんかしないよ。ママのこと大好きだし勉強も別に嫌いじゃないし。」


「…えぇ」


「まだ大人ではないけど、もう何の判断もできない赤ちゃんじゃないんだよ。」


いつの間にか震えは抑えずとも止まっていた。


「ママのことは大好き。たった一人の家族だもん。でも、少しは変われるように、頑張ってみてもいい?」


「……」


「かぐやは忘れてるかもしれないけど」


「ん?」


「小さい時、幼稚園の時かしら。かぐやの髪が伸びてきて、邪魔にならないように私が切ろうとした時があったの。」


覚えている。


太輔くんにいつか髪を切りに来てと言われた日だ。


「かぐや、嫌がって号泣して、どうして?ってきいたの。それまで嫌がったこと無かったから。」


「…うん」


「そしたらかぐや、太輔くんに嫌われちゃうって、もうわがまま言わないから髪は切らないでって、泣きじゃくって。」


改めて聞くと中々恥ずかしいものがある。


「わがまま言わないからって、わがまま言ったことないのにね。だから、じゃあお勉強頑張れる?って言ったら、それから必死に勉強するようになって、いつの間にかそれも忘れて勉強を楽しんでたみたいだけど」


母は懐かしむように微笑みながら話す。


「でも、お友達の話も連れてくることも無くて、止めるべきだったのかなって思ったのに、お母さんのせいだったかもしれないって認めるのが怖くて止められなかった。」


「…ごめんね、かぐや。」


「マ、ママは悪くないよ!友達が出来なかったのは、私がコミュニケーションが苦手なだけで…」


「もっと早く、ちゃんとかぐやの話を聞くべきだったわ。」


「…」


「でもお母さん悔しいわ、かぐやのわがままを引き出すきっかけがまた太輔くんだなんて」


「そ、それはたまたまきっかけになっただけで!」


「それで?太輔くんとはどこまでいったの?」


「ママ!!」


「あらあら」


吹っ切れたように笑う母の顔は晴れ晴れとしていた。


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