イベントの運命に抗わない(前編)

 今日はみんなが期待していたブンバンボ儀式の当日だ。教室で「ブンバンボ! ブンバンボ!」と言う民族音楽っぽい変なBGMが流れる中、私はアアアア嬢をいつもの様にいじめている。


「あらあら、アアアアさん。相変わらずブンバンボ、ヨイヤッサ! ブンバンボ、ヨイヤッサ! ですわねぇ。それにしてもブンバンボ、ヨイヤッサ! ブンバンボ、ヨイヤッサ! だなんて見てるこっちが恥ずかしいですわ」

「わ、私そんなひどいことしてません! どうしていつもいじめるんですか! ボンババ、ボババンボ! ボンババ、ボババンボ!」

<<ステージクリア!>>

「待てっ! どこからツッコめばいいのだこれは!?」


 いつもの通り攻略を進めるアアアア嬢に対し、キーン王子のストップがかかった。いろいろと理解が及んでいない表情であった。私は困った表情を浮かべながらキーン王子に優しく説明する。


「もう、キーン王子ったら。今日はブンバンボ儀式の当日だって、お知らせ掲示板にも書いてあったでしょう?」

「どこの掲示板にこんなトンチキな儀式が始まるって書いてあったんだよ!? そもそも、ブンバンボ儀式ってなんだ!?」

「ではストーリーから説明しますね。


『キーン王子が大魔王を倒し、アアアアとの愛を確認し合った数日後の事。キーン王子はアアアアとの愛をさらに深める東洋のブンバンボ儀式に興味を示す。それを知ったアアアアは今まで出会った仲間たちと協力し、学園でブンバンボ儀式を成功させようと奮闘する。しかしひょんな事からソーシャがブンバンボの神を封印してしまい、儀式は大波乱を巻き起こす! 儀式の成功のために学園の破壊を決意するキーン王子、ブンバンボの神へプロレス対決を申し込むソーシャ、そして戦うためにハイヒールのつま先を鋭利な刃物に改造するアアアア……。様々な思いが交錯し、学園最大の奇跡が起こる!』


……これがブンバンボ儀式が始まった経緯ですわ」

「知らない経緯だよ!? いろいろと訳分からんし、俺は大魔王倒したことも儀式に興味示したことも学園の破壊を決意したことも一度もないんだけど!?」

「本来、このイベントは第二十章クリアを前提としたストーリーとなってるのでキーン王子が知らないのも無理がありませんわね。ですが第二十章をクリアしてなくても参加する事ができますので安心してください」

「第二十章って何!?」


 乙女向け恋愛ソーシャルゲーム『楽園でキスをして』では、定期的に期間限定のイベントが開催された。今回開催された『神降臨! 魅惑のブンバンボ儀式!』も、そんな期間限定イベントの一つだった。どうやらこの世界でも元々のゲームと同じようにイベントが開催されるようだ。

 このイベントはメインストーリー第二十章が公開された後に初開催されたイベントなので、ストーリーの内容も二十章の後日談として描かれている。だが「初心者にも気軽に参加してもらいたい」と言う意図からか、まだ第二十章をクリアしていない初心者でも参加可能な幅広い層が遊べるイベントでもあった。

 アアアアさんはソシャゲ慣れしているとはいえまだまだ始めたばっかりの初心者プレイヤーのようなので第二十章はクリアしていない様子。なのでキーン王子も時系列ぐちゃぐちゃで今後の展開のネタバレまみれとなった今回のイベントストーリーに混乱したのだろう。ちなみにアアアアさんは「ストーリーとか関係ねぇ周回してぇ」と言ってたのでネタバレとか気にしていないようだった。


「次にイベントの進め方を説明しましょう。このイベントは、私のいじめに反抗する事でブンバンボの神を呼ぶのが主な目的ですわ」

「神を呼ぶ因果関係が全っ然分からんし、そんなよくわからん神を呼ぼうとするな」

「ブンバンボの神を呼ぶには『破滅の書』が百個必要です。イベント内で私のいじめを攻略すると入手できるので、今もアアアアさんは私のいじめを必死で攻略しているのです」

「なんでそんな禍々しそうなもん百個も集めなきゃならないんだ。なんでいじめを攻略すると手に入るんだ」

「ちなみにブンバンボの神を入手するには学内の購買部で破滅の書と交換する必要がありますので気を付けましょうね」

「神を商品扱いしてんのっ!? 購買部は何考えてんの!」


『楽園でキスをして』ではイベントのクエストを攻略するごとにアイテムを貰える時がある。それを購買部で交換すると、限定のドレスや配布キャラを手に入れることができる。今回のイベントの目玉商品は『SR ブンバンボの神令嬢』。名前の割に性能的には大人しめなキャラだが、貰っておいて損はないキャラだ。キーン王子の言う通り神を商品扱いするのはどうかと思うが、ソシャゲではよくある事だ。


「ソーシャ様ー。このいじめもクリア安定してきたし、必要なアイテムもそこそこ集まったので次のいじめやってくださーい」

「分かりましたわ。次は『衝撃! 儀式に使う松明に色仕掛けをして文明を破壊するソーシャ!』と言うタイトルのいじめをやりましょう。このいじめの方が得る物が多いですわ」

「どんないじめをやる気だお前」


 アアアア嬢のいじめ攻略が安定してきたようなので、私はもう一段レベルの高いいじめをやる事にした。タイトルの規模がでかいのが気になったのか、キーン王子はいつもの調子でツッコんでくる。


 と言うわけで、私達もいつもの調子で『衝撃! 儀式に使う松明に色仕掛けをして文明を破壊するソーシャ!』といういじめを始める。




「オホホホホ。残念でしたわねぇ、アアアアさん。ブンバンボ儀式は中止してもらいますわ」

「な、なんでですか! まだ神を呼んでいる最中なのに……」

「あら、ご存じないの? あなたが儀式の会場として使ってる場所は予約済みなのです。私の家が主催するダンスパーティを行う準備を始めたいので、さっさと出て行ってください」

「そ、そんな! 生徒会に確認した時は、そんな予定無かったはずです!」

「確認不足じゃありませんの? 嫌ですわねぇ、これだから庶民は……」


 高笑いをしながらブンバンボ儀式の中止を伝える私。目を潤ませながら反抗するアアアア嬢。権力を駆使して卑怯な手口でいじめをエスカレートさせる私。

 ……うん。割とオーソドックスないじめである。


「……タイトルと一ミリもかすってねぇ気がするんだけど」


 と、キーン王子がごもっともな意見を飛ばしてきたので私は冷静に回答する。


「申し訳ありません。今回はいじめシーンで専用のいじめを用意するリソースはなかったので汎用的にやっているいじめを流用しているんですの。ストーリー上ではちゃんとタイトル通り文明が破壊されてますので安心してくださいね」

「安心する要素がねぇしそもそも専用のいじめってなんだよ。てか汎用的にさっきのいじめやってんの?」


 ……いくらけっこうな人気を誇っていたソーシャルゲームと言えど、グラフィックやボイス、ストーリーなどの制作リソースが限られる時もある。なので所々で似たようなクエストが発生する事もあるのだ。今回のいじめも本来なら松明などの専用グラフィックやボイスを用意していじめを行う予定だったのだろうが、制作が間に合わなかったからか「ストーリーパートではタイトル通りのいじめだが、バトルシーンでは別の汎用的ないじめをやる」というちょっと不自然な展開になったみたいだ。ソシャゲ慣れしている私たちはあまり違和感は抱かなかったが、キーンはだいぶ不自然だと思ったらしい。

 というかこの様子だと王子はいじめの前のストーリーパートは読んでないのかな? もしくはあれか、アアアア嬢はイベントのストーリーをスキップする派なのか。だから王子もストーリーを確認出来ていないのかな。




「私は諦めませんっ!」


 などと私が考えていると、アアアア嬢が凛々しい顔つきで決意を露わにする。私のいじめに対抗する術を思いついている様子だ。


「あと三ターン待機すれば、キーン様が『そのダンスパーティは中止だ』と言ってくれるはずです! なのでそれまでは防御に徹します!」

「言うつもりないんだけど!? 何を期待してたのお前!?」


 アアアア嬢はどうやら三ターン待機してキーンの助けを借りるつもりのようだ。確かにキーン王子を三ターンチャージして発動できる『そのダンスパーティは中止だ』を使えば私の計画は破綻する。彼自身は驚いてるので言うつもりなかったようだが、もしそのセリフを言われてしまったらアアアア嬢のストレート勝ちになってしまう。なので……。


「あらあら、生意気ですこと」

「あらあら、生意気ですこと」

「あらあら、生意気ですこと」

「あらあら、生意気ですこと」


 私は分裂することにした。


「なんかソーシャが分裂したんだけどー!?」

「くっ……まさかこのステージから分裂ギミックが発動するわけなの? さては分裂し続けてダンスパーティに必要な人数を揃えると言う基本戦術をとる気なのね!」

「このトンチンカンな展開のどこが基本戦術なの!?」


 キーン王子は驚いているが、ソーシャルゲームのクエストで何らかのギミックが発動してプレイヤーを苦しめるのはよくある事である。分裂ギミックはソシャゲではたまに見かける程度のギミックだろうが、この『楽園でキスをして』では結構王道なギミックである。乙女向け恋愛ソーシャルゲームとしてそのギミックってどうなの? と思うかもしれないが、元の世界のプレイヤー層からは割と「そういうもんなんだな」とすんなり受け入れられた。


「「「「その通り。そしてこのギミックがある限り、キーン王子が『そのダンスパーティは中止だ』と言っても大した効果はない……。この学園の教科書にもそう書かれている」」」」

「なんで分裂したら効果なくなるんだ。なんで教科書にそんなこと書かれてるんだ」


 ギミックが発動すると、特定の技の効果が薄くなる事も王道の展開。キーン王子の『そのダンスパーティは中止だ』も分裂ギミックとの相性が悪い事で知られており、ヘルプ欄……もとい教科書にもしっかりと一例として載ってたりするのだ。キーン王子、教科書はちゃんと読もうね。


「くっ……。このままソーシャ様が分裂を続ければごり押しでダンスパーティをされてしまう! 先に購買部で『分裂したソーシャと対決する時のためのドレス』を買った方が良かったって事!?」

「なんだそのピンポイントな用途のドレス。購買部はこの展開予測してたの?」


 アアアア嬢は悔しそうに叫ぶ。彼女はこのクエストに有効な装備『分裂したソーシャと対決する時のためのドレス』を買っていなかったようだ。あまりにピンポイントな名前だったからか、キーンのツッコミも飛んでくる。


「「「「さぁ、これで終わりです!」」」」


 だがもう悔しがっても遅い。私はすでにゲージ満タンの状態。必殺技でいじめを成功させる手筈は整え終わったのだ。


「「「「必殺! ダンスパーティの予約・既に生徒会に申請済みだから・諦めなさい・ビィーーーーーーム!!」」」」

「なんだその意味不明な光線はー!?」


 私は、アアアア嬢に向けて光速の極太ビームを指から発射した! 同時にキーン王子のツッコミが響き渡る。


「あれは……『ダンスパーティの予約・既に生徒会に申請済みだから・諦めなさい・ビーム』! あれに当たったらダンスパーティの予約が受理されてしまう!」

「派手な見た目ともたらされる影響が全然噛み合ってないっ! パーティの予約したいなら普通にしろよ!?」

「必殺技の見た目がインフレするのはよくある事でしょう!」

「知らんわっ! どんなインフレだ!」


  アアアア嬢は血の気の引いた表情でビームの解説をする。そう、この技はダンスパーティの予約が受理されるという極めてシンプルな効果。見た目とは全くかみ合っていない。だがソーシャルゲームは無駄にキラキラピカピカさせたがる傾向があるので、ダンスパーティの予約一つとってもこのように見た目をド派手にしなければならないのだ。キーン王子のツッコミもよく分かるが、演出として我慢してほしい。


 とにかく、この技はシンプルとは言え強力ないじめ。もはやアアアア嬢はこのいじめに勝つ見込みは無いだろう。


「ああっ、このいじめも撤退するしかないのね……!」


 アアアア嬢が嘆く。もはや諦めてしまった様子だ。可哀そうだが、私が手を抜いてしまっては原作から展開が変わってしまう可能性があるので手加減はできない。そういう訳で今回のいじめは私の勝ち……。




「いいえ、諦めてはなりません」

「!?」




 と思った直前、女性の澄んだ声が聞こえてきた。そして、アアアア嬢の前に半透明の巨大障壁が現れ、私の放ったビームを完全に防いでしまう!


「な、なんか障壁が出てきてビームを防いだぞ?」

「あ、あれは『諦めてはなりませんシールド』! 生徒会系攻撃のダメージを一度だけ100%カットしてくれる上に様々な追加効果をもたらすぶっ壊れ技! 私も初めて見ました!」

「生徒会系攻撃って何だよ。意味不明な解説やめろ」


 諦めてはなりませんシールド……。生徒会系の属性を持つ攻撃を放つ敵と戦う際にはほぼ必須と言われている強力な技だ。今回の『ダンスパーティの予約・既に生徒会に申請済みだから・諦めなさい・ビーム』も生徒会系の攻撃だったため、はじかれてしまったのだろう。そしてそのシールドを見た私は……。


「ぐ、ぐわあああああああっ! わ、私が滅びても、いじめは滅びぬぞおおおおおお!」


 分裂もろとも、断末魔を叫びながら爆発して倒れた。


「突然ソーシャが爆発したぞ!? 何があったの!? 大丈夫なの!?」

「『諦めてはなりませんシールド』は追加効果をもたらすって言ったじゃないですか。ソーシャ様が即死級のダメージ喰らって死ぬ事もよくあります」

「シールドのわりに殺傷力高いな!?」


 『諦めてはなりませんシールド』が強力な点は何も特定のいじめを防いでくれるだけではない。その攻撃性能も反則じみていて、この技を発動するだけでソーシャが死ぬことなんて日常茶飯事の、とても重宝する技だった。




 ……そうだ。忘れていた。このクエストにはあの人がお助けキャラとして登場するんだ。そして、登場するなり強力な技でソーシャをぼっこぼこに倒してくるんだ。


「よくここまで持ちこたえました、アアアアさん、そしてキーン。成長しましたね」


 そのお助けキャラがアアアア嬢、キーン王子、そして倒れた私の前に現れる。背が高く、美しい金髪の女性。高貴な雰囲気の漂う、どことなく雰囲気がキーンに似ているその人の名は……。


「やっぱり……。あの方はニンキーナ王妃様ね! 私、本物は初めて見た!」

「えっ。母上……?」





 ニンキーナ王妃。長い間眠りについていた、キーン王子の母親だ。

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