最終章 解



 僕は生まれた時から体が小さかった。

 未熟児だったという訳じゃない。手も足も、おそらくは内臓も、なんら悪い所はなかった。ただ、サイズが異常に小さいというだけで。


 生まれた時、僕は豆粒よりも小さかった。よく産婆さんが見逃さなかったものだと思う。いや、そもそも産婆さんの必要すらなかったのではあるまいか。

 産んだ母親もさぞかしびっくりした事だろう。そんな僕だけど、母親からは目一杯の愛情を受けて育てられた。僕も病気1つせず、すくすくと育った。ただ、体は小さいままだった。豆粒よりかは大きくなったけれど、その成長も

一寸いっすん(約3㌢)で止まった。


 他の子供たちからはよくイジメられたものだ。お手玉のように投げられたり、カブトムシと勝負させられたり、足で踏んづけられそうになったり。そんなイジメにも僕は屈する事はなかった。僕の身体能力はかなり高かったからだ。

 

 走れば猫と同等のスピードで走れた。カエルを超える跳躍力もあった。 

 漬物石を持ち上げるだけの力もあった。

 一般的な子供なら、ケンカしても負ける事などなかったのだ。


 15になった時、母を亡くし、僕は自分の可能性を確かめたくて京を目指す事にした。

 茶碗を舟とし、箸をかいの変わりにし、針の剣を持った。


 京では随分と物珍しがられたが、僕はブレる事なく自分がやれる事を探し続けた。そして僕はとある宰相の屋敷に仕える事となった。宰相には非常に美しい娘がいて、僕は一目惚れをしてしまう。

 そんなある日、娘の伴をしていると突然、白い鬼に襲われた。僕は娘を守り鬼に立ち向かったが、鬼に食べられてしまった。でも、腹の中から針を刺しまくり、鬼を倒す事に成功する。その鬼にとどめをさそうとした時、鬼がこう言った。


「打出の小槌を知ってるか?それがあればアンタはでかくなれる。命を助けてくれたら、アンタの家来になって打出の小槌を探してやろう」



 この瞬間から僕の人生は大きく変わることとなる。



 僕は鬼を助けた。鬼の言う事の全てを信じた訳じゃない。本当にそんな物があればラッキー、なくても別に構わない、その程度の気持ちだった。鬼は礼をいい、打出の小槌を探しに行くと言って消えた。


 僕は鬼から娘を守った事で、ヒーローとしてもてはやされた。宰相には是非娘を妻にしてやってくれと言われ、娘自身も僕を慕ってくれた。僕は娘を妻に娶った。そうして、暫くは幸せな日々が続いた。


 しかし、日が立つにつれ、妻の態度が変わっていった。最初は尊敬されていたのに、だんだんと疎まれるようになった。そんな妻の態度は他の使用人にも伝染していく。義理の父母からも、露骨に嫌味を言われるようになった。後継ぎを作る事は不可能だし、やれる仕事も限定される。嫌がらせはエスカレートしていき、終いにはわざと踏み付けようとしてくるまでに至った。


 それはまるで地獄のようだった。ただ小さいというだけで、どうしてこんな仕打ちをうけるのだろう?僕の精神は歪んでいった。


 そんな時、かつて命を救った鬼が戻ってきた。意外にも、律儀に任務を遂行していたらしい。打出の小槌の在処の情報を掴んできたのだ。

 それは、鬼ヶ島という所にあるらしかった。何でも鬼達の住む島らしい。

 そこには目も眩むような財宝もあるのだそうだが、非常に強力な鬼が守っているのだそうだ。そんな場所にあるのなら、到底入手は無理だろう。 


 だが、情報はそれだけではなかった。

 桃から生まれたという奇怪なヒーローが、鬼ヶ島に挑もうとしているという話だった。桃太郎というその男はかなりの実力者らしい。しかも正義の心を持ち、人望も厚く、犬、猿、キジの三匹のお供を持つのだそうだ。同じく実力者の金太郎という男と、頭が切れて情も厚い浦島太郎という男も同行するらしい。

 これはチャンスだと思った。

 彼らに付いていけば強力な鬼も怖くないし、頼めば打出の小槌を使わせてもらえるかもしれない。いや、きっと断らないだろう。


 早速、僕は家来にした鬼と共に、桃太郎の家へと向かった。妻にはなにも言わずに出てきたし、またあそこへ帰るつもりもない。あんな所へ帰ってたまるか。


 桃太郎の家に着いた僕は、鬼を近くの森に潜ませ、自分だけで桃太郎の家に忍び込んだ。梁の上で様子を伺う。僕の腕力と軽い体重を持ってすれば、垂直の柱を登ることさえ造作もなかった。


 そうして暫くそこに留まり、桃太郎や、たまに訪ねてくる金太郎の人となりを見極めた。


 この二人は僕にとっては眩しすぎるような奴らだった。人を疑う事なく、己の信じた道をブレなく突き進む。はっきり言って嫉妬した。かつては僕もそうだった。でもこの体のハンデから、今の僕はもう人を信じる事ができない。

 彼らが憎かった。心底、羨ましかった。そして、その信念を粉々にしてやりたいという、暗い情念に取り憑かれた。


 鬼ヶ島への準備は着々と進められていた。お婆さんが頑丈な布を何重も重ねた衣装を作った時、僕は夜にコッソリその衣装の胸の辺りの布を抜き、体が入るスペースを作った。ある程度自由に出入り出来るよう、分かり難い場所に切り込みを入れ、中から外が見えるよう、小さな穴を開けた。3㌢の僕が身を潜めても、外からは全くわからないはずだ。


 そしてとうとう鬼ヶ島へと出発する時が来た。

 僕は桃太郎の衣装に潜む前、鬼にある指令を与えていた。僕らが鬼ヶ島へと舟を出した三日後に鬼ヶ島に来い、と。


 海へと向かう道中は快適だった。僕は桃太郎の胸あたりに潜んでいるだけだし。ただ、暑さと汗臭さには参ったが。

 初めての舟旅も、酔う事はなかった。なぜなら僕は。それに比べたらどうという事はなかった。


 鬼ヶ島での戦闘は僕にとっては1つの賭けだった。もし桃太郎が少しでも胸に打撃を食らうと、僕はあっさり潰れて死ぬだろう。

 しかし、僕の悪運が強いのか、単純に桃太郎が強いのか、胸に打撃を食らう事なく鬼ヶ島を制圧できた。


 さあ、ここからだ。


 キジに外を偵察させ、後のメンバーで洞窟探査をし、ある程度調べた後、バラバラに調べる事になった。桃太郎が1人になった時、僕は素早く衣装から抜け出た。勿論、桃太郎に気付かれるようなミスはしない。

 僕は壁を伝い、大広間に出た後、大広間の壁にあった空気穴から外に出た。

 この空気穴は部屋と部屋に繋がっていたり、通路に繋がっていたり、外に繋がっていたりと、のちのち非常に重宝する事になる。大広間にいた犬に気づかれずに外に出れたのはこの為だ。

 

 外ではキジが羽根を休めているところだった。

 僕は素早く近づき、針の剣を突き刺した。針には毒を塗ってある。

 すぐさま、逆ルートで桃太郎の元へと戻り、また衣装の中へと潜んだ。


 なぜこんな面倒な事をするのか?

 僕は桃太郎の対応を見たかったのだ。僕が憧れ、嫉妬したこのスーパーヒーローが、この極限状況でどう行動するのか?

 僕はそれを見極めたかった。


 その夜、浦島が鍵を探しに鬼の死骸を調べたのは気が付かなかった。後でその話を聞いた時、コイツは侮れないと思った。

 僕が行動を起こしたのは明け方少し前だった。コッソリ抜け出し、舟の縄を切った。島に閉じ込めるためだ。因みに先にキジを殺したのは、飛んで助けを呼びに行かせないためである。縄を切るのに結構苦労した。何度も針で刺すしかなかったからね。縄を切った後はすぐ桃太郎の胸に戻った。

 またすぐ浦島に起こされるとは思わなかったけど。

 

舟を確認して洞窟に帰る途中、僕はまた抜け出した。桃太郎と浦島は気がついていないようだったけど、犬が海岸の方に走るのがギリギリ見えたからだ。

 犬は用を足しに出てきたようだ。僕は排泄中の犬に素早く近づき、毒針を刺した。警戒心が強い犬に近づけたのは、僕の体に桃太郎の体臭が染み付いていたからじゃないかと思う。犬の死因は毒だけど、僕はもっと演出したかった。

キジと同じでは面白くないからだ。近くの鬼の死骸から巾着袋を拝借し、それを頭から被ったまま犬の動脈を何度も突いた。この手は浦島の時も使った。


 浦島が宝物庫に籠城したのは驚いたが、同時にチャンスだと思った。

 桃太郎が部屋にバリケードを作って休んでいた時、僕は壁の空気穴を伝って宝物庫へ行き、扉と壁の隙間から中に入った。財宝を調べていた浦島に毒針をさし、また巾着袋を被って頸動脈を突いた。


 桃太郎の元へ戻った直後に猿に襲われたのは、運がよかったのか、悪かったのか。


 後はずっと桃太郎の胸に留まった。金太郎戦ではさすがに逃げ出したくなったが、これこそが僕が桃太郎と一体となって体験しなければならない事だと思った。


 結局、僕は生き残り、桃太郎はその生き様を余すことなく僕に見せてくれた。


 桃太郎はやはり桃太郎だった。僕とは違う、ヒーローだった。

 金太郎も、浦島太郎も、素晴らしいヒーローだった。


 でも、僕はヒーローになれそうにない。


 生き残ってしまった以上、僕は業を背負い、これからも、もがきながら生きて行かねばならないんだ。









宝物庫の中に打出の小槌があった。




それを使い、僕は体を手に入れた。





「旦那、これからどうします?」

 家来の白い鬼が嗤いながら聞く。




「そうだな。噂のかぐや姫とやらを奪いに行くか」


 僕はわらった。

 











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鬼ヶ島の殺人 シロクマKun @minakuma

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