第3話 密室殺人
宝物庫の重い扉は閉まったままだが、馬鹿でかい南京錠は外され下に落ちていた。扉は中に開くタイプになっている。走ってきた勢いのまま、扉に体当たりした。が、扉はびくともせず、逆に跳ね返される。
「いってぇー」
地面に倒れ込んでいると、金太郎と猿も到着した。
「おおっ、鍵開いてるし⁉」
「ホンマや!ってまだ入れんの⁉」
「ああ。中からも閉められてるっぽい」と、立ち上がりながら言う。
金太郎が扉をガンガン叩き始めた。
「うらしまーっ!中にいるんか!あっけろー‼」
扉は分厚いが、岩の壁との間にそこそこ隙間がある為、声や音は充分届くハズだ。案の定、中から人が近付く気配がした。
「聞こえてるから、そんなに叩かないでくれないか?中は結構響くんでね」
それは間違いなく、浦島太郎の声だった。
「やっぱり、お前かーっ‼なんでまた閉めてんだよーっ!」金太郎が叫ぶ。
「あんたが…、キジと犬を殺したんか!」猿も怒りに震えていた。
「おいおい、何か勘違いしてないかい?僕は誰も殺しちゃいない。財宝を独り占めする気もない。あくまで自分の身を守るため、ここに入っただけだよ。君らの中の殺人鬼からね」
浦島はそう淡々と言い放った。
その言葉に思わず僕らは互いを見回す。皆、明らかに困惑していた。
「浦島くんは僕らの中に犯人がいると思ってるのかい?」
扉越しに疑惑をぶつける。
「少なくとも僕は犯人じゃないからね。因みに、この宝物庫の中も僕以外誰もいないし、隠し通路もない。せいぜい小さな空気穴が開いてるくらいさ。となると、犯人は残る君たちの中の誰かって事になる」
「お前が嘘ついてないってどうやって証明できんだよ!」金太郎が叫ぶ。
「勿論証明できないし、信じてもらおうとも思わないよ。だから、ここに籠城するしかなかったんだけどね」
「…籠城しても何も解決しないんじゃないか?」
「だからこれは賭けさ。君らが犯人を炙り出してくれたら一番いいんだけど、それは難しいだろう。相当慎重なヤツっぽいから。だから、後二人消されて
僕と犯人の1対1になれば、まだ勝てる望みはある。僕はそれに賭けてる。最悪なのは君ら3人がグルって場合だね。そうなったらもうお手上げだけどw」
と、浦島は自嘲的に笑った。
「一つ教えてくれないか。鍵はどこにあった?」
「ああ、重要アイテムだからね。鬼のボスのパンツの中に縫い付けてあったよ。身につけてるのが一番安心だと思ったんだろうね」
「そうか!夜に鬼の死骸漁ってたん、鍵を探してたんや!」猿が思い出したように叫んだ。
「なんだ、見てたのかい。そういう事だよ」
「おまえっ、とっくに見つけてたのに黙ってたな!」金太郎が顔を真っ赤にして怒っていた。
「そりゃそうだろ?君たちの中に信用できないヤツがいるもの。キジを殺したヤツがね。その時はまだ、犬は殺されてなかったようだけど」
「でも、キジが殺された時、誰も外には出てないって犬が言ってただろ?どうやって殺したんだ?」
「さあ、それは僕にもわからないな」
「後、明け方に僕と舟を見に行ったよな?あの時点で犬は殺されてたと思うかい?」
その質問に浦島は少し考え込み、やがて口を開いた。
「僕が桃太郎くんを起こした時、確か犬はまだ寝てたと思う。暗かったから、はっきりしないけどね。洞窟に帰ってきた時は…いなかったような気がする」
「なら、殺されたのは明け方か…。どっちにしろ、誰でも犯行は可能だな」
「それと…これも伝えておこう。犬の傷はかなり小さかったよ。おそらく、針みたい物で血管を何度もついたんじゃないかな?その結果、血圧で血管が破れたっぽいね」扉の向こうから浦島が言う。
「なあ、お前は誰が犯人だと思うんだよ?」また金太郎が言いにくい事を躊躇なく口にする。言われた浦島は暫く考え込んだようだった。
「残念ながら本当にわからない」それは本心のように思えた。
「わかった。最後に聞くけど、その中に財宝はあるんだね?」
「あるよ」即答だった。
「どのくらいあるんだ?」と金太郎。
「一生遊んで暮らせるくらい……どころじゃないよ。上手く使えば国が盗れるかもしれないな。犯人の目が眩んたのも、わからない事もないな」
こちら側の三人が息を飲んだ。
「でも、所詮、金は金だよ。使い道を誤れば自滅するだけだ。ましてや、一人の人間の手には余り過ぎるくらいの金だ。欲に溺れた者の末路は破滅しかないと思うけどね。これは犯人に対する忠告だよ」
その浦島の言葉に誰も反論する者はいなかった。
「それじゃ、悪いけど暫くは高みの見物させてもらうよ。健闘を祈ってる」
扉の向こうの浦島が、奥に下がった気配がした。それっきり静寂が空間を占めていく。暫く僕らは扉の前に茫然と立っていた。何を喋っていいのかわからず、喋ったところで、薄ら寒いだけだろう。
「なぁ、桃ちゃんは信じていいよな?仲間だよな?」金太郎が悲痛な顔をしてこちらを見て言った。
「当たり前だろ」
もちろん、そんな言葉に何の説得力もないのはわかっている。口では何とでも言えるからだ。
猿は唇を固く結び、何も言わなかった。
◇◇◇
ひとまず僕らはバラバラになり、頭を冷やす事にした。これからの事も、一人でゆっくり考えたい、というのがあったし。鬼達が使っていた個人部屋にそれぞれ落ち着く。とはいえ、宝物庫と違い扉はついていないため、ガラクタを積み上げて簡易的なバリケード作っている。体当たりすればすぐ崩れるだろうが、少なくとも音がすれば襲われる前に気がつくだろう。ここはこれでいいと思う。後、もうひと仕事終わらせておこう。
◇◇◇
暖かい布に包まれ、僕はついウトウトしていた。ガサガサと何か音がするのを酷く遠くで聞いている感覚だった。頭は靄が掛かったみたいにまだはっきりしない。
ここは何処だっけ?
僕は何をしていた?
ん、誰かが覗きこんでる?
突然、頭の中で警報が鳴った。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ‼
頭が覚醒する前に体が反応していた。急激に横に転がる衝撃が伝わる。
殺気を纏ったケモノノの匂いがする。空気を切り裂く音と、激しい呼吸音。
右に左に目まぐるしく動く体を感じながら、次第に頭が覚醒してきた。
何者かに襲われている。
目で追いきれないほどのスピードで動き回る小さな影をかろうじて確認した。鋭い爪のきらめきをかわしながら刀を引っ掴み迷わず抜く。薄暗い部屋の中、暗殺者は動きを止め、牙を剥き出して威嚇してきた。
「どういうつもりだ、猿?お前が犯人なのか?」そう暗殺者に問いかける。
「とぼけんな!あんたら二人が犬とキジを殺ったんやろ⁉」
猿の叫びは狂気をはらんでいた。目が完全にイッてしまってる。
その様子を見てピンときた。こいつ浦島に洗脳されたな、と。
おそらく、あれから一人で浦島のところへ行ったに違いない。そこでいいように丸め込まれたんだろう。
「落ち着け!浦島に何を吹き込まれたか知らないけど、アイツは俺達の同士討ちを狙ってるんだ!」
その言葉もまるで猿には届いていなかった。ポタポタとよだれを垂らしながら、血走った目で睨んでくるばかりだ。
「もうアンタらに騙されへん!犬とキジの仇や!」
「やめろ!手加減できない!」
おいおい、何を甘い事を言ってる?相手は本気で殺す気だぞ?殺らなきゃ殺られるぞ?
「覚悟せえ!」
言うなり、猿のその体が残像とともに消える。その瞬間にはもう、爪が目の前に迫っていた。勝手に反応する体が刀を一閃する。伸ばした猿の右の手首から先がきれいに無くなった。それでも狂気に支配された猿は、その動きを止めなかった。地面、壁、天井と三角に飛んで、左手の爪で顔面を狙ってくる。まさに忍者に匹敵するような驚異の戦闘力だか、所詮は主人と家来の関係だ。こちらは腐っても桃太郎というスーパースターなのだ。爪が顔面に届く寸前、猿の胴体は上半身と下半身に別れていた。猿はそのままの勢いで、地面にベチャっと落ちていった。
「…ふぅ」溜めていた息をを吐く。
その時、ガラガラと入口のバリケードが崩れる音がした。
見ると金太郎が鬼の形相で入って来ようとしている。マサカリを持ち、殺気を隠そうともしない。目が爛々と燃えていた。
マズイ、ここでコイツとやり合うのはマズイ
僕は激しく動揺する。今ここでコイツとやり合うのはなんとか避けたかった。
金太郎は入口付近で立ち止まったままだった。その視線が地面に転がる猿を捉える。しかし、驚いたような様子はなかった。やかて、静かに口を開いた。
「心配しなくていいよ、桃ちゃん。声は聞こえてたから。猿に襲われたんだろ?」
そう言いながら、マサカリを腰帯に挿した。いつの間にか殺意も消えている。取り敢えずホッとした。
「ああ。いきなり襲われたよ」
「コイツが犯人だったって事か?」金太郎が猿に目をやりながら言う。
「いや、違う気がする。浦島にそそのかされたって雰囲気だった」
「やっぱりあいつか…」金太郎の表情がまた鬼のように変わっていく。
「もう一回ちゃんと話した方がいいな」
金太郎は黙って頷いた。
◇◇◇
再び、宝物庫に戻ってきた。相変わらず扉はがっしりと閉まっている。
「おい、うらしま!話がある!」
……
中からは何の反応もない。
「うらしまーっ!!出てこいーっ!!」
金太郎が扉をガンガン叩くも、中からは全く気配がしなかった。
「あいつ、寝てんのか?」
「いや、これだけやったら、流石に起きるだろ?」
「うーらーしーまーっ!」
壁と扉の隙間の穴に口を付けるようにして叫んでいた金太郎が、何かに気付いたように呟いた。
「……血の匂いがする」
一瞬、お互いの顔を見合う。
「壊すぞ、扉!!」
「おしっ」言うが早いか、金太郎はすでにマサカリを振り上げている。渾身の力を込めた一撃が扉に炸裂した。が、その刃は驚くほど浅い傷を付けるに留まった。
「かってぇー!なんじゃこりゃ!?」
馬鹿力の金太郎でさえ、まさに刃が立たない強度だった。やはり一筋縄ではいかないようだ。何度も何度も刃を振り下ろす。筋が溝になり、少しずつ少しずつ削れていく。
気が遠くなりそうな作業だった。
金太郎のマサカリだけでは埒が明かないので、鬼の金棒を拝借してきて、マサカリと交互にブチかます。それでも手がギリギリ入るだけの穴を貫通するのに、半日は費やしただろうか?手を無理やり突っ込んでわかったのは、内側からでっかい
穴に金棒を差し入れ、閂を上に押し上げる事でようやく扉を開く事ができた。
すぐさま中に突入する。そこで見たものは……
奥の方に積み上げられた、眩いばかりの装飾品の数々。
黄金に輝く武器、鎧。大判小判に金の延べ棒。見た事もない、南蛮渡来の道具類に美術品。きらびやかな無数の宝石たち…
そして、その前の床に広がる血溜まりの中、海老のように体を曲げて横たわる浦島太郎の姿だった。
「うらしまっ!」
近寄ってみると、首から大量に出血しているのがわかった。その体はもう体温を失い、冷たくなっていた。体のすぐ脇に、小ぶりの巾着袋が落ちていた。血で真っ赤に染まっている。
「死んでる…んか?」金太郎が上ずった声で聞いてくる。
「ああ…残念ながら死んでる」
「こ、こんなっ!おかしいだろ⁉」金太郎がヒステリックに叫ぶ。
「ああ。あり得ない。これはおかしい」
「なっ、なに冷静にぬかしてんだよ⁉仲間が死んだ…殺されたんだぞ⁉」
「ん?、ああそっちか。僕は違う事、考えてた」
「なんだよ!違う事って⁉仲間が死んだ事より大事なことか⁉」
「気が付かないか?この状況を…
これは、密室殺人なんだぞ?」
◇◇◇
薄暗く、血の匂いが立ち込めた部屋の中で暫く重苦しい沈黙が続いた。
「…この部屋は完全に閉ざされてた。入口の他に出入口はない。せいぜい小さな空気穴があるだけだ。この状況でどうやって殺人ができる?不可能だろ?」
「なんだよ!?浦島が自殺したっていいたいのか!?」金太郎が叫ぶ。
「その可能性もある」
「……もういい、もういいよ、桃ちゃん」
激昂していた金太郎が急に声のトーンを落とした。燃えたぎるような怒りのオーラも、凍てつくような冷たいオーラへと変わっていく。
「オレ、馬鹿だから密室だとかトリックだとか言われてもわかんねーよ。ただ1つわかるのは、生き残ったのはオレたち2人だけで、オレは犯人じゃないって事だけだよ」
金太郎は呟くように言いながら、泣き笑いのような顔を見せた。
「俺が犯人じゃないなら、もう桃ちゃんしか犯人いないじゃん」
「僕も犯人じゃない。いいか、金太郎。これは罠だ。誰かか僕らを陥れようとしてるんだ。犯人の手に乗るな」
その言葉も届いているようには思えなかった。
…やっと、ここまで来たんだ。ここが正念場だ。ここさえ乗り切れば…
金太郎が手を後ろにまわし、ゆっくりとマサカリを取り出した。その目はずっとこちらを見据えたままだ。腰を落とし、マサカリを胸元辺りで構える。
「アンタだけは信じてたのに…」その目が座っていく。
「もう話しても無駄なのか?」これが最後の通達になるだろう。
「…もう遅いな」金太郎は更に腰を落としていく。バネをいっぱいまで縮めるかのように。
僕はもう覚悟を決めるしかなかった。コイツとはいずれ殺り合うとは思っていたけれど。もう逃げるのは止めよう。後は運命に身を委ねるのみだ。
殺られたなら、それだけの人生だったと思うだけの事だ。
ゆっくりと刀を抜いて正眼に構える。
互いの呼吸音だけが聞こえる。
間合いを測りながら、じりじりと前進する。
最初に動いたのは金太郎だった。空気を吸って吐くのリズムの、吸いきらない瞬間を捉えて飛び込んで来た。リズムを崩され、反応がワンテンポ遅れる。
鋭く振り下ろしてきたマサカリを、体をかわすだけで避けきれず、止むなく刀身でいなす。金属同士が激しく擦れる音と共に火花が散った。
更に、横に流れたマサカリを手首だけで強引に返し、そのまま振り上げてくる。これも刀身で受け流しつつ、後ろに飛んて間合いを開けた。
マズい。刀で受けていては、刀へのダメージが大きい。
間合いを開けて立て直さなければ。
が、突然体が大きく左に傾いた。片膝を付いて止まる。
何があった⁉足元が滑ったのか?
視界の片隅に真っ赤に染まった地面が見えた。浦島の血で足を滑らせた?
考える間もなく金太郎が目前に迫る。振り上げられたマサカリが死神の鎌に見えた。飛び込んで来た勢いのまま振り下ろされるマサカリ。かわす余裕はなかった。刀身で受けるしかない。
ガキンっという音につながり、頭の方からグシャっという骨が砕ける音が聞こえた。
体がぶるぶるっと激しく震える振動を感じる。生暖かい物に体中が包まれていく。視界が真っ赤に染まった。
やられた⁉ どこを⁉ 頭…?
体が急速に後ろに倒れていく。地面に仰向けにバタリと倒れ込んだようだ。
見えにくい視界の隅で、刀を握ったまま地面に転がる右手が見えた。ああ、切られちまったのか。金太郎がゆっくり馬乗りになってくるのを感じた。相変わらず金太郎の泣き笑いのような表情が薄っすら見える。いや、本当に涙を流しているようだった。僕の体にポタポタと涙が落ちてくるのを感じた。彼は涙を拭う事なく、じっとこちらを見つめていた。
彼の目にはどう写っているんだろう?
かつての親友が頭から血を流し、右手を飛ばし、今まさに絶命していくその様を。
その親友の命を奪ったのは自分だという事実を。
やがて彼はゆっくりとマサカリを振り上げた。
ああ、ここまでか。あのマサカリが心臓に振り下ろされる時、それが僕の野望の尽きる時だ。まぁ、それも運命だ。潔く受け入れよう。既に僕のこの手は血にまみれ過ぎている。これは当然の罰なのだ。
僕はその時を待ち、目を閉じた。
…が、その時はなかなかやって来ない。
ポタリポタリと落ちていた涙が突如、滝のようになった。ドバドバと体に降り注ぐ。
目を開けた。
赤く染まった視界の中、馬乗りになってマサカリを振り上げたまま、口から血を吐く金太郎の姿がそこにあった。そして、その胸には刀が深々と刺さっていた。柄には切られた右手がまだ添えられていた。
ああ、そうか。僕の心はとっくに諦めかけていたのに、この体はまだ諦めてなかったらしい。金太郎がマサカリを振り下ろそうとした瞬間、残った左手でそばに転がっていた刀と右手を掴み、胸に突き立てたのだ。
ガキンっ
金太郎の手から滑り落ちたマサカリが地面に落ちて音をたてる。
金太郎は笑っていた。笑いながら泣いていた。マサカリを離して自由になった両手で、切れた右手と刀を掴み引き抜く。そこからドクドクと血が溢れた。
そして両手を広げ、ゆっくりと僕の方へ倒れ込んできた。まるで親友をハグするかのように。
そして僕は彼の体に潰されながら、意識を失った。
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