イベントの運命に抗わない(後編)
以前にも言っただろうが、キーン王子の母親であるニンキーナ王妃は長い間目を覚まさない状態が続いていた。近しい者以外にはただの流行り病だと伝えられているが、実際は悪意を持った者が毒を盛っていたからだ。その事を知って以来、キーン王子は他者に対して心を閉ざし、誰もいない場所で悲しい表情を浮かべるようになった。
その件の張本人であるニンキーナ王妃は、元気な様子でキーン王子に近づいていった。キーン王子はあまりの驚きで固まっている。
「は、母上、何故ここに……。いつ目を覚まされたんですか?」
「何を言ってるのです。貴方が先月、アアアアさんを王宮に招き入れて癒しの術を施してくれたからじゃないですか」
「そんな事した覚えがないんですが」
「それにしても二人の手腕は見事でした。大魔王と通じ私に毒を盛ったドクモール卿を、あなたが断罪してくれた時を思い出しますね」
「そんな事した覚えがないんですが」
「今回の儀式も、大魔王と通じていた可能性が高いソーシャの本性を暴くためにキーンが開催を推し進めたのでしょう? 貴方ならやってくれると信じていました」
「やった覚えのない思い出がどんどん出てくるんですがなんなんですかこれは!?」
ニンキーナ王妃は、自身が目覚めた時の経緯を懐かしむように語ってくれた。ニンキーナ王妃は、ストーリーが進むとアアアアの手によって治療され学園を訪れることができるほどまでに回復する。そしてアアアアやキーンの手によって毒を盛った犯人も突き止めることができ、万事解決となるのだ。
が、これはメインストーリー第十八章辺りのお話だ。アアアア嬢はたぶんそこまで到達していない様子なので、当然キーン王子もそんなことやった覚えはない。とは言えこのイベントは第二十章の後日談となる時系列なので、当然このイベントのストーリーに出てくるニンキーナ王妃は第十八章を終えた前提のニンキーナ王妃。なのでキーン王子は救った覚えのないニンキーナ王妃と会話するという齟齬が生じてしまったのだろう。ちなみに盛大なネタバレを喰らったアアアア嬢は「へー、後々そんなストーリーがあるのかー」と、あまり気にしていない様子である。
「とにかく、貴方が無事でよかった。長く母親としての責務は果たせなかったけど、これからは貴方を守るため私も頑張りましょう」
「母上……」
まぁ、経緯をよく分かっていないとはいえ長い事会話ができなかった母親が目の前にいるのだ。キーン王子は目を潤ませて久々の母との再会に感動している様子だ。そして彼はずっと伝えたかった事をニンキーナ王妃に伝えた。
「母上、私は貴方の子に産まれた事を誇りに思っています。それだけを、ずっと伝えたかった」
「ありがとう、キーン」
キーン王子の力強い思いを聞き、ニンキーナ王妃はにっこりとほほ笑みながら感謝を呟いた。
そしてその言葉を呟くと同時に、ニンキーナ王妃の体は半透明になりだんだんと存在がおぼろげになっていく。
「……って、なんか体が消えてませんか母上? 何が起こったんです?」
「私は学園に長くいられないのです。無理を押してシールドを張りに来ましたが、学園での活動時間はここまでのようですね……」
「なんで学園で長くいると体が消えるんです? 原理を教えて欲しいんですが」
「お別れですね、キーン。貴方とまた話ができて嬉しかった」
キーン王子は突然消滅し始めたニンキーナ王妃に困惑した。一方ニンキーナ王妃は学園で消滅する運命を悟っていたのか、にっこりと別れの言葉を告げる。その別れの言葉は更にキーン王子の混乱を煽る。
「いや、待ってください母上! 突然回復したと思ったら今度はそんな意味不明なお別れとかされると非常に困るんですが!?」
「大丈夫……。心配しなくてもあなたが信じ続ければまた会えるでしょう。具体的に言うと『期間限定!ブンバンボ儀式記念ニンキーナ王妃入学ガチャ!』で令嬢石三千個支払えば会える可能性があります」
「期間限定ブンバンボ儀式記念ニンキーナ王妃入学ガチャ!? 何を言ってるんですか母上!?」
「今なら一回だけ有償令嬢石で十連入学が半額になっています……。更に有償令嬢石がお得に買えるキャリアキャンペーンを実施しているのでそれも併せて使えばお得にな
シュイーン!
……と、色々な宣伝を言い切る前にニンキーナ王妃は音をたてて消え去った。
「母上ー!? 消えたー!?」
キーン王子は完全に涙が引っ込んだ状態で叫んだ。最後のお別れが得体の知れない宣伝だった事が衝撃的だったのかもしれない。
「うぅっ。やっぱりこのブンバンボ儀式のストーリーは神ですわねぇ……。何度見てもお別れのシーンは泣けますわ」
「えっぐ……。私も初めて見ましたけど感動しました。前半はスキップしたんでストーリーの流れよく分からなかったですけど、それでも感動しました……」
「ソーシャ、いつの間に復活したんだ。てか、なんでお前ら二人が当事者の俺より感動してるの? 最後の方がよくわかんなくて涙も引っ込んだんだが」
復活した私と、アアアア嬢は二人の別れに感動で涙を流した。『楽園でキスをして』は重厚なストーリーが展開されているソーシャルゲームだったが、その中でもこのイベント内で繰り広げられるニンキーナ王妃との別れは特に名シーンとして語り継がれていた。
自身の消える運命を覚悟しながらキーン達を守るニンキーナ王妃の戦いと、別れ。そしてさりげないガチャ宣伝。プレイヤーたちがその感動的なストーリーラインに心動かされ、ソーシャルゲームセールスランキング一位をもぎ取ったという伝説もある名シーンだった。キーン王子はお気に召さなかったようだが。
「ソーシャ様、私決めましたっ! 絶対に私の力でニンキーナ王妃様をこの学園に入学させて見せますっ!」
「その勢い、大事ですわね。頑張ってニンキーナ王妃を入学させて、ストーリーを進めなさいな」
「はいっ! じゃあ一緒に行きますよ、キーン様!」
そしてこのストーリーに心動かされ、入学ガチャを決意する者がまた一人。
確かにこのシーンを見たうえ、『諦めてはなりませんシールド』のぶっ壊れ性能も知ってしまったのならばガチャを引かないという選択肢は消滅するだろう。
私は先輩ソーシャルゲーマーとしてアアアア嬢の背中を押す。アアアア嬢に幸せな未来に到達してほしい私としても、今回のガチャは是非引いて欲しいと思ったからだ。
彼女は私の言葉で意思を固めたのか、キーン王子の手を掴んでどこかへ走り出そうとする。
「いや、なぜそうなる!? というかアアアア嬢の力をどう使えば王妃を学園に入学させられるの!?」
「もちろん金の力です! 学園で大金をドブに捨てれば、令嬢石と言う石が手に入るんです。それを使って入学式を行えば、高確率で王妃様が入学してくれるんですよ!」
「なんで大金をドブに捨てると石が手に入るの!? なんでそんな得体の知れない石で入学式が開催されるの!? ちゃんと説明してくれよ!」
アアアア嬢は大金で入学ガチャ(通称:入学式)に使うための令嬢石を確保するようだ。
キーン王子は理解できてないようだが、ソーシャルゲームは専用の有償通貨を買いそれを使ってガチャを引き、キャラを当選させることで強くなることができる。ゲーム内で手に入る無償通貨でもガチャを引くことはできるが、それが足りてないアアアア嬢は有償の令嬢石を大金をはたいて手に入れるつもりなのだろう。
特に今回排出される『SSR ニンキーナ王妃令嬢』は期間限定なうえ強力な特待生となるので、有償通貨を使ってでもアアアア嬢には引いてもらいたい。王妃なのに令嬢で特待生って、属性モリモリだなとは思うが、属性過多はソーシャルゲームではよくある事だ。
「さぁ、行きましょうキーン様! ガンガン大金をドブに捨ててまた王妃様と再会しましょうっ! 王妃様が入学する確率は0.8パーセントですからねらい目ですよー!」
「大金をドブに捨てて0.8パーセントは割に合ってないだろぉーっ!? もう一度考え直せーっ!」
キーン王子の大声のツッコミを気にせぬまま、アアアア嬢は走っていく。その表情は、挑戦し続ける狂戦士のような顔つきであった。そう、ソーシャルゲーマーは時として割に合ってない賭けを勇ましくやらねばならないのだ……!
ちなみにガチャの結果だが、一週間ほどアアアア嬢が死んだ眼差しになるくらい酷い結果になったという。
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