生放送の運命に抗わない(前編)

「楽キス生放送~~~~~~~!」

「「ぱちぱちぱちぱち~!」」

「なんか始まった!?」




 それはニンキーナ王妃の楽し気な声とともに始まった。周囲にはカメラマンや音声係などのスタッフ。ニンキーナ王妃と横並びの席に座って拍手する私とアアアア嬢。そして突然何かが始まった事に驚くキーン王子。


「さぁ始まりました、『楽園でキスをして』略して楽キスの最新情報などをお伝えする楽キス生放送。本日も番組MCを務めます、ニンキーナ・オーゾディスです。よろしくおねがいします」

「母上、母上! なんなのですかこの横並びの席となんか高性能な機械を持っている周囲の人間達はっ!? これから何を始める気なのです!?」


 ニンキーナ王妃は自己紹介をしながら番組の進行を進めていくが、どうやらキーン王子はこの状況をよく理解できていないようだ。まぁ、この世界はファンタジックな世界観だから周囲にあるカメラやモニターなども彼は理解できていないのだろう。そもそもなんで今ファンタジックな世界観にカメラやモニターがあるんだろうか。だいぶ謎だが私が指摘してもややこしくなるから触れないでおこう。


 私はそんな彼を小声で注意する。


「キーン王子、お黙りになってくださいな。今ニンキーナ王妃は司会進行中ですのよ。邪魔してはいけませんわ」

「ソーシャ! これは一体何の茶番だ! いきなり教室から連行されて席に座らされたと思ったら、何かが始まったんだぞ!?」

「この番組は楽キスの最新情報を、ゲストと共にお伝えする情報番組ですわ。いくつかの動画配信サイトで生放送されており、配信記念のキャンペーンも各種SNSなどで実施していますわ」

「いや、そもそも楽キスがなんなのかをよく知らないし、しかも世界観をぶっ壊す単語ばかり言っているような気がするぞ!?」


 ある程度予算を持っているソーシャルゲームというものは、宣伝やプレイヤーへの情報提供の一環として独自の番組を動画配信サイトで放送する事がある。『楽園でキスをして』も楽キス生放送と言う生放送番組を配信していた。登場人物の声優や運営スタッフなどを呼んで、トークやクイズ、ゲームの最新情報などさまざまなコーナーを放送していたのを覚えている。

 どうやらこの世界でもこの番組はちゃんと存在しており、登場人物である私達が司会やゲストとなる形で配信するようだ。いよいよもってこの世界の世界観がだいぶ意味不明になった気もするが、私はキーン王子を幸せにする道筋しか考えてないので気にしてない。


「今日はオモナブタイ王国で一番気高き伝統ある学園、オモナブタイ貴族学園の創立三周年が近づいているという事で、それを祝したイベントの情報を皆さんにお伝えする予定ですの。キーン王子はそのゲストとして呼ばれたわけです」

「ゲストとして呼ぶならせめて事前に言えよ! あと、創立三周年なのこの学園!? 伝統全く無いじゃん!」


 今回の楽キス生放送は『オモナブタイ貴族学園創立三周年スペシャル!』と題したゲームリリース三周年を記念する放送で、それに関連する記念イベント情報を伝えるのが主な内容である。そのため今回はゲスト陣としてメインキャラであるキーン王子にも来てもらったのだ。突然の招集と学園の伝統もへったくれもない創設期間に、キーン王子はいつも通りのノリでツッコんだ。




 そうこう注意をしている間に、番組が進行していく。まずはゲストの紹介コーナーだ。


「それでは素敵なゲストの皆様をご紹介します。まずはアアアアさん」

「主人公のアアアア・アアアアア役をやらせてもらってます、アアアア・アアアアアです! 今日は初めて楽キス生放送でドキドキしています! この緊張感はアアアア役を初めて演じた時以来ですね!」

「『アアアア役を演じた』ってなんだよ。今までの行動が演技だったとでも言うのか?」


 アアアア役のアアアア嬢はにこやかな表情でカメラに向かって挨拶をする。彼女は初出演のため緊張しているようだ。『アアアア役』の部分にキーン王子は引っかかったようだが、こういう生放送は声優が出る時などに「○○役の○○です!」とよく言うので特に気にする部分ではないと思う。


「アアアアさん、今日は楽しんでいってくださいね。それでは次お願いします」

「ソーシャ・ルノアークを演じさせていただいてます、前野一香ですわ。本日も愉快な放送を目指して頑張らせていただきます」

「……いや待て! マエノイチカって誰!? お前、本名ソーシャ・ルノアークじゃなかったのか!?」


 次に私の自己紹介の番となったので、私は本名で自己紹介した。こういう時のために芸名を用意してもよかったかな、とも思うが今更遅いだろう。

 キーン王子は私の本名に驚いているが、私はソーシャ・ルノアークを演じている前野一香なのでこの自己紹介はきっと間違えていないはずだ。多分。


「前野さんも今日はキレキレですね。ではつづいてケビンさん、お願いします」

「どうもこんにちは! ケビン・ポットディノ役を演じましたケビン・ポットディノです! いやー、さっき舞台裏で前野さんとアアアアさんといじめ談義で盛り上がっちゃって……」

「誰ー!?」


 そして次に自己紹介したのはケビンだった。ケビンはややモブ顔だが、メインストーリーなどで活躍する人物だ。私やアアアア嬢とも仲が良い。アアアア嬢がストーリースキップばかりしている影響かキーン王子はメインストーリーをちゃんと読んでないらしく、彼の事を知らないみたいだが。


「ケビンさんは、ブンバンボ儀式でも大活躍でしたね。ネタバレになりますが、ブンバンボの神と戦うシーンは圧巻でしたねー」

「ええ、僕もお気に入りのシーンです! あの時キーン王子に心情を打ち明ける場面がありましたよね? 実はその前にキーン王子から演技指導していただいたんですよ~。憧れのキーン王子に指導してもらったのも相まって、すっごく楽しかったです!」

「知らないー! 例のブンバンボ儀式とやらの時にお前みたいな奴いなかったぞー!?」


 ケビンはブンバンボ儀式で出た時の裏話を語るが、キーン王子は身に覚えがないと激しく首を横に振る。まぁ、ブンバンボ儀式もアアアア嬢はだいぶストーリースキップしてたし知らないのも無理はない。


「という事で、皆さん本日はよろしくお願いしますね。それでは最初のコーナーにいきましょう!」

「……サラッと俺無視しましたか、母上?」


 ニンキーナ王妃はケビンの話を聞き終わると、そのまま次のコーナーへと移行した。キーン王子は生放送についての知識はないようだが、自分が紹介されなかったことだけは理解できたようだ。




「楽園でキスをして・カルトクイズ~!」


 最初のコーナーは楽園でキスをして・カルトクイズ。この番組恒例ともいえる、クイズコーナーだ。


「今回はオモナブタイ貴族学園に関する、簡単なクイズを出題しますのでフリップでお答えください。正解数に応じて、令嬢石が配られますので頑張ってくださいね!」

「まぁ! それは責任重大ですわね。令嬢石は貴重ですもの」

「よーし、私頑張って答えますよー! 令嬢石は絶対手に入れます!」

「僕も頑張ります! キーン王子も正解して令嬢石を狙っていきましょうね!」

「知らん男に馴れ馴れしくされたくないし、そもそも令嬢石がなんなのかそろそろ詳しい説明をして欲しいんだが……」


 このクイズコーナーは、答えに正解するとその正解数に応じた令嬢石がプレイヤー全員に配られる。そのためゲストはキーン王子を除いて全員が大はりきりだ。キーン王子も、何度も単語を聞いてるんだからそろそろ令嬢石は「貰うと嬉しい物」だと言う認識を覚えて欲しい。


「それでは始めましょう。第一問!」


 さぁ、さっそくクイズだ。ニンキーナ王妃は手元の紙に書かれた文字を読み始める。


「皆さんはオモナブタイ貴族学園でいじめをされる時にフレンドのサポート欄を活用していますよね? そのサポート欄は左から教科書属性、小言属性、生徒会属性と並んでいますが……その次に並んでいるのは何属性でしょう? フリップにお書きください!」

「なんも分からんのだがー!?」


 キーン王子が叫ぶ。フレンドのサポート欄に関する問題だが、彼は何も理解できなかったようだ。


「おっと、キーンの手が止まっていますね。ちょっと難しかったですか?」

「母上! こんな答えどころか問題の内容すら理解できないものを答えろって言われても無理なのですがっ! ちゃんと意味の通った文章で問題を出していただきたい!」


 キーン王子はニンキーナ王妃に問い詰める。問題文の意味すら理解できず、こんなものは答えられないと主張している。


「どうやらキーンは分からなかったようですね。では他の皆様、解答オープン!」


 が、ニンキーナ王妃はキーン王子の主張をあまり真面目に聞き入れずに残った私達三人のフリップを開かせた。私達三人は全員、既に答えを書いている。


「はい。『階段属性』」

「『階段属性』ですね」

「『階段属性』」

「三人とも正解です! 流石ですね~!」

「なぜ全員分かるんだーー!?」


 三人とも正解だった。うん、これは簡単な属性問題だからヘビーユーザーだったら覚えてる問題だ。


「キーン王子ったら、これは常識問題ですわよ。順番を覚えてないにしても、せめて『追放属性』くらい書いてまぐれ当たりを狙った方がよかったのでは?」


 と私が言うと。


「そんな属性、何一つ知らねーんだよっ! なんなんだその属性群はっ!」


 とキーン王子は怒った。


「それでは続いて第二問です! キーン王子はとてもかっこいい王子として有名ですが……そんな彼の最大のコンプレックスはなんでしょう?  フリップにお書きください!」

「ちょ、待って母上っ!? 何を俺のコンプレックスを曝そうとしてるんですか!? というか、今まで言ったことがないから誰も知ってるはずないでしょうが!」


 第二問はキーン王子のコンプレックス問題だった。突然の恥ずかしい情報を暴露されそうになり、キーン王子は少し顔を赤らめながらニンキーナ王妃にツッコミを入れた。


 キーン王子がツッコミを入れている最中にも、私達三人はサラサラサラとフリップに文字を書く。そしてそのフリップを伏せた。


「なんでそんなサラサラ書けたの!? お前ら俺のコンプレックス知らないだろう!?」

「お、三人早いですねー。では三人の回答、一斉にオープン!」


 私達の筆の速さに対するツッコミもキーン王子から入ったが、まぁそれは気にせず私たちは回答をオープンした。


「これは簡単ですわね。『左脇のほくろが大きすぎる』」

「『左脇のほくろが大きすぎる』。その章はちゃんと見てないけど、聞いたことはあります!」

「『左脇のほくろが大きすぎる』」

「何故知ってるーーー!? 俺の心の内に秘めたしょうもないコンプレックスだぞー!?」


 全員正解だった。キーン王子は大いに赤面している。


「キーン王子。この話題はメインストーリー第二十二章であなたがアアアアさんに語っているんです。けっこうインパクトある章だったんで皆覚えてるんですよ」

「そんなの語った覚えないって! 仮に語ったとしても、広めんなアアアア嬢!」


 このコンプレックスはメインストーリーでキーン王子が自分から言い出すシーンがあるのだ。神回と呼ばれる第二十二章のクライマックスで放たれる『俺……左脇のほくろが大きすぎるんだ……』という台詞はこのゲームの数多ある名言の一つとして語られており、SNSのトレンドにもなったほどである。なのでみんな知っていたのだ。キーン王子はメインストーリーをちゃんと見ていないようなのでアアアア嬢が広めたと勘違いしているが。


「それでは第三問! キーン王子は子供の頃に何度かおねしょをしましたが……」

「もうやめろーっ!」


 キーン王子が必死に止めているが、第三問もキーン王子関連の問題のようだ。これも有名なシーンからの抜粋なので皆正解するだろう。今日は令嬢石が豊作だ。よかったね、アアアア嬢。

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