鬼ヶ島の殺人
シロクマKun
第1話 むかしむかしある所に
「なぁなあ、桃ちゃん。鬼ヶ島ってまだ遠いんか?」
僕のすぐ前を歩いていたオカッパ少年が振り返りながら言った。
ボロボロの着物に赤い前掛け。前掛けには金の一文字。腰帯に、やけに年季の入ったマサカリを差している。事あるごとに「俺、まだよちよち歩きだった頃に熊をぶん投げた事あるんだぜ?」と妄想めいた自慢を語る、ちょっと痛いヤツだった。
名を金太郎という。
「そうだなぁ、舟で半日くらいの所らしいよ?」
「ふ〜ん、舟って乗った事ないから、遠いのか近いのかわからん」
と、金太郎が首を捻る。そりゃそうだろう。舟どころか、海さえ見た事ない僕等だもの。
そう、僕等は今、鬼ヶ島へ鬼退治に行こうとしているのだ。
まだ海へと向かう途中の段階だけれど、雲一つない晴天の中、僕にとってはまずまず快適な旅だった。ムッとするような暑さと汗臭さには参ったけど。
「なんかワクワクしますね?桃太郎さん」
僕の左側を歩いていた白い犬が歯を剥き出しながら言った。見た目は怖いけど、本人は笑ってるつもりなんだろう。その証拠に、さっきからせわしなく尻尾を振ってる。
「おい、遊びちゃうねんぞ?犬っころ」
僕のすぐ後ろを歩く猿が、嫌味っぽくそう言った。言われた犬が、途端に反応する。
「はぁ?ケツが赤いヤツは黙ってろよ?」
「なんやと⁉お前こそ
犬猿の仲とは良く言ったものだ。コイツらは寄ると必ず喧嘩になる。よく飽きないなと思うんだけど、案外喧嘩するほど仲がいいって事なのかもしれない。
キャンキャン吠えてた犬が、ふと何かに気付いたように空を見上げた。
「桃太郎さん、キジが戻ってきたようですよ?」
僕の位置からはあんまり見えなかったけど、バサバサという音がしたと思った直後、目の前にキジが舞い降りてきた。美しい羽を少しづつ畳んでいく。
「桃太郎さん、あの山越えたらもう海です。浦島さんも準備万端みたいでしたよ」と報告してくれた。
「よし、もうちょいだから頑張ろう!」そう鼓舞した掛け声に、おーとか、へいとか、バラバラな返事が返ってきた。大丈夫かと多少不安になる。
◇◇◇
「やっと来たかぁ。待ちかねたよ」
ボサボサの長い髪を後ろに束ねた、いかにも人の良い漁師、という見た目の男がにこやかに話かけてきた。浦島太郎という名の漁師だ。今回、鬼ヶ島行きの舟を出してもらう約束になっている。勿論、鬼退治にも参加してもらう。
「やあ、浦島くん、久し振り。準備ありがとね」
「おや、桃太郎くん。また随分と気合いの入った衣装だねぇ?」
かなり派手目な衣装に反応した浦島が言う。
「まぁうん、鬼退治用におばあさんが作ってくれてね」
単に派手ってだけじゃなく、戦闘に耐えられるようしっかりとした分厚めの生地を幾層にも重ねて作ってあるんだけど、とにかく暑くてたまらないのが玉にキズだ。。
握手を交わした後、今回のメンバーを紹介していく。
「彼は金太郎。熊と相撲しても勝てるそうなんで連れて来た。それから、キジ、猿、犬のお供達」
海を見て興奮気味の金太郎が、浦島太郎の手を取ってブンブン振る。
「オッス俺、金太郎。海ってデケェんだなーっ。びっくりだわ。よろしくな、浦ちゃん」
「よ、よろしく……って、痛い!痛いよ金太くん〜」
怪力の金太郎に振り回される浦島の悲痛な叫びが響いた。
◇◇◇
海上は思ったほど荒れてはなく、かなり穏やかな方だった。
とはいえ、所詮小さな舟なので上下左右に揺さぶられる感覚は、慣れてない者にとっては結構きついだろう。案の定、金太郎は何時もの元気はどこへやら、青い顔でぐったりしていた。
「オエ……き、気持ち悪い……」
「吐くなら海に吐けよ?」
体調よりも舟の衛生環境を気遣うようなその言葉に、金太郎は恨めしげな顔を向けてくる。
「ううっ、冷たいなー桃ちゃん。つか、なんで桃ちゃんは平気なんよ?」
「そりゃ、鍛え方が違うし」
実際、舟に酔ってるのは金太郎一人だけだった。漁師の浦島太郎は勿論、犬も猿も全然平気そうだ。僕に関しては、舟に乗るのは初めてとはいえ、かつてもっと小さな物に乗って川を下った経験がある。その時に比べれば、こんな穏やかな海なんて屁でもない。
僕等は今、舟を漕ぐ手を止めて、海上を漂っていた。遥か前方に小さく島影が見える。
鬼ヶ島だ。
まだ遠くてはっきりは見えないけど、その全景は島というより単なる岩山のようだった。二本の角を持つ鬼の顔のようにも見える。
口に見える部分は洞窟だろうか?
平地はあるだろうか?
鬼は何匹くらいいるのだろう?
何にせよ、今偵察に向かわせているキジが戻るとある程度わかるだろう。
「……なぁ、桃ちゃん」
まだ青い顔の金太郎が言う。
「なに?」
「女の鬼はいるんかな?」
「さあ?いるかもなぁ。で、なんで?」
「やっぱり、虎柄のパンツと乳当てだけで、ヘソ出してんのかな?」
「どんなイメージだよ?」
その会話を聞いていた浦島が割り込んできた。
「
一瞬、場が凍りついたあと、
「オロロロロ……」
金太郎がリバースする音だけが響いた。
◇◇◇
暫くたって、キジが鬼ヶ島の偵察から戻ってきた。
狭い舟には降りるだけのスペースが無い為、キジは舟の上空を何度か旋回した挙げ句、仕方なく海にむかってリバースしてた金太郎の頭の上に降り立つ。
「ナニ⁉いきなりアタマ重い⁉なんで⁉」
突然、頭に乗られてパニクる金太郎は置いといて、キジの報告を聞く。
「アレ、かなり狭い島ですねー。あの口みたいなのが洞窟で、その前がチョットだけ平地になってます。あと、島のぐるりは崖ですね。鬼は平地に2匹だけ確認できました。洞窟の中まではわかんないですね」
しれっと金太郎の頭の上に止まりながらキジがそう言った。
「やっぱり舟、止めれんのは正面かぁ。浦島くん、行けそう?」
「うん、真っ正面より、なるべく左端の方に寄せてみるわ」
「呪いか⁉コレが鬼の呪いなのか〜⁉オロロロ〜」
うるさいのは取り敢えずほっといて、僕等は再び鬼ヶ島へと舟を進めた。
◇◇◇
鬼ヶ島に到着したのは、太陽が頂点からやや西に傾いたぐらいだった。
出来るだけ死角から接近するよう移動してきたので、思ったよりも時間が掛かってしまった。正面の平地からは見えない位置で舟を縄で固定し、身軽な猿を偵察に出し、様子を伺う。その間に金太郎の船酔いも、だいぶ回復したようだった。暫く待っていると、まるで忍者の様なあざやかな身のこなしで猿が戻ってきた。
「今、正面の広場に3匹いてますわ。結構ごっついのんがね。洞窟の中はかなり入り組んどって、5匹までは確認したけど、まだおるっぽいスわ。鍵掛かった部屋とかもあったし」と報告してきた。
「なるほど。全部で10匹前後ってとこかな?」と浦島が呟く。
「なぁなぁ、鍵の掛かった部屋ってのが財宝ザクザクじゃね?」陸に上がってすっかり元気になった金太郎が嬉しそうに言う。
浦島も金太郎も犬、猿、キジも、後は号令を待つだけ、といったうずうずした様子でこちらを見てくる。皆んな早くも臨戦態勢のようだ。
「よし、皆聞いてくれ。1対1なら僕等は鬼に敵わないだろう。でも僕等にはチームワークがある。互いに協力して戦えば、必ず勝てるハズだ。バラけないよう、まとまって当たろう!」
「「「おぉー‼」」」
そして僕等は一丸となって、鬼達に向かっていった。
◇◇◇
戦闘が始まってから、どれくらいたっただろう?辺りは鬼達の死骸と腐臭が立ち込めていた。
鬼の戦闘力は、まさに化け物と呼ぶにふさわしいものだった。が、それにもまして凄まじい戦闘マシンぶりを発揮したのが金太郎だ。幼少期に熊をぶん投げたという逸話は紛れもなく本物だったようだ。マサカリを振り回し、戦場を喜々として駆け回る様は、さながら悪鬼のようだった。
犬、猿、キジの連携プレイも見事だった。
キジが上空から攻撃すれば、すかさず犬が足下を狙い、さらに猿が背後から襲いかかった。鬼は狙いが定められず、さぞかし焦った事だろう。
5、6匹の鬼達がまとめて襲いかかってくるという大ピンチに活躍したのは浦島だった。彼が投網を投げて鬼達の動きを止めてくれたからこそ、逆にまとめて鬼達を退治する事ができた。
まさに、それぞれが能力を最大限に発揮して、鬼達を追い詰めていったと言えるだろう。
そして、残る鬼はあと一匹となった。
おそらくはコイツがボスだろう。
他の鬼よりも一回りでかく、その威圧感が半端なかった。丸太のようなぶっとい金棒を易々と振り回している。
まず、上空からキジが急降下で顔面を狙う。鬼がそれに反応し、金棒を振り上げる。
ギリギリで金棒の一撃をかわすキジ。
その間に犬のキバが鬼の足首を狙う。カウンター気味に蹴り上げようとした鬼の足は空を切り、やや不安定な体勢なった。
猿がすかさず背後から、体重がかかった方の足の膝裏辺りを爪で切り裂く。硬い皮膚に守られた足に、爪での切り裂きは浅かったものの、大きくバランスを崩した鬼が片ヒザを着いたのは、チャンスだった。
浦島が鬼の顔面目掛けて、投網を投げる。
網は上手い具合に、鬼の顔と両手と金棒に絡みついた。
「桃くん!今だ!」
その声が言い終わる前にはもう、刀の一閃が鬼の右手を捉えていた。
ドスン!
金棒と共に、鬼の右手が地面に落ちた。
ドボリと鬼の右手の切り口から青い血が吹き出して、あっという間に地面に血溜まりを作った。
「ぐるぁ、あああぁぁぁ!」
鬼の苦し気な叫びが響く。
その刹那、マサカリを振りかぶって大きく跳躍した金太郎が全体重をかけ、鬼の頭にマサカリを振りおろす。
ボキャっ
っと、骨が砕ける嫌な音がして、鬼の頭蓋から潰れた豆腐の欠片のような物が溢れだした。
やがて、ボス鬼は力なく、衝撃音とともに地面に倒れこんだ。
それは、僕らがこの鬼ヶ島を完全制圧した瞬間だった。
◇◇◇
勝利の歓声を上げる事もなく、僕らはそのまま大の字になって地面に倒れ込んだ。皆、体力の消耗が激しかった。誰も大きな怪我をしていないのは奇跡的と言えるだろう。その分、切り傷打ち身は身体中至るところにあった。暫くは誰も動けそうにない。
「うーん、腹減った……」
どの位、たっただろう。日が沈み辺りが薄暗くなった頃、金太郎がムクリと起きた。それにつられるように、ようやく皆もぞもぞと起き出す。
「おーい、みんな生きてるか?」
その問いかけに、おーとか、へいとか、バラバラな返事があった。とりあえずは皆、死んではいないようだ。
「なぁ、なんか食わね?」
金太郎が尻をボリボリ掻きながら言う。さっきまでの、引くぐらいの戦闘マシンモードはどこへやら、今はちょっとお馬鹿モードに逆戻りだ。つか、辺り一面、鬼の死骸だらけのこの状況でよく食欲がわくものだと思う。
「打ち上げしようぜ?食いもん探してさぁ?」
「あーいいねぇ。酒とか絶対隠してそーだもん」と、浦島が賛同する。
「その前に、生き残りの鬼がいないか確認する必要あるし、取り敢えずざっと洞窟の中調べようか」
結局、キジに外周辺を見回らせ、残りのメンバーで洞窟探検する事になった。
洞窟に入るとそこは、80畳くらいはありそうな巨大な空間だった。自然の洞窟に手を加え、強引に広げたような印象がある。所々に物が乱雑に置かれていた。天井も結構高く、洞窟特有の圧迫感はない。そりゃ、人間の倍近い身長の鬼達が住んでいたのだ。余裕があって当然だろう。入口とは違う方向から空気の流れを感じる。岩壁のアチコチに隙間、というより空気穴が開いていた。これで洞窟内の換気が行われているんだろう。
更に奥に続く通路が三本あった。一番右の通路はいくつかの小部屋につながっていた。恐らくは個人個人の部屋だと思われた。但し、部屋の入口は開き戸のような仕切りはない。鬼はプライバシーには無頓着なのかもしれない。
真ん中の通路が一番長く、奥の方に割とデカめの部屋があった。たぶん、ボスの部屋だろう。そして更に奥に進むと、デカイいかにも頑丈そうな木の扉が現れた。樫の木か、何かの堅木をこれまた分厚い鉄の帯で締めてある。鬼が体当たりしてもびくともしないだろう。開き戸になっているが、ごっつい南京錠が掛かっていた。岩壁を削り出した入口に強引に取り付けられているから、戸と壁の間に若干遊びはあるものの、ネズミが通るか通らないかぐらいの隙間しかないから案外、職人気質な鬼がいたのかもしれない。唯一鍵付きの戸が設置されているこの中が宝物庫とみて間違いないだろう。中に入るにはまず鍵が必要だ。
一番左の通路は食料庫に繋がっていた。干した肉や魚が乱雑に積まれている。なみなみと酒が入った樽も呆れる程置かれていた。
「やった!これで酒盛りできる!」金太郎が嬉々として言う。
「金太くんは宝より食いもんの方がいいんだねぇ」そう言う浦島も明らかに今が一番テンションが高い。
結局、酒盛りの準備を金太郎と浦島に任せ、犬と猿はまだちゃんと確認してない小部屋の探索を続けてもらう事になった。
「桃ちゃんはどうすんの?」
「うーん、できれば宝物庫の鍵を見つけたいな」
僕にはやるべき事があるのでこの展開は丁度いい。
「そか。ならまた後で」と浦島の台詞で、それぞれ散っていった。
さぁ僕も行動を開始しよう。
◇◇◇
洞窟入ってすぐの大広間に、石で囲まれた火が燃えていた。どこから調達してきたのやら、人一人が寝転べそうな鉄板が炙られている。その上に、肉や野菜がひどく適当に並べられていた。ジュージューと音をたてながら焼かれていく。金太郎と浦島が用意した料理だ。もっとも、たた焼いてるだけとも言えるけど。それでも香ばしい匂いが漂い、凄く美味そうだった。酒は樽ごと持って来たらしい。どれほど飲むつもりなんだか。
「オーイ、そろそろ焼けるぞー!戻って来いよー!」
金太郎の馬鹿でかい声が洞窟中に響き渡る。広間に乱雑に置かれた物を調べていた犬が、尻尾を振りながら近寄ってきた。少し間があって、右の通路から猿が戻ってくる。どうやら、鬼達の各部屋を調べてまわっていたようだ。
「皆そろったかな……?あれ?キジがまだだよね?」浦島がぐるりと見渡しながら言う。皆一斉に、ああ忘れてた、って感じの表情を浮かべた。
「ほんじゃ、呼んできますわ」言うが早いか、猿の姿が残像と共にふっと消える。相変わらずの忍者っぷりだ。
ほんの少しして、洞窟の外から僕らを呼ぶ猿の声が聞こえた。
「ちょっ、皆んな早よ来て!キジが……死んどる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます