フレンドの運命に抗わない(後編)

「じゃあいいねし終わったみたいですので、次のいじめに参りましょうか」

「はい! じゃんじゃんいじめてください!」

「……お前ら絶対仲が良いだろうに」


 あらかたいいねが終わったみたいなので、私はアアアア嬢へのいじめを再開することにした。アアアア嬢の隣ではツッコミ疲れたキーン王子がダルそうな表情で佇んでる。


「じゃあいじめをする前に、フレンドから特待生をお借りなさい。そうすればフレンドの所有する特待生と共にいじめなどを攻略する事が出来ますわ」

「待て。フレンドの所有する特待生を借りるって、どんな状況だよ。めちゃくちゃ怪しい表現なんだが」

「ご安心を。学園も認めている正式なルールです。しかも特待生を貸し借りすると貸した側も借りた側も学園から報酬を貰う事が出来ますので借りない手は無いですのよ」

「学園は変なことばっかに報酬出しすぎじゃないのか!? もっとまともな報酬の出し方をしろよっ!」


 ソーシャルゲームのフレンド機能での協力要素は、キャラクターの貸し借りと言う形が取られている物が多い。プレイヤーはフレンドが育てたキャラを一体だけ借りる事ができ、そのキャラを使う事でクエストをスムーズに攻略できるのだ。そしてキャラを貸し借りするとフレンドポイントと言う報酬が貰えることもよくある。

 もちろん『楽園でキスをして』でもそのシステムをそのまま取り入れているのだが、そのまま取り入れてしまったが故に「特待生を貸し借りする」と言うなんか怪しい表現になってしまったようだ。


「とにかく、借りれる特待生を一度見てみましょうか。フレンドの皆さん、所有している特待生をアアアアさんに見せてくださいますか?」

「いいね!」「Like!」「いいね!」「Like!」

「見せてくれるそうですわ」

「挨拶しかしてねぇじゃねぇか。それしか言えんのかそいつら」


 キーン王子からのツッコミが平常通り飛ぶが、まぁとにかくフレンドの皆さんから所有している特待生を見せてもらうことにしよう。


「まず『推しキャラは・アイドル令嬢しかいねぇ』さん。貴方の所有している特待生を出してくださいな」

「私の名前はニンキーナ。キーンとアアアアさんを守るために頑張ります」

「なるほど、『SSR ニンキーナ王妃令嬢』ですわね。アアアアさん、どうですか?」

「うーん、『諦めてはなりませんシールド』のレベルが育ってないのでいまいちですね」

「分かりました。では次のフレンドの方……」

「ストップ! ストップ! ストップゥッ!」

「どうしたんですか、キーン王子」

「母上が他人の所有物になってるんだけどぉっ!?」


 最初のフレンドが出してきたのは、ニンキーナ王妃だった。アアアア嬢が「まだ必殺技のレベルが育ってない」と言う理由で拒否しようとしたところ、反射的にキーン王子がストップをかけてきた。が、私としてはさっさと進めたいので手短に説明する。


「ニンキーナ王妃はストーリー的にも性能的にも人気ですからね。所有特待生にしたくなるのも無理はないですわよ?」

「人気だからって、王妃なんだぞ!? なんで得体の知れない名前の奴の所有物になってるの!?」

「ガチャから排出して特待生となったキャラの宿命です。諦めてください」

「どんな宿命だよっ!?」


 ニンキーナ王妃は現在環境キャラとなっている上、先日感動的な宣伝ストーリーで涙を誘った登場人物である。それゆえ、先日のブンバンボ祭のガチャを引いて入手した者はかなり多い。だからフレンドさんもニンキーナ王妃を貸し出してくれたのだろう。

 まぁ、キーン王子が感じている『ニンキーナ王妃が他人の所有物になって不快に思う気持ち』も分からなくもない。例えば悪役がめちゃめちゃ強い性能でガチャで出てきて仲間になると「このキャラは主人公に協力なんかしません! 解釈違いです!」みたいな気持ちになる時もある。キーン王子の気持ちはそれに近いのだろう。多分。

 だが実装されてしまったものは今更取り消すことなどそうそうできないし、キーン王子には諦めてもらうしかないだろう。


 という事で私は次のフレンドの所有特待生を確認することにする。


「では次。『アクキー買いました・とっても可愛いです!』さんはどんな特待生をお持ちですか?」

「私の名前はニンキーナ。キーンとアアアアさんを守るために頑張ります」

「なるほど、『SSR ニンキーナ王妃令嬢』ですわね。アアアアさん、どうですか?」

「いまいちですね」

「分かりました。では次のフレンドの方……」

「おい、母上が二人いるんだけど!? そしてどちらも得体の知れない奴の所有物になってるんだけど!? どういうことか説明しろよ!?」


 次のフレンドが出してきた特待生も、やはりニンキーナ王妃であった。どうやらこの人も先日のガチャを引いたらしい。

 キーン王子は二人目の実の母親が出現した事にとても混乱した状態となった。


「うるさいですわね、キーン王子。ずっと会う事の出来なかった自分の母親が二人になったくらいで騒がないでくださいまし。品性を疑いますわ」

「騒がない方が品性を疑うレベルの珍事だっての! なんなの、人が増殖するのってよくある事なの!?」


 私は王子を宥めるが、彼は大声でこの状況のおかしさを指摘してくる。でもどこがおかしいだろうか。確かに絵面はものすごいことになってしまってるが、こういったゲームではシステムの都合上同じ人物が複数人同時に存在する状況なんてよくある。先日だってスポーティ令嬢がガチャから大量発生してたし、私もナチュラルに分裂する事が可能だ。なのでこの世界でもそれが普通なのだろう。


 という訳で私とアアアア嬢はフレンドの所有特待生の確認を続ける。


「じゃあ次からポンポン行きましょう。次、『胃腸薬・常備したい』さん」

「私の名前はニンキーナ。キーンとアアアアさんを守るために頑張ります」

「いまいちですね」

「次。『ハンバーガーガー・タベテー』さん」

「私の名前はニンキーナ。キーンとアアアアさんを守るために頑張ります」

「いまいちですね」

「次。『ナンデコレ・ミスリード』さん」

「私の名前はニンキーナ。キーンとアアアアさんを守るために……」

「やめろーっ! これ以上母上を増やすなーっ!?」


 フレンドが特待生を出すにつれて増える、増える、ニンキーナ王妃が。よっぽどあのイベントと性能が人気だったようだ。

 元々三十人のフレンドがいるせいでキツキツになってた教室にどんどんニンキーナ王妃が押し寄せてくる。王子はパニック気味な精神状態で私達を制止しようとするが、私はアアアア嬢を効率的にいじめたいので無視した。フレンドの貸してくれる特待生は、効率的ないじめにうってつけなのだから妥協はできない。


「最後。『XXXXX・XXXXA』さん」

「うっふん。アアアアさん、貴方のせいで私おかしくなってしまいましたわ……。薄着姿ですが、王妃として貴方の役に立ちますわ」

「これは薄着衣装のニンキーナ王妃ですわね。この衣装を付けると台詞がエロティックになる仕様となりますが、それ以外に大きな問題はないのでご安心くださいな」

「ぬがああああああ!! 王妃にエロティックな台詞と格好させてる時点で問題だろうがああああああああっ!!」


 で、最後にやって来たのは薄着のニンキーナ王妃だった。ニンキーナ王妃は大人気なので登場直後早々に彼女用の薄着衣装が販売されたのだ。「これ、男性向け商品じゃない? 乙女向け恋愛ソーシャルゲームのはずだよね?」とツッコむプレイヤーが出てくるかと思われた商品だが、意外とそう言った声はほとんどなくソーシャルゲームセールスランキング一位を後押しするほどの人気商品となった。どういう客層だったんだろうねこのゲーム。

 かなりお高かった記憶もあるが、このフレンドさんはどうやら他のフレンド以上にニンキーナ王妃に色々つぎ込める強さを持っているようだ。あまりに過激な見た目ゆえ、キーン王子が憤怒してしまったが。


「おっ、いいですね~! このニンキーナ様をお借りしようと思いま~す」

「待て待て、何故薄着なら良いんだ!? 選択基準がおかしくないかお前は!」


 アアアア嬢は最後のニンキーナ王妃を見るやいなや、そのニンキーナ王妃を借りる事を決めた。王子は薄着基準で選んだと思い込んでいるからか、非常にびっくりしている。


「安心してくださいまし、キーン王子。実は薄着衣装は防御力をほんのわずかに上昇する効果があるんですのよ。きっとアアアアさんはそれを決め手にして選んだんでしょうね」

「嘘つけ! 薄着でどうやって防御しろって言うんだよ!?」


 キャラの見た目を変える衣装と言うのはソシャゲではよくある仕様だが、このゲームでは見た目を変えるだけでなくほんのわずかだが性能を向上する事ができた。なので攻略法をよく調べているプレイヤー達は決まって特別な衣装を身に着けたキャラを借りるのだ。貸し借り時の報酬も相まってなかなかにプレイヤー間の格差が広がりやすそうな仕様だが、これも商売の形の一つと言える。

 傍から見ると嬉々として過激な衣装を着た王妃を選ぶ変な人に見えてしまうが、アアアア嬢にそのような意図は全くなく性能だけを見て選んでいるはずだ。多分。


「よーし、このニンキーナ様を私が先日血を流してまで入手したニンキーナ様と一緒に編成すれば今回のいじめも乗り越えられる! ダブルニンキーナ編成でいくわよ!」

「お前も母上を取得しとんのかい!? ダブルニンキーナ編成って何なの!?」


 アアアア嬢は選んで借りた薄着ニンキーナと自身の持っているニンキーナを軸に、パーティを編成するようだ。この編成はダブルニンキーナ編成と呼ばれており、高難度のいじめを攻略する際の編成の中でもダントツで人気が高かった。ニンキーナが隣り合うその光景は王子にとって違和感だらけかもしれないが。


「ふふふ。ですが今日のいじめは高難度ですわよ? あなた、私のマッハパンチを避けきれまして?」

「上等! こっちもニンキーナ様を盾にして顔面ブチ砕くほどソーシャ様を殴って見せますよ!」

「おほほほ、ニンキーナ王妃ともどもボコボコにいたしましてよ!」


 私とアアアア嬢の高難度いじめに対する準備はもう万全だ。どちらも指をポキポキと鳴らし、今すぐにでも殴りかかりに行きそうな雰囲気となる。


「いじめっつーか単純な殴り合いしようとしてない!? やめろ! 母上をボコったら承知しないぞ!?」


 キーン王子は暴力的な展開になる事を察知し、慌てて止めにかかる。いちおう病み上がりである母親が殴られるのを恐れたのだろう。

 だがストーリーもだいぶ進行し、高難度になった私のいじめはその程度の王子の制止に屈したりしない。


「だって、アアアア嬢をビンタする程度のいじめなんて初期の初期で攻略されつくされていますもの……ストーリーが進むにつれて演出がド派手になってステゴロ戦法が増えるのは当然の事でしょう?」

「何をもってして当然なのっ!? とにかく、その拳を今すぐ下ろせって!」

「あ、残念ながら今回のいじめは王子からの制止が効きづらい高難度ギミックがありますのでその命令は聞けません。という訳で殴らせて頂きますね」

「ギミックって言うかもはやただの反逆罪だろうが!? おい、おい誰か! この暴走令嬢を止めてくれー!」


 原作のストーリー通りのいじめをするため、ステゴロ戦法でアアアア嬢とニンキーナ王妃たちに殴りかかろうとする私。それを必死に止めようとして、助けを求めるキーン王子。だいぶカオスな状況になってきた。


「安心してください、キーン様! ニンキーナ様には無敵の『諦めてはなりませんシールド』があるんですから! ニンキーナ様に危害なんて及びませんから安心してくださいね!」


 だがアアアア嬢は自信満々だった。きっとニンキーナ王妃の能力を使って勝つ自信があるのだろう。

 叫ぶキーン王子を宥めるように微笑みかけ、そして……。






 ……数刻後、そこにはボコボコにされたニンキーナ王妃とアアアア嬢の姿が!


「私の殴り勝ちですわ~~~~~~~!」

「だからっ! 王妃を殴るなああああーーーーーーっ!!」


 こうして過激さ極まりないステゴロいじめは、私の殴り勝ちで勝利した。ちなみにアアアア嬢の敗因は、借りてきたニンキーナ王妃の『諦めてはなりませんシールド』のレベルが育ってなかったせいであった。衣装だけじゃなく能力確認もちゃんとしようね!

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