第2話 クローズドサークル





 猿の悲痛な呼び声で、僕等はあわてて洞窟の外へと走った。外に出てすぐの平地に佇む猿が見える。そしてその足元には、グッタリと横たわるキジの姿があった。

「死んでるのか⁉なんでだ⁉」真っ先に到着した犬が猿に詰め寄っていた。

「息してない…。何でかは知らん」と、猿が冷たく言い放つ。

「何だよっ⁉その言い方⁉」犬が噛み付かんばかりの勢いで猿に食って掛かり、金太郎が慌てて間に入った。

「待て待て待て!ほら、落ち着けって!」犬と猿を強引に引き離す。

 その隙に浦島がキジの状態をつぶさに観察していた。

「もしかして鬼の生き残りにやられたとか?」その言葉に浦島は首を傾げた。

「傷は多いけど……これらは多分、前の戦闘の時のだと思うし。致命傷になるような傷がないんよねぇ?」

「致命傷ないって、どういう事よ?」金太郎が浦島に聞く。

「考えられるのは毒かなぁ?」

 その浦島の言葉に全員顔を見合わせた。

「ひょっとして、あの戦闘の時に毒使った鬼がいたのか?」

「今頃になって毒が回って……?体型的に一番小さいキジが最初に倒れたとか?ほんなら次はオレか犬っコロ?」猿の赤い顔が青くなる。

「待て待て、決めつけるのは良くない。誰か体調悪いヤツいる?」

そう尋ねると、全員首を振った。

「よし、なら取り敢えず、キジを埋葬してやろう」




 キジの亡骸は地面に穴を掘り、簡単に埋葬した。心なしか猿も犬もどこか寂しそうだ。

「なあ、桃ちゃん。やっぱりまだどっかに鬼が潜んでのかな?」金太郎がこちらを見ながら呟いた。

「う〜ん、少なくとも洞窟の外には隠れられそうな所、ないだろ?」

「洞窟のどこかに隠れてんのかもね」と浦島が言うと、犬が即座に反論した。

「あの〜、私ずーっと大広間を調べてましたから、もし誰かか洞窟から外に出たら、絶対気付いてたと思うんですよね。それに金太さんと浦島さんも、結構食料庫と大広間往復されてましたから、尚更誰かがバレずに外に出るのは難しかったんじゃないかと……」

「ほんなら、どっかに裏口的なかくし通路があるんちゃうか?」と、猿。

「あっ、通路とか微妙に風吹いてたよな?抜け穴とかあるんじゃない?」

 金太郎が思い出したように言う。


「空気穴ならアチコチ開いてたけどね。多分、換気用だろうね。ネズミくらいなら通れん事もなさそうだけど、でも無理な大きさだったよ?」 


その浦島の言葉に一同、ハッとした。浦島の言い回しが別な可能性も視野に入れているような、そんなニュアンスだったからだ。それは皆、あえて考えないようにしていた事だろう。

 キジを殺した犯人は鬼ではなく、



◇◇◇


 もう一度ざっくりと洞窟内を見回ったものの、やはり鬼の姿も、隠し通路も見つかる事はなかった。僕等は諦めて、食事を取ることにした。先程焼いていた肉や野菜はすでに炭のように真っ黒になっちゃってたから、また食料庫から補充する。準備中も食事が始まってからも、皆まるでお通夜のように静かだった。そんな中、沈黙に耐え切れなくなった金太郎が口を開いた。

「やっぱ、事故だよ、事故。たまたま不幸な事故が起きたんだよ?だって、鬼はもういないし、俺らが仲間を手にかける訳ないじゃん?」そう言って酒をグビッとあおる。

「そうッスやんね。仲間疑うとか無いっすわ」猿が賛同した。

「……うん、少なくとも誰も洞窟から出てないってのは犬が証明してくれたしね」犬の証言が本当ならば、そう付け足すのは、流石の浦島も気が引けたようだ。

 犬は何か言いたげにしていたけど、黙って酒を飲むばかりだった。

「明日、宝物庫の鍵が見つかったら、すぐ帰れるさ。今夜はゆっくり休もう」

 その言葉に皆んな黙って頷いた。



◇◇◇


 

 波が岩にぶつかる音が微かに聞こえてくる中、僕は心地よくウトウトしていた。結局昨晩の打ち上げは盛り上る事なく、そうそうにお開きになった。今は皆んな一緒に火が消された大広間で雑魚寝している。僕はといえば、ほぼ寝ることが出来ずいて、少し前にようやくウトウトしかけた時だった。誰かか近づいてくる気配がした。

「桃太郎くん、起きてくれないか?」軽く揺さぶられながら、訪問者の言葉を聞いた。かなり小声でそう言ってきたのは浦島だった。

「う…んん、浦島くん?ナニ?」寝ぼけた声を出す。

「見てもらいたい物があるんだ」浦島の言葉は有無を言わさぬトーンだった。


 ごそごそ起き出し浦島について行く。洞窟の外は夜明け前でまだ薄暗かった。洞窟前の広場には、昨日倒した鬼達の死骸がまだ、生々しく転がっている。腐臭も結構酷いが、日が昇る前だからまだましな方だろう。これから日が差して腐敗が進めば、おそらく想像を絶する臭いを放つに違いない。


 そんな死骸を避けながら、浦島は海の方へと進んで行く。この先には、僕等が乗ってきた舟があるはずなのだが……。そこには、あるハズの舟は影も形もなかった。


「え⁉なんで⁉舟は?」バカみたいな声を上げてしまう。

「見ての通りだよ。僕もついさっき確認にきて唖然としたよ」

 と、浦島が淡々と言う。怒りを抑えるかのような口調が、逆に怖かった。

「それにコレ見て」

 浦島はまだ岩にくくりつけられたままの縄の端を持ち上げた。この縄は昨日、舟を繋いておく為、浦島が岩にくくり付けたものだ。その端がほつれたように切れていた。

「この切れ方は自然に切れたもんじゃない。どこかに擦れて切れたのとも違う。何か、切れ味の悪い物で強引に切った跡だ」と、こちらに見せてきた。

「……確かに。刃物でスパっと切った感じじゃないな。何だろ?尖った石とかかな?」

「うん、あり得るね。もっと言えば、鋭い牙とか……」そう言って何か意味ありげにこちらを見る浦島。

「…鬼の牙とかかな?」

「……犬や猿も牙は持ってる」表情を変えずに浦島はそう言い放った。

「君はどっちかを疑ってるのか?」

「どっちか、というのは違うな。僕はまともな刃物を持ってる犯人が、あえてこんな切り方をした可能性もあると考えてる」

「犬や猿の仕業に思わせる為、か。それって、僕や金太郎も疑ってるって事だろ?」

「その可能性もある、って事だよ」

「なら、君が犯人って可能性もあるよな?」

「……そうだね。でも僕じゃない」浦島は真っ直ぐこちらを見ながらそう言った。

「でも鬼って線もまだ無くなった訳じゃないだろ?」

「キジの死因は毒殺で間違いないと思う。鬼が毒殺なんてチマチマした手を使うと思うかい?アイツらなら、力技一択だと思うね」

 浦島の猜疑心はかなり深いようだった。

「ここで話してても仕方ないな。まだ朝早いし、も少ししてから宝物庫の鍵を探そう。もしかしたら中に舟があるかもしれない。こんな呪われた島、早く脱出しないと。それと、舟が無くなった事は暫く皆んなには内緒にしておこう。無駄にパニクるのは良くない」

 浦島は何か言いたげにしていたけど、結局黙ったまま頷いた。



◇◇◇



 ついでの仕事を済ませ洞窟に戻った後、少しだけ眠るつもりが、結構寝てしまってたようだ。気がついたら入口の方から日が差していた。夜がすっかり明けていた。

「ふわあ、おはよーっ。腹へったなー」金太郎も丁度目が覚めたようだ。

 昨日の事はすっかり忘れたのか、能天気な挨拶をしてくる。

「おはよう、金太くん、桃太郎くん」浦島は先に起きていたようだった。火に当たりながら、何やら考え事をしていたらしい。夜明け前に話した時の、冷たい感じはなかった。

「おはよう。あれ、猿と犬は?」よく見ると二匹がいない。

「猿なら通路調べるって奥の方にいったよ。犬は見てないな」と浦島が言う。

「なら、朝飯の用意もあるし、見てくるよ」

 そう言って立ち上がった。


 

 食料庫で朝向きの食料を探していると、突然すぐ後ろに気配を感じた。

「桃太郎さん、チョットいいすか?」と、猿が小声で話掛けてきた。音もなく近寄るのは彼の特技だ。

「ん、どうした?」

「昨日の、つか今日の夜中の事なんすけどね。皆が寝静まった後、こっそり浦島さんが外に出ていったの、見たんすよ」

「それって夜明け前じゃなくて?」明け方だったら僕等一緒にいたんだが。

「いえ、もっと真夜中っす」 

 だとしたら、僕等で舟を見に行ったもっと前って事か。一人で舟を確認しに行って、そこでない事に気付いた訳か。いや、待て、それはおかしい。ない事に気付いたのに、わざわざ呑気に1回寝るか?気付いた時点で騒ぐだろ?第一、その時点では舟はまだあったはずだ。

「小便とかじゃないの?」

「いえ、気になったんで後追ったんすよ。そしたらあの人、鬼の死骸の中でウロウロしてたんすわ。なんか探してる風やったすね」

「捜し物?」いったいなにを?

「さぁ?かれこれ1時間くらいそうやっとりましたよ?」

「そうか、報告ありがとう。後でさり気なく聞いてみるよ。取り敢えず飯にしよう」

「はい、あぁ運びますわ」と、猿が食材を持つ。

「ところで犬は見てないかい?」

「犬すか?そういえば、今日はまだ見てないすね?」


 


 このあと、僕等は犬を発見する事になるのだが、それは、かつて犬と呼ばれた者の単なる肉塊でしかなかった。そう、この時すでに犬は死んでいたのである。



◇◇◇



 鬼達の死骸を避けるよう、海に近い岩場の影に犬が横たわっていた。首辺りから大量に出血し、地面に血の海を作っていた。最初に見つけたのは今回も猿だった。今猿は茫然と立ちつくし、身体を小刻みに震わせていた。それは恐怖からではなく、怒りに震えているようだった。

「なんでや…」そう何度も呟いている。

「何だ、コレ?」金太郎が何かを拾い上げた。それは小ぶりの巾着袋だった。血がベットリ付いている。特に関係なさそうと思ったのか、そのままポイっと捨てた。



「死因は出血多量か…。頸動脈を切るっていうより、何か鋭く尖った物で刺されてる。用をたしてた時に襲われたみたいだね」

 浦島はそう言って、近くに落ちている便をチラリと見た。

「いや、普段からコイツの警戒心ハンパやなかったすよっ⁉なんぼウンコしてたって、警戒怠るようなヤツちゃいますよ⁉」と猿が浦島に噛み付く。

「なら、近付いてきたのは警戒しなくていい相手って事かもね」浦島が表情一つ変えずにそう言い放った。猿は口を開けたまま黙ってしまう。

「浦島くん、死亡推定時間とか解るかい?」

そう問い掛ける。

「血が固まりかけてるから、殺されてすぐではないと思うよ。僕らが寝てた頃としか言えないなぁ」

「つまり、誰でも犯行は可能だったんだな…」



「なあお前、犬と仲悪かったよな?」金太郎が言いにくい事をあっさり口にする。言われた猿は、途端に顔色を変えて叫んだ。

「それ、犬と猿の性分つーか、単なる相性的なもんすよ⁉別にそれで命のやり取りとかあり得んですって‼」

「そうだな。僕はむしろ喧嘩するほど仲がいいって思ってたし」

 猿が表情を緩めてこちらを見てくる。泣き笑いのような顔だった。

「じゃあ、爪見せてみろよ?」納得してない風の金太郎が猿に言う。

 猿は憮然とした表情を浮かべつつも、素直に従った。

「……血で汚れてはないようだよ?」確認した浦島が言う。

「そんなの、洗えば落ちるだろ?」金太郎はまだ引かない。

「爪はともかく、彼の全身の毛に血が付いたとしたら、そう簡単には落ちないんじゃないかな?刺された時に血はかなり吹き出しただろうから、返り血浴びてないって事もないだろうし」

「コイツ忍者っぽいから、血が掛かる前に避けたとか」まだねばる金太郎。

 だか、流石にそれはマンガ的で現実味に欠ける。

「それなら、何か袋みたいな物をスッポリ被った方がいいんじゃないかな?僕等人間ががすっぽり被れるような袋は無かったけど、彼ぐらいなら充分入る袋は洞窟にいくらでも転がってたしね」

 確かに猿の体は人間の二分の一にも満たない。しかしこの浦島という男は、猿を擁護しているのか疑っているのか、よくわからなかった。いや、恐らくは皆平等に疑っている節がある。


「取り敢えず、犬を埋葬してやろう。朝飯も食べて話はそれからだ。皆んな空腹だとギスギスするばかりだろ?」そう言って皆んなを見渡す。

「そうだね、それが良さそうだ」

「…だな」

「……」

 疑心暗鬼という言葉が皆の頭上から押さえつけてくるようだった。重苦しい雰囲気のまま、僕らは犬を簡単に埋葬したのだった。




◇◇◇



 食事中も皆、無言だった。お互いを牽制するような空気がピンと張り詰めていた。

「まず、やるべき事は宝物庫の鍵を見つける事。取り敢えずそれに集中しよう」

「それはいいけど、体制はどうする?」浦島が聞いてきた。

「体制?」

「こんな状況の中じゃ、2パターン考えられる。1つは常に全員一緒に行動する事。もう1つは全員バラバラに行動する事。まず、全員一緒のメリットは互いを見張る事で犯人に対する牽制になる。犯行しにくい状況を作れる。デメリットは、犯人が複数だった場合、犯人側が有利になってしまう」

「ん?犯人が2人だったら2対2になるだけじゃないの?」と金太郎が首を捻る。

「もし仮に、あくまで仮にだよ?僕と猿が犯人だったとしよう。僕と猿には仲間関係があるから連携が取れる。逆に桃太郎くんと金太郎くんは自分以外信用できないから、連携も取れない。だからこの場合、2対2じゃなくて2対1対1になる。犯人側が絶対有利なんだよ。勿論、犯人が一人の場合は1対1対1対1になる」と、浦島が説明する。 

「だったら、最初からバラバラ行動でいいんじゃね?自分の身は自分で守るし」

「バラバラだったら犯人は好きに行動できてしまう事になるけどね。決めるのはリーダーの桃太郎くんに任せるよ」と、浦島がこちらを見ながら言った。

「よし、皆個人個人で行動しよう。金太郎の言った通り、自分の身は自分で守ってくれ。また昼頃、ここに集合しよう」

 その言葉に全員頷いた。




◇◇◇


 

 それぞれが思い思いの場所を探したが、鍵が見つかる気配はなかった。いや、ひょっとして誰かがもう見つけていて、黙っているだけなのかもしれない。焦る中、時間だけが過ぎていき、気がつけばもう約束の昼頃だった。大広間に戻ると、丁度猿と金太郎も戻ってきたところだった。

「鍵あったかい?」聞くまでもなく、金太郎も猿も首を振る。

「なぁ、桃ちゃん。もうあの扉壊した方が早くね?」

「ほんまにね」猿も同意する。 

「それは最終手段かな。あれ壊すの、かなり大変だと思うよ?」

 とはいえ、これだけ探して鍵が見つからないなら、やってみる価値はあるだろう。

 

「浦ちゃん、来ないな?」言い出しにくかった不吉な台詞を、金太郎が躊躇なく吐いた。約束の時間はだいぶ過ぎている。あの几帳面な男が遅れるのは珍しい事だ。

「…マジ、やめて下さいよー」猿も不安気に言う。

「まさか…だよな」誰もすぐに探しに行こうとしないのは、一種の現実逃避かもしれない。とはいえ、探さない訳にもいかないだろう。

「ひょっとして鍵見つけて、もう宝物庫に入ってたりしてな」金太郎は冗談のつもりで言ったんだろうが、それを聞いた体が反応する。立ち上がった瞬間にはもう宝物庫に向かって走っていた。金太郎と猿が慌てて付いてくる。

  

 そして……


 宝物庫のゴツい南京錠は解除され、地面に落ちていた。






 

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