メインストーリーの運命に抗わない(前編)
【メインストーリー最終章 楽園でキスをして】
ラストーンの塔。オモナブタイ貴族学園内に建てられている、雲をも貫くほど高層な塔だ。アアアア嬢達は今、その塔に入ろうとしている。
「ついに卒業記念パーティの日がやってきてしまった……。この塔の最上階に、ソーシャ様が卒業記念パーティの準備をして待っているはず!」
「唐突に卒業記念パーティの日になってこっちは困惑しかないし、こんな高い塔がなんで学内にあるのか謎だし、なぜこの塔の最上階で卒業記念パーティやらなきゃいけないんだよ」
そう、今日はついにやって来た卒業記念パーティの日。すなわち私の断罪の日だ。私、ソーシャ・ルノアークはゲーム通りの展開になるならばこの日にキーン王子から婚約破棄を言い渡されるのだ。
……何故こんなめちゃくちゃ高い塔の最上階で卒業記念パーティをやるのか? それはクライマックスで塔を駆け上って最上階のラスボスと対峙する展開にした方がカッコいいと、開発スタッフが考えたからだろう。お約束は大事だよね。
ちなみに私はアアアア嬢とキーン王子たちのそばにはおらず、塔の最上階から遠見の魔法でキーン王子たちを観察している状態である。
「きっとこの塔の最上階で、ソーシャ様は世界崩壊の魔法を使って世界を壊すつもりです。私たちはそれを断罪し、止める使命があります!」
「何度目だ世界崩壊。というかお前も嬉々として世界崩壊させてた側じゃねーか」
私は塔の最上階でアアアア嬢への最大級のいじめを計画していた。それが世界崩壊の魔法。これを唱えると世界が粉々に砕け散り、二度と元に戻らないと言う。それを知ったアアアア嬢は計画を阻止するために塔を上り、私を阻止する。……これがメインストーリー最終章の主な流れである。ちなみに「なんでソーシャがそんな魔法知ってんだ」とか、「なんでアアアア嬢はその計画を知ってるんだ」とかの理由はメインストーリー前章で語られているのでぜひ機会があれば見て欲しい。え? 今までのメインストーリー見れないだろ、だって? それは残念。さてはアアアア嬢、今までのストーリーをスキップしたな?
『ふふふ……よく来ましたわねアアアアさん。ですが貴方の恋路もここまで。今日で世界ごと貴方を潰して見せますわ』
私は遠隔通信の魔法でアアアア嬢達に語り掛ける。ストーリー上ではここで私とアアアア嬢の問答が行われる予定だったので、その予定通りに語り掛けたのだ。
「そ、ソーシャ様! なぜそんな恐ろしい事を……?」
『貴方がキーン王子に関わるからですわ。貴方がキーン王子に近づきさえしなければ、私は世界を壊そうだなんて思わなかった。愛するキーン王子のため、キーン王子ごと消えなさいな』
「ソーシャ様、早まらないでください! キーン様を愛していたなら、キーン様の愛したこの世界を壊すだなんて考えないで欲しいんです!」
『うるさい! 私はずっとキーン王子を愛していた。それなのにキーン王子はそれに気づきもしなかった。ならばキーンが愛した学園も、キーンが愛したアアアアさんも、すべて壊すだけよ!』
私とアアアア嬢はゲームと同じように言い争いをする。ここでは私のいじめをした動機が語られるのだ。
ソーシャ・ルノアークはキーン王子を愛していた。だが突然やってきたアアアア嬢によってキーン王子の心を奪われ、ソーシャ・ルノアークは嫉妬に狂う。その結果が今までのいじめであり、最終的にこの世界崩壊計画に発展したのだ。
まぁ、これはゲームのストーリー上のソーシャの話なので私自身は「原作通りに話進めればキーン王子も幸せな結婚ができるやろ!」と思いながら台本通り喋っているだけである。
「……ソーシャお前、ぜんぜん俺に好意向けてた素振りなかっただろ。ずっと酷い目にしかあわされてないぞ。というか俺、今んとこアアアア嬢も学園も愛してないんだが?」
キーン王子が冷静にツッコむ。確かに今まで私はキーン王子を無視したりゆるふわ機能説明をどっと浴びせたり好意があったようには見せてこなかった。アアアア嬢もアアアア嬢でキーン王子をこき使ったり目の前で奇行を繰り返したりしていただろう。だが二人ともゲームを忠実に再現した結果そうなっただけなので、幸せなエンディングには到達できるはずだ。多分。
「ソーシャ様、貴方の計画は絶対に阻止してみせます! 私はキーン様を支えると決めたんです。愛するキーン様のため、私は戦います!」
「『キーン様が破滅する展開、とっても楽しみですねっ!』と言ってたお前にそんな事言われても説得力欠片もねーわ」
私の真意を聞いたアアアア嬢は、自らの熱い決意を示した。このシーンは「キーン王子の助けになりたい」と考え続けていたアアアア嬢がキーン王子のために戦うことを決めた、ゲームの名シーンでもある。キーン王子もこの決意を見て思わず涙を流す……かと思ったが、前回の生放送時にアアアア嬢の本音を聞いていたためか冷めた目で見ているようだった。
『ふん。それなら私のいる最上階まで来なさい。来れるものなら、ね』
私はそうあざ笑って、アアアア嬢達との通信を切った。そして遠隔操作でアアアア嬢達の目の前にある塔の扉を開けた。
「キシャーッ! アアアアサン、アナタマタマナーヲ間違エタンデスノ!?」
「キシャーッ! アアアアサン、アナタッテ役立タズデスノネェ!」
「キシャーッ! アアアアサン、貴方ノ荷物ハ捨テテ差シ上ゲマシタワ!」
扉の奥から、モンスターっぽい見た目だが私に似たドレスを着た得体の知れない何かが飛び出してくる。なんか出来の悪いいじめっぽい文言を言い放ちながら。
「なんだこいつらー!?」
「キーン様、こいつらは汎用悪役令嬢です! ストーリーで私達を妨害する時とかに出てくる、雑魚モンスター的な令嬢です!」
「雑魚モンスター的な令嬢ってなんだよ!?」
私がアアアア嬢達に差し向けたのは、汎用悪役令嬢だ。ソーシャルゲームはだらだらとしたストーリーだけではプレイヤーが介入する余地が無くなるため、合間合間にバトルが挟まる。『楽園でキスをして』では主に合間合間に私、ソーシャがいじめをする事でその役割を担っているのだが……どうしてもストーリーの都合上私が登場できない章があったりもする。そんな時役立つのが汎用悪役令嬢だ。彼女達を出せば、アアアア嬢はストーリーの合間合間で「話の途中だが汎用悪役令嬢だっ! 迎撃の準備をっ!」と言うだけでいじめが発生する。ストーリー進行で困ったときに使えるモブキャラと言ったところか。
今回はそんな汎用悪役令嬢を有効活用し、塔の守りに使わせてもらった。今までのストーリーの敵が集結するってのも熱い展開だしね。
「くっ……数が多い! このままでは私は汎用悪役令嬢たちにマナーを教えられて上品な人になってしまう! どうしたらいいの……?」
「悪そうな見た目な割に害が全く無いな。良いじゃねーか上品になるくらいなら」
アアアア嬢は困惑した表情を見せ、大量の汎用悪役令嬢をどう対処するか悩んでいた。キーン王子は汎用悪役令嬢にそれほど危険性はない事を知り、ツッコミを入れる。
アアアア嬢絶体絶命のピンチ。だが、そんなピンチは意外な形で打開される。
「うおおおおおおお!」
響く叫び声。現れたのは屈強な男。彼は汎用悪役令嬢たちを抑えつける。
「ら、ライアンさん!」
「お嬢、キーン王子! ここは俺様に任せて先に行けっ! お前たち二人は世界の希望だっ!」
「いや、誰だよあんた」
現れたのは、第十六章でアアアア嬢やキーン王子と交流を深めたライアンさんだった。衛兵隊長である彼はご存知の通り、ダンジョンでアアアア嬢達に助けられて以降恩義を持っていた。それをこの機会で返そうとしたのだろう。
……ライアンさんを知らない? そんなー、あの神回である第十六章をスキップしただなんて人生の半分損してるってー。
「あんたたちは塔を昇りなっ! あたい達はあんたらに賭けてんだっ!」
「我々は貴方たちに救われたのであーるっ! それを返す日が来たのであーるっ!」
「さっさとソーシャを止めるネ! そんでうちの食堂のチャーハンを帰りに食べて帰るネ!」
「アンナさん、ドルペッダさん、チャオさん……皆、ありがとう……!」
「知らない人がどんどん出てくるんだがー!? そんでそれらが知らん恩義を返しに来たんだがー!?」
更に今までアアアア嬢の仲間になったアンナさん、ドルペッダさん、チャオさんが現れ、汎用悪役令嬢と戦い始めた。今まで出会った仲間が集結し、主人公たちに託すために命を賭ける。これも王道で熱い展開だ。キーン王子は誰も知らないゆえに唖然としているが。
「さぁ、行きましょうキーン様! 彼らの決意は無駄にしてはいけませんっ!」
「知らん奴の決意を無駄にするなと言われても困るぞ……」
「とにかく先へ進みましょう。私たちを守るために命燃やして死んでいったケビンのためにも、ソーシャ様を止めなくては……」
「この前の知らん奴に至ってはいつの間にか死んでるし!?」
こうしてアアアア嬢は決意を胸に、キーン王子は嫌々塔の階段を上がっていく。なんかストーリーをスキップしたせいでいつの間にか死んだケビンの無念を報いるために……。
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