寄り道


「ねえかぐやちゃん、ちょっと寄り道してもいい?」


帰路につきながら太輔くんがそう言った。


「いいけれど…」


「ありがと!ついてきて!」



太輔くんに連れられてやってきたのは、ビル?


でも看板やらなんやらはない。


「ここ、入って大丈夫なの?」


「大丈夫!管理してる人と友達になって工事の手が入るまでは勝手に入っていいよって言われたから!」


太輔くんは随分と人脈が広いようだ。


非常階段を駆け登っていく太輔くんに着いていく。


「ちょ、ちょっと速いって…」


「あ、ごめん!早く見せたくて!」


幸い低めのビルだったからギリギリ体力はもったものの、幼馴染とはいえ久しぶりに会った女に走らせる高さじゃないと思う。


着いた先は屋上で、そこからみる景色は田舎と都会の狭間といえるこの街で、この高さのビルだからこそ見える輝きだった。


「綺麗…」


思わず呟いた言葉に太輔くんは少年のように笑った。


「ここ、俺のお気に入りの場所!本当は、月と近くなってかぐやちゃん連れていかれちゃうかもって悩んだんだけど、やっぱり連れてきてよかった。」



夜景を見ながら言う太輔くんの表情は暗さと相まってか幼さとは程遠く、見慣れぬ色気を放っていた。


「うん、いい場所だね」


「でしょ。かぐやちゃんさ、俺のこと苦手?」


「え?」


「何となく、そうなのかなって」


「そんなこと…」


「でもさ、俺の家に来たこと、俺と一緒にいること、お母さんに言える?」


「それは、だって…」


「話してみてよ、傷つくかもしれないけど俺はかぐやちゃんの話が聞きたい。」



「…」


「怖いんだよ。太輔くん自身が、じゃない。太輔くんが大人になっていくのが怖い。私を置いて大人になったのを認めるのが怖いの。」


「俺なんか、大人になんてなれてないよ」


「違う!」


場所のせいか解放された私の本音は止まらない。


「私とは違うんだよ。大人に怒られたくない、お母さんに嫌われたくないって一心で勉強ばっかりして人間関係とか、責任とか色んなことから逃げてる私なんかとは違う。」


「お母さんから今の太輔くんの話を聞いて、会うのが怖くなった。だって、自由って感じで、私とは住む世界が「やめて」、え?」


「それだけは言わないで、お願い。」


「でも、本当のことでしょ?私と太輔くんじゃ違いすぎる。」


「違うよ、だって違う人だもん。でも、違ってて何がダメなの?同じ世界だよ。かぐやちゃんが勉強を頑張ってるのも俺がちょっと自由過ぎるのも、同じ世界での話だよ。」


太輔くんは私の腕を持って話し出す。


「かぐやちゃんと俺じゃ知ってる事も違うし、通ってきた道も違う。だって一緒にいなかったし。でも、どっちもまだ子どもだよ。大人になんてまだなれない。」


「それは、分かってるけど、でも…」


「かぐやちゃんはその違いを怖いと思うかもしれない。でも、じゃあ違う道を通っていつか合流する、じゃダメなの?」


「え?」


「かぐやちゃんの恐怖をどうにかする為に今すぐ同じ道を歩くことは、もう出来ない。」


「うん…」


「でも、これからお互い色んなことを知っていって、そしてかぐやちゃんの言う大人になって、それからこんな事があったんだよって話しながら一緒に歩いていくの、かぐやちゃんは嫌?」


子供に言い聞かせるように、恋人に愛を囁くように、太輔くんは言う。


「…嫌じゃない」


ぽろぽろと溢れ出す涙。


「まだ大人にならなくてもいいんだよ、俺だって怒られるのとか怖いし。きっと大人になっても怖いと思う。でも、かぐやちゃんといつか一緒に歩いていける日を想うと頑張れるんだ。」


「かぐやちゃんが俺のこと苦手になって、嫌いになって、そしたら頑張って諦めるけど、俺の想いをかぐやちゃんが受け入れてくれてる限り俺はかぐやちゃんが大好きだよ。置いていったりなんかしない。」


「怖い事があっても、逃げたくなっても、かぐやちゃんがいるって、それだけで頑張れるんだから、置いていけるわけないでしょ?」


また少年のように笑って、私の涙を指で拭う。


「うん…」


「ごめん、俺馬鹿だから上手に伝えられないかも。でも、俺がかぐやちゃんを置いて大人になったとか、住む世界がどうとか、そんなことは言わないでほしい。」


「同じ世界で、違う道を歩いてるだけなんだ。今は難しくても、いつか合流するのは簡単だから、待っててよ。かぐやちゃんがなりたい大人になって、そして、俺に髪を切らせて?」


「うん…うん!!」


いつの間にか涙は止まっていて、私は太輔くんに抱きついた。


「おっと、」


「待ってるから、早く迎えに来てね」


「もちろ「遅すぎたら」ん、ん?」


「待ちくたびれて月に帰っちゃうから」


泣かされたのが悔しくて、抱きついたまま八つ当たりしてみた。



「そ、それはだめ!」

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