第Repeat 『D.S.再カイ』

 落ちていく感覚は、死を予感させる。


「……!」


 凄まじい勢いで近づいてくるのは、世界を分断するかと思えるほどの幅の広い川。そしてその上に架けられた、鋼製と石製の二つの橋同士を無理やりに繋ぎ合わせたような大橋だった。


 今宵。再び、総汰は空から大地へ落ちていた。

 しかしその感覚は、一度目のそれとは全く異なっている。


 流れていく空気が、違う。

 全身に吹き抜けていく風はそよ風などといった生易しいものではない。

 目の前に来るものすべてを押し潰さんとする圧倒的な自然の力が、総汰の身体を包み込んでいる。


 これが人を殺す現象であるのだろう。


 そう納得させるほどに、強烈なまでの落下の衝撃は自らの心に恐怖を植え付ける。


 だが、総汰は恐怖こそすれ、その思考はいたって冷静だった。

 死を確信したからでは無い。


 悪魔の言葉に嘘はない。

 心の線で彼の感情を読み取っていた総汰は、ここで自分が死ぬ事は無いのだろうと悪魔の言葉を信じていたのだ。


 同時に、なぜ総汰の体が落ちても死なず、そしてなぜそれをフェネクスが知っているのかは甚だ疑問であるとも。


 人間の身体は高度百メートルの高さから落ちて生きていられるほど頑丈では無いことは、フェネクスも知っているはず。

 ならば、総汰が生き残る手段があるか、自分自身よく理解してない身体が高高度落下に耐えうる構造をしているかのどちらかだ。


 たとえ、悪魔の言葉が嘘だったとしても、総汰には何も出来ない。


 そんな事を考えているうちに、地面には目前に迫っていた。

 流石に目を開けたままではいられず、衝突に備えて目を瞑る。


 次の瞬間には、全身を突き上げるような衝撃が訪れた。


「うぁ、はッ……」

 

 痛みはほんの少しだけ。

 しかし、硬質なマットにダイブした感覚の何万倍も硬い反動が襲ってきた。

 反射的に、咳き込むように空気を吐き出してしまう。


 高所からの落下ではあったものの、橋の道路を粉砕するような事態には至らずにどしゃりという鈍い音だけが辺りに響いた。


「う、あー……」


 地面に墜落した姿勢のまま、ぼうとする。


 数秒たってすぐに思考は回復した。


 とはいえ身体に衝撃の感覚が残っていることと、脳が揺さぶられたこととで、さすがに頭がぐらぐらする。

 しかし、そんなことを自覚しているということは、つまるところ生きているというわけだ。

 自らの身体がある程度頑丈であることは十九年間の人生の中で知っていたが、流石に空から落ちて無傷だとは思っていなかった。


 衝突した際に舞い上げられた埃を払い除けながら立ち上がる。


 周囲を見渡すと、そこは普段と打って変わって車通りも人通りも、まったく無くなってしまった橋の車道の上であった。

 空中や橋の外側を見やれば、ノイズのような靄があちこちに浮遊している。

 街灯の光には一切反射せず、青、紫、赤と自ら妖しく揺らめき、輝きを放って総汰の周囲を取り巻いていた。

 

「これは……」

 

 明らかに異常な光景に少しずつ思考がクリアになってきた為、状況を整理しようと脳を働かせる。

 

 周りの靄の原因は、あの炎の怪物が言っていたユニという存在によるものだろう。

 祈織によると、炎の怪物はフェネクスという悪魔であるらしい。燃える鳥でフェネクスという名前であるのなら悪魔というよりモンスターが近いような気もするが、それは己の無知故だろう。

 フェネクスが総汰達に接触した目的は、ユニに総汰を出会わせること。

 そして、そのために祈織を燃やし、総汰を橋に墜落させた。

 

 目的を達した悪魔は、何処へ行ったのだろうか。


「……ぁ、あ!」

 

 もし撤退せずにその場に残っているなら、大変まずい。

 だって、あそこには祈織がいる。

 

 状況の深刻さに、一瞬で焦りを覚える。

 冷静に考えている場合ではないのだ。


 総汰をユニに会わせることが目的だとしても、そのあと祈織を殺さないなんて保証はどこにも無い。むしろ、彼は嬉々として殺すタイプだろう。

 

 印象ではなく、心の線で垣間見えたフェネクスの『悪魔』の本質が総汰を恐怖させる。

 あの時、フェネクスが向けてきた感情。それは屈服、それと悲劇を愛する感情であった。

 

 そんな存在がまだ祈織の目の前にいるということは、大変危険な状態。

 

 空を見上げ、二人の姿を探す。

 

「見えるか、まだ……?」

  

 夜の視界で姿を捉えることは困難と思われたが、悪魔の炎は莫大なエネルギーを持っているらしく、星空に混ざって赤く光る点が縦横無尽に飛行している様子がはっきりと見えた。

 恐らく、総汰が落下した地点からそう遠く離れてはいまい。

 

 つまり、悪魔はまだ祈織の近くにいる。


「まずい……!」


 ならば、早く空に戻らなければいけない。

 でも、どうやって?

 

 そこが問題だ。

 考えられる方法は、先程の祈織の人工腕を真似て形相エイドスの腕を祈織の身体に繋げて飛んでいくこと。だが祈織の手を放してからというもの、腕にある痣は意識しようと微塵も力が入らず、腕も伸びなくなってしまっているためにこの方法はとれそうにない。

 己の力に理解がないため修復も叶わないうえ、タイミングから考えると痣の異常というよりは何者かによって力を制御不能にされている。

 なので、総汰には痣の力という人を超えた力以外の現実的な方法で空まで行く必要がある。


「そんな方法、無い……!」


 そうだ。空という領域は、人類が未だ扱いきれぬもの。

 大がかりな機械と装備を使って、ようやく足を踏み入れることのできるものだ。

 翼をもつ生き物でさえ、それを失えば空は永遠に届かぬものとなる。

 そんな場所がただの人ひとりが容易に近づいていける領域ではないことは、ずっと昔の物語にだって描かれている。

 

 翼などなくとも空を征ける存在がいるとしたら、それは人ではなく、生物ですらなく、悪魔のように法則の外を生きる存在だけ——。

 

「……人でない者か!」

 

 一人、心当たりがある。

 それも二人のピンチとあればすぐさま駆けつけるもの。


はるかなら……」


 祈織と同じく、もう一人の幼馴染である男の名前を思い出す。

 いつの日にか、二人の前で人を辞めてしまった青年。

 彼ならばあの空に一瞬で飛んでくることも可能かもしれない。

 

 まだ間に合うかもしれない。

 思い立つやいなや、携帯端末を起動し彼の番号に電話をかける。


「出てくれるか、今の時間に……!」


 出てくれなければ、来てくれなければ困る。

 悠が間に合うのが先か、悪魔が最悪な行動を起こすのが先か。

 総汰はそれでいっぱいで、気づいていなかった。


 既に悪魔の目的は、完全に達成されたということに。


 周囲に広がるいびつに歪められた空間と、何も映さない虚空に。

 世界に孔が空いていて。

 

 総汰はすでに出会ってしまっていた——。


 超空洞より飛来する、絶対で単一なる存在。


「俺には、頼ることしかできないんだから……!」

 

 総汰がたとえ気付いていなくとも、彼女は彼を覚えている。


 ああ、ほら、彼女は彼を取りこもうとしている。

 

 

 静謐が辺りを満たし、身体を覆い始めた。


 

 ***

 

 

 同日。

 総汰と祈織が悪魔と出会ったころ。

 

 おとぎの国となった九十九市以外の数々の観測地にて、幻想とされるもの達は観測され、現実となった。


 長約市・住宅街。及び一部地域。

 旧都市・トウキョウ・シンジュク。

 京都・大江山。

 月・フラマウロ高地。


 他、多数の地。


 在り得ざるファンタジーの世界が、理屈だらけのリアルの世界を呑みこんだ。

 淘汰されたはずの人でなしたちが、現代の異常として顕現した。


 だが、ここには最後の記録だけ残しておこう。



 その者は、少女を象った神であった。

 現代まで残存している神秘のともがらは、現代かぶれしているものが多い。

 彼女も、そのひとり。


「神は此処に在り。総ての悪を淘汰する」


 懐かしい響きに口元が緩くなってしまうのを少女は自覚する。

 おっと、危ない。

 さっきコンビニで買ったソフトクリームを落としそうになって、慌ててキャッチ。


 アイスの部分が溶けそうになっていたから、そこはちょいっと一時停止ポーズさせた。


「んー、甘いっ」


 ちょっと季節は早いかもしれないけれど、少女に季節感覚なんてものはない。


 ただ、思うがままに世界を楽しむだけ。


 今日だってそう。

 とても背の高い、月を貫くような岩山の上に彼女は腰かけ、世界の境を眺めていた。

 正確には、境に居る男の子のことを眺めている。


 恋する少女のような、煌めく金色の瞳で。

 月の光を糸にして編んだような、真っ白い髪をなびかせて。


「さて、これからアナタは智富世と出会って、主人公になる。これから辿る未来は、わたしが選んだ運命なんかじゃなくて、アナタが選択した物語」


 彼女は、これから男の子が巡り合う、これからの未来に思いを馳せていた。

 彼女の視点で言えば、何度経験しようが同じものなんて一つもなかった『過去の選択ルート』、であるのだろう。


「わたしが居ないルートなんて色んな意味で怖いから、存在させたことなんてなかったけどさ。わたしももう、消えちゃうから……」


 数えきれない記憶が、喜怒哀楽の感情となって少女の心を複雑にする。


 呼応するように、満ちた月の光が薄い彼女の肌を白く染めた。


「え——?」


 ふと、彼女の視界が彼女を照らす月の異常を捉える。


「……月環つきのわ


 月の周りを、無数の物体が周回していたのだ。

 まるで、土星を囲む粒子の粒みたいに。


散姫さきちゃん、見てるんだね……!?」


 認識するなり、彼女は嬉しそうに月に向かって囁いた。

 今までの色んな感情を忘れ去ったように。


 彼女にとって、それはある変化の予感だったのだ。


 彼女の妹が早めに地上へやってくるかもしれないと。

 あの子なら、もしかしたら選択の先に収束する運命を変えられるかもしれないと。


「ふ、ふふっ……」


 女神は、心の中で謳い、涙し、祝福していた。


 よかった。諦めないで。

 諦めなんて感じないわたしが、諦めを認め始めても、再誕した物語はこんなに分岐に満ちている。


 これなら、ベストエンドに繋がれる。

 わたしはそこにいないけれど、わたしの願いは叶うから!


 ひとしきり笑って、彼女は満足と期待に満ちたように立ち上がる。


 唐突に、ふわりと彼女の身体が浮き上がった。


 それは彼女自身も予想していなかった現象である。

 その感覚に、彼女は自らの身体がもう持たないことを理解した。


「ああ……もう、時間だね」


 彼女はすでに役目を果たしていたのだ。


 彼女の願いは、彼女の抹消を代価に叶えられる。

 何度も、何度も、再生ロードして。それでも叶わなかった結末は、彼女が今までの物語をすべて引き受けて、物語を【再誕】させることで叶うのだ。


 是はもう、登場人物キャラクターを辞めた一人のひとでなしの、最後の遺言であった。


「これが最後。失敗しないでよ? ソータ」


 是は、過去に縛られる物語。

 

 そして、ここに。単存在は認識される。

 



 ***



 

 静謐が辺りを満たし、総汰の身体を覆い始めた。


 橋を吹き抜ける寒い風。海へ下る水の流れ。

 光に紛れぬ靄の嵐。法則外れの流れ星。

 全て、動かなくなる。

 唯一、視界は良好。変化はない。光さえ止まっても、世界は色を失わない。

 時間も超えた、世界そのものが意識を置いてムーヴからストップへ。


 それは自らの身体も同じ。


 身体が、動かない。


「な…………!」


 ——祈織に起こっていた現象……!


 声が、発せられない。

 世界と意識のふたりだけ、そんな錯覚を起こすような感覚。


 動かない身体の中、意識の中で、総汰は現状を理解しようと考えを巡らせる。


 だが、その静かな一時は、総汰に結論を出させるほど長くは続かない。

 世界は確実に、さらなる異常を示す。


 世界に、孔が開いていた。


 橋に空いた孔。

 何も映さない虚空。


 映像越しでは、ノイズにと共に映像の乱れ程度に見えた孔である。


 しかし今は、それが乱れなどではなかったことが、一目でわかった。


 何故か。


 世界が止まるまで孔でしかなかった其れは、世界の完全停止とともに、世界そのものを覆い尽くす海となっていたのだから。


 孔だったものは、次第に面になり、面はやがて天上となり、天上はいつしか、世界になる。


 一瞬の事だ。

 周りの世界まるごと孔に取り込まれてしまったことを、地から足が離れる浮遊感とともに自覚する。


 その直前に、夜空に閃光が迸った気がした。


『——くだ! いの——がまず——! 君は今ど——にい——』


 今更になって電話の相手が出たようで、小さく音が聞こえるものの、既に現世を超えてしまっては何も認識できない。


 孔の中では、外の世界の認識は書き換えられる。

 それは、孔の中の世界のものも同じ。世界はもっと鮮やかな色を持っていた。そして、もっと絶対的な存在を隠していた。




 意識そのものが、奪われる。




 ごぽり。

 水の中に沈んだ時に似た感触が身体を包んで、瞼をそっとを閉じさせられる。


 誰かに瞳を覆われたような感覚がしたが、すぐにそれは消え去った。


 恐る恐る、目を開ける。


 広がったのは、一面の青、蒼、碧、であった。


 これは、海だ。

 抱擁のうみ。

 これは、史料室だ。

 智識のとしょかん。


 一瞬、橋の下へ叩き落とされたのかと思ったが違う。

 ここが水の中のようでよく知るそれではないことはすぐに分かった。


 息は出来ずとも苦痛を感じず、何も掛けずとも視界はよく見え、液状の世界であっても鮮明に音が聞こえた。


 青の世界には、多種多様に色を放ち浮遊する海の月たちと、地の底から果ての見えぬ水面へ、地平線の先まで立ち並ぶ木々の群れだけがある。


 木々の群れは、海のものでは無く、そこには知識の形が収められている。

 つまり、本棚。本棚が海の中から水面へと背を伸ばしていた。

 一面の海を取り払ったらここは、まさに書物の森になるだろう。

 時折、何処からか何か書かれた紙が現れ、厚さを作ると本棚に収められていく。


 現世うつしよにはあり得ざる現象の数々、まさに目を奪う光景だ。


 だが、なによりも。


 なによりも現世の先の世界で最も輝きを放つものの存在が、ここが、世界の法則に当てはめられた宇宙でないことを自明にする。


 其れは、穴が産まれると共に彼を見つめていた。

 無意識か、意図的か。不明。

 しかし、意識を握られることは必然だった。


 そこには、『絶対』が居る。


 幻想的な風景に目を奪われ、朧気でいた総汰は、意識を突如真上へ叩きつけられる。

 

 ————!


https://kakuyomu.jp/users/YuenVizan/news/16817330668274832909


 絶対を、観てしまった。


 観測した瞬間から奪われた意識だけではなく、心さえ、総汰という在り方さえ、狂わされる。

 今の今まで抱いていた焦りと恐怖さえ、握りつぶされてしまった。

 悪魔を止めなければならないのに、祈織の元に戻らなければならないのに。

 大事なことさえ、拒絶されて。

 昔、予感した懐かしい邂逅。ここに敗北は確定していた。


 だって、瞳が『絶対』を視覚し、脳が『絶対』を知覚へと変換したその姿は、言葉にするにはあまりにも。あまりにも。


 ──綺麗だ。


 綺麗にすぎたのだ。


 映し出すそれは、少女の形をしている。


 精巧な人形さえ、少女の完成された姿のまえには、歪んでみえる。

 人の理想が生み出した、新しき人型の少女像。

 世界同士の超空洞より飛来した、古き未来の単存在。

 キュビズムさえ、彼女の要素を抜き出せない。


 彼女は、止まってしまったこの世界にあって、ただ一人動くものだ。


 ただびとであれば、綺麗な少女としか思わなかったのかもしれない。

 しかし総汰は、少女のソノモノと接続してしまった彼は。


 アレが美しさの偶像であることを、知ってしまった。


 ——きみ、は。


 魂の奥で懐かしさを覚える。初めて見たものなのに。

 愛おしささえ感じてしまう。彼女を何も知らないのに。


 全てを奪われた体で、ただ見つめるだけの総汰に、彼女は言葉を紡ぎ始めた。


「その手の模様があるひとで」


 総汰を見下ろしている。万物万象を映す蒼い瞳で。


「この世界に来たということは」


 奪われた心の前に降りてくる。拒絶する白と抱擁する紫苑の髪を揺らめかせて。


「わたしを、れるひと」


 顔一つ動かせない身体にそっと触れる。白磁の様なてのひらで。


「あなたは」


 瞬間。


 ——智富世ちとせ


 突如、指先が触れたその時、心の中で名前が生まれた。


 知らないはずの名を、想起するように心が呟く。

 只、在るだけで旋律を呼び覚ます響き。

 この名前は、確信を持って、目の前の少女のものだ。

 魂に智富世という概念が刻まれるのを感じる。

 魂に刻まれるものは、何時かの何処かで出会ったもの。


 知っている、知っている。

 この身体は知らない記憶。いまの身体そうじよりずっとまえ。

『マリッジ=ユニ』の魂が知っている。


 ——また、繋がった。


 止まっていたはずの身体が、錆が取れていくようにぎこちなく動き出す。


「ち、と……」


 失った身体の記憶を、記録を読み上げるように思い出す。


〈総汰。その前身となるフィリアは、ディアスポラのミュージアムで少女と出会う。紫苑の髪がきれいな少女。突然世界に放り出され、何も知らない彼女に智富世、と名付け、その後十年の時を共に過ごす。代表的なものを挙げるならば——〉


 その途中で。


「——フィリア?」


 突如、彼女の表情に動揺の心が浮かぶ。


 刹那の間の逡巡。しかしそれは、流星のひとかけらほどの間でしかなくて。


 彼女の瞳が、際限ない無限の色を奥に潜ませながら、紅く染まる。


【拒絶】

 

「……こんな、急に、だなんて」


 世界が、壊れ始めた。


「わたし……貴方に、逢いたくて……でも」


 海が、引いていく。

 識の宮殿が、崩れていく。


「だめだ」


「信じ……れるわけ……」


「まだ何も、智富世!」


 ようやく口がまともに動いて出た言葉も、白の彼女には届かなかった。


 しゅおーん——。しゅおーん——。


 宇宙を形容した音が聞こえて、そのあと何も聞こえなくなる。光が、見えなくなる。

 思考さえ、感覚さえ、速度ゼロとなってしまう。

 動き始めていた身体も、今度は完全に動かなくなった。


 全てがイマに固定される。


 魂の記録も、今は何も思い返すことはできない。


 それでも、心は。


【ぼく だけ の もの で いて ほしかった けど】


【きみ は ぼく いがい も あいせるよ】


 全てが停止する直前まで、互いの心から見えた心の線は、同じ色を描いていた。


 ——郷愁と後悔のあいいろに。

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