第2話 残念な女神

「あ~」

「どうしました?社畜が風呂に浸かる瞬間に出す様な声を上げて」

「チラ……あ~」

 

 僕を見るや否やさっきと同じような溜め息を漏らすごみ溜めの主、もとい女神様はテーブルにぐてーと倒れ込む。

 窓からさす光は暖かく平均気温は17度と適温なこの部屋は正に至高の空間だろう。

 そんな空間に居ればダラダラしたくなる気持ちは分かる。……が。


「はい、これ書類です」

「……あ~」

「あ~、はもう聞き飽きました」

「う~」

「赤ちゃんですか……それより早くサインをください、まだまだあるんですから」

「うぅ~うぅ~」


 苦しそうな声を出しても駄目です、とだけ釘付けしておくと女神様は黙々も筆を動かした。


 さて、どうして僕がこんな事をしているか?聡明な読者様なら既にお気付きだろうが一応説明はしておく。

 僕はどうやらこの女神様の秘書に転生したらしい。掃除をしようか?という曖昧な願いか分からない思いが悲しくこのような形で叶ったのだ。

 僕にも詳しい事情は分からない、ちなみに転生させた女神様自身も分からないらしい。

 だが転生したからには人生を楽しむ必要がある。

 手始めに掃除、洗濯、家事、雑務、を一通りこなしてみた。

 言葉遣いも女神様を敬うような感じ風に直した。最初は渋っていた女神様も僕の働きに感銘を受け此処に置いてくれることとなった。

 そして今は女神様の仕事の手伝い中だ。

 僕がお世話になっている?している?女神様は転生の女神様らしく、転生させる人達の書類やらを纏め情報を集める義務があるのだが、どうもこの女神様は雑なのか何にもしていないのだ。

 僕の時も行き当たりばったりで、参考資料は映像だけだったし……とまぁこんな感じなので調きょ、教育をしていると言うわけだ。

 本来ならそこまで必要は無いのだが……女神というのは神格と呼ばれる物を貯めることによって身分が別れるらしく、それに応じて給料が出るらしい。

 まぁ簡単には言えば女神の世界は働かずもの食うべからずの精神でやっているのだ。

 そして女神も腹が減れば飯を食べる、飯を食べるにはお金がいる、という事が分かった。なら結論は出ている、サボりの女神に金は出ず金欠。被害者、僕。

 貧乏から脱出すべく僕は頑張る。

 以上が状況説明とこれからの意気込みだ。


 誰に向かって言っているのか分からないが妙にスッキリしたのでこちらも仕事に取りかかる。

 ……とその前に


「め・が・み・さぁ~まっ!!!!!」

「うわぁ!!な、何!?敵襲!?まさか家賃!?あれは待って!来月に必ずって……え?あれ、何もない……うん?何?」

「寝てないで仕事してください、後がつっかえてますので」

「えー、良いじゃん。少しぐらい休んでも私女神なの!弱いの!こんな重労働できないの!」


 起こすや否や文句した出てこない女神mouthに感服しながらも僕は諦めず給料明細片手に女神様と討論する。

 結果一分と持たず女神あえなく撃沈。

 仕方なくと言った様子で作業に戻る女神様を横目に確認すると、手元に視線をやりながらふと、気になったことを聞いてみる。


「女神様、起こしたときに何故家賃うんたら、という言葉が出てきたのか説明して頂けますか?」

「ギク!」

「確か此処の家賃って女神様の給料から自動的に引かれていくシステムでしたよね」

「ギクギク!」 

「それに討論ついでに給料についても調べてみましたが、生活費として使っている額と家賃、女神様のプライベートマネー、使わない分の貯金額、全て足すと給料分を越えるのですが……これはどういうことですかね」

「そ、それはアレよ!最初の方は部屋の内装やら家具やらを新品にしたからじゃないかしら、ほら家具って結構高いし、あの頃はバタバタしててちゃんと付けてなかったとかさぁー」


 確かに秘書として転生してから数日間は実に忙しかった、猫の手どころか犬、猿、雉の鬼退治しますマンの手まで借りたいと思ったほどだ。あまりにも女神様が雑すぎて後始末に苦労した。が今回とは別に話だ。


「僕が言っているのは初めではなく、ここ最近の話です」

「ほ、ほら最近暑かったから注意不足っていうことも……ね?」

「なるほど一理ありますね」

「そうでしょ!やっぱり私「では質問を変えます」……へぇ?」

「何故先月、先々月から給料の日の次の日は帰るのが遅いのですか?」


 給料は僕が直接、女神委員会という所に取りに行っているので抜くのは不可能だ。


 それと給料と言っても貰えるのは現金では無くカード。正確にはMGMと呼ばれる薄い板だ。基本的にはその中にお金が仕舞われている、しかも防犯能力も完璧で、本人か本人が認めた者以外が触ると強制転移魔法が作動し、その人は一瞬のうちにして牢獄へと収納されるらしい。怖い怖い。


 しかもこのカードの有能性はそれだけではない、何と中に入っているお金が取り出し可能と来た。

 取り出すと言っても現金が出てくるわけでなく、カードとして分裂し出てくる。そしてその中に入れる金額を設定すると自動的にそこに移動するのだ。


 小遣い制度にはこれを使っている、カード本体のまま女神様に渡すのは危険なので月毎に決まった金額だけを分裂カードとして渡している。

 しかもその金を何に使ったのかいくら使ったのか情報としてカード本体の方へ残るのだ。

 そして3ヶ月前、女神様の給料は60000メガ、物価的に日本円とほぼ同価値に考えるのなら6万円だ。安いにもほどがある。

 それで60000メガから家賃分を引いた40000メガが正確にこちらが使える金額だ。そこから生活費の30000メガ、女神様の小遣い5000メガを抜き残り5000メガを貯金している。

 もっと給料に余裕があれば遣り繰りも簡単なのだが、如何せん安月給だ。

 余った生活費は貯金の方に回しているが、このままではいつか破滅する。

 まぁその話は一旦おいて置くとして


 さっきの続きたが可笑しな事に、女神様が使ったとされるメガが最高5000ではなく25000ということだ。これはどう考えても計算が合わない。最初は機械の故障として思っていたが先月も先々月も同じように女神様に渡した小遣い+20000メガまで使われている。

 さて、これはどういうことでしょうか?と女神様に一言一句噛まず間違わず説明してあげた。

 すると……女神様はプシューと頭から煙だし白目を向いて固まった。


「女神様……騙されないので現実を見てください」

「ビクッ!あ~あ~」

「早く白状しないと女神委員会に直接来てもらい審査してもらう必要がありますよ」

「私がやりました!」


 女神委員会の名を出した途端、この豹変振りである。それもそのはず、法の番人、秩序の化身、正義の化物などと呼ばれている女神委員会は分かりやすく言うと不正を絶対に許さないのだ。

 もし倫理に反する女神が居た場合は神格剥奪の上、島流しらしい。怖いことこの上ない。  


 その詳しい話はまた後日するとして、今は女神様の言い訳、もとい話を聞こう。


「だ、だって~5000メガは少ないんだもん!」


 言い訳以上である。

 なるほど、この前まで小遣い所か生活費さえままならなかった|奴(・)にいきなり5000はあげすぎた、ということか。

 というか高校生ぐらいの少女に一月5000円は安いよな?……まぁ良いか女神だし。

 兎に角、久しぶりの小遣いに気分が上がり、その結果直ぐに無くなり、それでお金に困っていると僕に相談しても無駄と勝手に判断した女神様はその月に納めた家賃を直ぐ返すと大屋さんに言い借りた、と。

 舐めとんのか。


「取り敢えず家賃を返すまで女神様の小遣いは無しです」

「そ、そんな殺生な~」

「でしたら早く仕事してください、そうすれば未納の家賃分なんて直ぐ払えますから」

「うっ……分かったわよ……」


 百パーセント納得のしていない顔で作業に戻る女神様……がその目にはやり遂げる意思が感じられた。これほど欲望な忠実な女神様も居ないだろう。というか居たら普通問題だろう。大丈夫か女神委員会……こんなのが転生の女神で。


「ふぅ~はい終わり!」

「お疲れ様です」

「じゃ休けー「では後残りの半分もよろしくお願いします」げっ!まだあったの!?」

「後がつっかえていると言ったじゃないですか」


 僕の仕事は書類に目を通し、めぼしき書類だけを選考するだけだ。サインやら詳しい情報は担当の女神様以外には出来ないし理解できない。僕が見るのは転生予定の人の名前、年齢、性別、死んだ理由、のみだ。


 僕が転生してから二ヶ月は誰も転生させていない、理由は準備だ。

 基本的に女神様に支払われる給料の仕組みはこうだ。

 女神としての給料+転生分=女神様に入ってくる給料。

 そして女神としての給料が50000メガとなっている。転生という行為で10000メガ支給される。つまりだ、僕が転生したその月の給料が60000メガということはその月は女神様は一人しか転生させてないということだ。と言うか、その転生者は僕だな。


 近年死亡率が増加している世界で、転生させ放題なのにこの給料は残念すぎる。

 一応、転生にも条件があるらしく誰も彼もできる訳ではないが、幾らなんでも少ない。


 まぁ実際女神様の元に来た人は結構居たらしいが女神様が居留守をしたりサボったりして転生出来ずに昇天した人が多数いたとか。と勝手に僕は思っている。

 だから転生予定の日取りを全て調整し下準備を完璧にした上で実行できるようにする。

 僕の完璧な計画を知る由もない女神様は、玩具を買って貰えない子供の様に抵抗を続ける。


「その前に休憩!」

「……」

「良いじゃない!私頑張ったわ!ご褒美があっても罰は当たらないとおもうのよ」


 そりゃ今までの女神様の言動を誰も責めないのであれば褒美一つで罰なんて当たらないのだろう。


「ねぇー」

「分かりました、一時間後休憩しましょうか」

「な、何でよ!」

「いえ、欲しいときそれが貰えるのは教育上良くないと思いまして」

「私は女神様!子供じゃないわ!」

「……」

「何で無視するのよ!」


 もうー!と怒りながらもきちんと仕事する女神様は根は素直なのだろう。これでもう少し頭が回ってくれれば、と望む僕は傲慢なのだろうか?


 そう思いつつ自分の作業に手を戻す。

 最初は自分のためだけにやっていたが今では女神様に付き合うのも心地良いと思える。


 ……どうやら僕は思った以上に今の環境を好いているらしい。 

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