数学の運命に抗わない(前編)
「先日やった数学のテストを返す。まずキーン、お前は0点だ」
「れいてん!?」
担任の先生からテストの答案用紙を返却されたキーン王子は、ぎょっとした表情で答案用紙を確認する。
そこには『0点 もっとがんばりましょう』と赤く書かれた採点が記載されており、不正解を示すバツ印で埋め尽くされていた。
「あらあら。キーン王子ったら、意外と数学が苦手でしたのね。言ってくれたら私が教えて差し上げましたのに」
私が席に戻ってきたキーン王子をクスクスと笑うと、彼は不満げな表情で叫ぶ。
「まったく納得がいかん! 変な文章だったが俺の計算は間違ってなかったはずだぞ。この学園、採点もおかしいんじゃないか!?」
「そんな事無いはずですわ。確かに今回のテストは難しかったですが、私は何とか満点を取れましたので頑張れば解けるはずですわよ」
「そんな馬鹿な……じゃあ俺が馬鹿なだけなのか……?」
彼は採点がおかしいと主張した。が、私が満点を取れたと言うと彼自身の実力不足だったのではないかと不安を募らせて始めた。
「キーン様、ソーシャ様ー。三人で見直ししませんか? 私も結構間違えちゃったんで、次回のいじめに備えて数式とかを覚えておきたいんです」
「そうですわね。いじめの攻略には数式を覚えておいた方が便利ですものね」
するとアアアア嬢が私達の元に近づいてきて、テストの見直しを提案してきた。確かにこのままキーン王子が0点ばかり取るのはストーリー上良いことではない気もするし、それにアアアア嬢には数式を覚えて貰ったほうが今後のいじめ攻略に役立つ。なので私は三人でのテストの見直しを快く受け入れた。
「数式がいじめ対策に役立つことなんてそんなないと思うんだが……。あと、お前ら二人は被害者と加害者なのになんで一緒にテストの見直しするんだよ」
キーン王子は嫌そうな表情でそう言ったが、渋々ながらテストの見直しを一緒にする事となった。私達以外に友達いないみたいだしね、キーン王子は。
***
休み時間になり、私たちは教室でお互いの答案用紙を確認し始める。楽しい楽しい見直しタイムの始まりだ。
「一問目はこれですわね」
私達は最初の問題を確認する。
===
問1
りんご(小)が千個、りんご(大)が百個落ちていた。
Aさんがこれをすべて拾った場合、合計何個りんごを手に入れたか求めなさい。
===
りんごを例にした簡単な足し算の問題だ。この程度なら誰でも解けるはず。
「簡単な問題ですわね。王子、この問題の答えは分かりますか?」
「流石にこんな足し算で間違えるわけないだろう。千百個、それ以外に答えようがない。むしろなぜこんな簡単な問題が出るんだ?」
キーン王子は千百個と答え、この問題の難易度の低さに疑問を抱いている。だが……。
「間違ってますわ、キーン王子」
「はぁっ? りんご千個とりんご百個なんだから全部でりんごは千百個だろう?」
私はキーン王子の答えが間違っているとはっきりと告げた。キーン王子は顔を歪ませ、自分の答えは間違っていないと主張している。
「違います。ここをよく見てくださいな」
私は問題文を指さした。そこは『りんご』の後に括弧で括られた、(小)の字である。
「しょ、小……? これはりんごの大きさの部分で、問題には関係ないと思うのだが……」
「関係大ありです。(小)と付いていたら、数字の補正が五パーセントかかるんですのよ。なので今回の場合小さい方のリンゴは千五十個あるわけです」
「数字の補正が五パーセント!? どっからそんな補正が出てくる!?」
「更に(大)の場合は補正が三十パーセントに増えます。つまりリンゴは千五十個と百三十個あるという訳です」
「問題文に書いてない補正をかけるなよっ! 馬鹿じゃないのか!?」
ソーシャルゲームは細かな計算式で成り立っている物が多く、至る所に計算式が隠れている。だが細かな計算式を開示するのを嫌っているのか、そのほとんどは数字ではなく曖昧な文章で書かれていることが多い。そのためプレイヤーが正確な計算をしたい場合は、文章から隠れた補正を見出さなくてはならないのだ。『楽園でキスをして』でもその悪習はしっかり引き継がれているため、ガチガチに計算したい人たちにとっては面倒くさい仕様となっていた。
たとえば攻撃力を上げるためには『攻撃力上昇(小)』や『攻撃力上昇(大)』と言ったスキルを使うが、それぞれ何パーセント攻撃力が上がるかは括弧内に書かれた文字で判別するしかない。『楽園でキスをして』では括弧内の文字によって適応される補正はある程度決められており、小の場合は五パーセント、大の場合は三十パーセントである場合が多いのだ。なので今回の場合も同じようにリンゴの数に補正がかかる。
ちなみにこの問題の括弧はこのゲームではだいぶ分かりやすい表記である。『楽園でキスをして』は運営が長引くにつれて(超特大)やら(極大)やら「この二つ、どっちの方が補正が高いの?」みたいな分かりづらい表記が増えたり、同じ表記なのに微妙に補正が違ったりと文面から読み取る事も難しくなっていったので、そういった問題を出されたらこっちも少し悩んだかもしれない。
「あぁもう、つまり千百八十個が正解だったわけだな!?」
「違います」
「違うの!?」
「Aさんはドロップアイテムを五パーセント増やす能力を持っています。なのでりんごは五パーセント増えるんですのよ」
「どんな能力だよ!? 文中の登場人物に錬金術みたいな能力持たせるんじゃないっ!」
補正は括弧だけではない。実は文中に登場する『SSR Aさん令嬢』はドロップアイテムを五パーセント増やすスキルを持っているのだ。なのでAさんがりんごを拾ったらこの補正が適応されるのは一般常識である。
「更にりんごには二倍ほどの補正がのります」
「さらに増えんなよ!? 何が関係して二倍になったんだ!」
「今学園では『りんご二倍キャンペーン』を行っておりますので、りんごの入手量が二倍になるんですのよ。とってもお得なキャンペーンですわね」
「なんで学園のキャンペーンを数学の文章題にも反映させなきゃいけないんだよぉ!?」
更に更に、学園では定期的に様々なキャンペーンをやっているのだが、ちょうど今は『りんご二倍キャンペーン』をやっているのでこの問題のりんごも二倍入手可能なのだ。
「ちなみにAさんのドロップアイテム五パーセント上昇とリンゴ二倍キャンペーンの上昇は同枠扱いなので計算の際は気を付けてくださいましね。つまり1180×1.05×2ではなく1180×2.05で計算するのです」
更に更に更に注意事項として、これらすべての補正が全部単純な乗算という訳でなく補正の種類によって加算を挟んだり変な計算式を絡めたりするので、計算間違いが起こりやすい。なので仕様を熟知しないとこの問題を何も使わず解くのは難しいので気を付けよう。
「計算ルールがなんも分からーんっ! お前らなんでこんな問題を簡単って言ったんだよー!?」
ここまで聞いて、キーン王子は問1の意外過ぎる難易度に頭を抱えてしまった。大丈夫大丈夫、慣れれば解けるって。
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