日課の運命に抗わない(後編)
中央広場の噴水前。私とアアアア嬢はデイリーいじめをやるためにやってきた。そして、キーン王子も何故か一緒についてきた。
「……あら? 何故ついてきたんですの王子。今回のステージは出番はないと思いますわよ?」
「いやいや、婚約者がなんかよくわかんない事をやろうとしてたら普通止めに行くだろ!」
「嫌ですわ、よくわかんない事だなんて。私たちはただデイリーいじめをやろうとしてるだけですわ」
「そのデイリーいじめがよくわかんない事だって言ってんだよ! いったい何なのデイリーいじめって!?」
「あら、知りませんの? デイリーいじめは一日一回だけ受ける事ができる、お得ないじめですわ。このいじめを受けないと、学園生活はままならないと言っても過言ではありませんわね」
「いじめにお得も何もないだろ! 嫌な思いをするだけだろうが!?」
……ソーシャルゲームでは一日一回だけプレイできるお得なデイリークエストがあったりする。それは『楽園でキスをして』でもデイリーいじめと言う名で実装されていた。悪役令嬢ソーシャからのいじめを毎日耐え抜くことで、ストーリー進行やキャラ強化に必要な報酬を大量に貰えるのだ。一日一回だけとはいえ、他のステージ周回と比べても圧倒的に効率がいいためアアアア嬢にはぜひ毎日受けていただきたいいじめだ。
そんないじめを今からやろうと企んでいるのだが、ちょっと説明しただけでキーン王子は怒ってしまった。
「とにかく、これから私はアアアアさんをいじめますのでキーン王子はそこで見ててくださいな」
「そんなこと言われて、はいそうですかと帰れるかっ! いじめなんてやめろ、ソーシャ!」
キーン王子は持ち前の正義感で、私の行動を止めようと叫び、私の蛮行を止めようと私に近づく。……のだが、私に触れようとした寸前にキーン王子の体はその場から全く動かなくなってしまう。突然自分の体が止まってしまい、王子も焦りを隠せない。
「ぐっ……! 何故だ、体が動かない……」
「キーン王子がアアアアさんを助けるコマンドは、一定ターン経過してからでないと不可能ですわ。デイリーいじめには不向きなので、今回はアアアアさんを助ける事はできないと考えてくださいまし」
「一定ターン経過ってなんだよ!?」
キーン王子は攻略キャラであると同時に救済システムの一つであった。一部の戦闘ではコマンドを選ぶことで王子が主人公を助けに来て、ゲーム展開を有利に進めることができる。だがこのシステムは強力であるがゆえに、一定ターン経たないと使用できないという制約がある。なので彼がすぐさまアアアア嬢を救う事は不可能なのだ。
……不可能なのに私を止めようとするなんて、きっと王子はアアアア嬢が心配なのだろう。そう思った私は、焦る王子をなだめようと今回は酷いいじめをしない事を伝えることにした。
「アアアアさんが守りたい気持ちも分かりますが、安心してくださいなキーン王子。今回のいじめは『こんなもの、庶民にはいらないでしょ』と言いながら噴水にアアアアさんの教科書を次々と投げ捨てるだけです。酷いいじめなんてしませんわ」
「十分酷いいじめじゃねーか」
「そんな事はございません。基本的に教科書を投げ捨てる行動しかしないので初心者でも対応しやすいいじめなんですのよ」
「どこに対応しやすい要素があるのか分からない……」
「そしてデイリーいじめなので、このいじめを毎日やり続けますわ」
「歪んだ日課にもほどがあるだろ!? アアアア嬢の教科書に何のうらみがあるんだ!?」
王子からはぽんぽんとツッコミが返ってきた。このいじめは悪役令嬢の行動パターンが一定なので無駄な行動をしなくていい攻略しやすいいじめなのだが……王子は何故か分かってくれないようだ。
「ソーシャ様ー。こっちは準備できたんでいじめを始めていいですよー」
すると少し離れた場所で準備をしていたアアアア嬢がこちらに呼びかけてきた。準備があらかた終わったのだろう。アアアア嬢の周りにはアイドル令嬢、ゴブリン令嬢、サハギン令嬢、魔王の配下にいそうなガーゴイル令嬢の四名が取り囲むように立っていた。
「あちらも準備万端みたいですわね。彼女の手持ちの中では比較的バランスのいい構成ですわ」
「アイドルを取り囲むバケモン集団じゃねーか。どこがバランスがいいんだ」
「さぁ、アアアアさん。さっそくデイリーいじめを始めましょうか」
その場から動けない王子のツッコミを聞き流し、私はアアアア嬢のそばへと近づきデイリーいじめを始めることにする。
「あらあらアアアアさん。何かお探しですの? もしかしてこの汚い教科書でも欲しいのかしら?」
事前に入手しておいたアアアア嬢の教科書を取り出し、彼女に見せびらかす。するとアアアア嬢はややわざとらしく慌てた様子を見せた。
「そ、それって私の教科書!? 返してください!」
「ふん。相変わらず生意気な口ぶりね。こんなもの、庶民にはいらないでしょ?」
私は足元にあるCPゲージをすべて消費し、噴水へと教科書を一冊投げ入れた。私のこの行動によって、アアアア嬢達の頭上にあるHPゲージが大幅に減少した。
「なんかお前らの頭上や足元に変なのがあるんだけど……!?」
「ゲージ表示ぐらいで騒がないでくださいまし王子。それぞれの生命力と精神力を可視化しているだけですわ」
「可視化が普通の事みたいに言うな! ってか、教科書投げ入れただけで生命力と精神力ってそんなに削れるもんか!?」
王子の指摘が入ったが、いじめを続ける。とにかく、この行動によってアアアア嬢達は生命力を大幅に削られたピンチの状態になった。あと二冊教科書を投げ入れれば、彼女たちは死ぬだろう。
が、ピンチであるアアアア嬢は嬉しそうな表情で叫ぶ。
「はい、勝ち確定っ! 必殺『ひ、ひどい……なんでそんなひどいことをするんですか!』を喰らえーっ!」
「ぐっ……。やはりその技を使ってきますわね……」
アアアア嬢は必殺技である「ひ、ひどい……なんでそんなひどいことをするんですか!」を放ってきた。この技は満タンになったCPゲージをすべて消費する代わりに、相手を長い間スタン状態……つまり行動ができないようにすることができる。状態異常耐性がある時の私に使っても効果はあまりないが、一部のデイリーいじめの時は状態異常耐性がゼロに設定されているので、必ずスタンが入るようになっている。なので一部のデイリーいじめでは「ひ、ひどい……なんでそんなひどいことをするんですか!」を使うのが初心者のテンプレ行動と言うわけである。
ちなみにこの技の発動タイミングは、ダメージを喰らった後の方がやりやすい。なぜならダメージを喰らうと、CPが大量に入手できるからである。ちゃんとしたパーティ編成でいじめに挑戦すれば、教科書を捨てる前に「ひ、ひどい……なんでそんなひどいことをするんですか!」を放つことができるのだが、まだキャラが育ってない上にSSRがなかなか当たらないアアアア嬢にはまだその域に達することができないのだろう。
「よっしゃ、スタン入ったぁ! 皆の者、ソーシャ様をボコれぇぇっ!」
「ギャギャギャギャーッ! 汚物ハ消毒ダー!」
「グワーッ!」
そしてスタンが入ったのを確認したアアアア嬢の一味は、モブ敵みたいなセリフを吐きながら皆で私をぼこぼこに殴りにかかる。いろんなバフやら必殺技のコンボやらが積み重なったその攻撃は、あまりにも激しかった。思わず私はグワーッ! と叫んでしまった。
「これ、いじめてるのアアアア嬢の方になってるじゃねーかっ!」
その攻撃を見た王子は、戦いの激しさに負けないくらいの大声でツッコミを入れた。確かに一見アアアア嬢の攻撃が過剰なようにも見えるが、バトルシーンが無駄に演出過剰すぎてストーリーと乖離してしまうのはゲームではよくある事だ。ストーリー上ではちょっとした口論扱いになるので問題はないだろう。多分。
やがてアアアア嬢達の攻撃は収まり、アアアア嬢の目前に「ステージクリア!」と言うでかでかとした文字がファンファーレと共に流れてきた。今回のいじめ、アアアア嬢の勝ちだ。
「げふっ。こ、今回のところは……お、王子に免じて……がふっ!」
「めっちゃふらふらしてんじゃん! 王子に免じて、とかいう前に病院行けっ!」
傷だらけでふらふらになった私を、王子は声を荒げながら心配してくれた。馬鹿げた物体を見るような眼付であったが、その気持ちは嬉しい。
そんな王子の言葉に反応するかのように、私のスカートの中から卵のような物がゴロゴロゴロゴロと沢山転がり出る。
「あぁ、いけない。つい気が緩んで卵が出てきてしまいましたわ」
「突然大量に卵を産むってどんな状況だよー!? お前はニワトリかっ!」
私が恥ずかしそうに呟くと、キーン王子は恐ろしい物を見たような表情で騒ぎだした。どうやら盛大な勘違いしているようなので、私は王子にこの状況についての説明をした。
「別に私が産んだわけではありませんわよ。このデイリーいじめは『経験値の卵』と言うアイテムを入手できるいじめですの。なのでいじめが終わった後はこういう風に卵を出すことになってるんですのよ。この難度のいじめだと……一度に五十個くらい出しましたかしら」
「産んだわけじゃなくても、スカートの中に五十個も卵隠し入れるってどういう事だよ!? それに、いじめ終わったら卵を出す意味も分からんし!」
「この卵をアアアアさんに食べさせて、より健やかに育ってもらいたいという思いでやっておりますのよ。なんならキーン王子も卵、食べますか?」
「食べねーよっ! なんでそんな出所の分からない卵を食わなきゃならないんだっ!」
「でもとっても新鮮ですのよ。ほら、殻なんて金色に輝いてて綺麗でしょう?」
「卵……本当に卵かそれ!? 金色の卵って、おとぎ話でしか聞いた事無いんだが!?」
前回のいじめと同じように、今回もドロップアイテムが用意されている。それが経験値の卵だ。現在金、銀、銅の三種類が存在し、今回出てきたのは割と価値がある金色の卵だった。
これを食べるとアアアア嬢やその仲間たちが成長することができるので、今後のいじめの攻略には欠かすことのできないアイテムだ。見た目が卵っぽいが故にドロップした時の見栄えが先ほどのように愉快になってしまうが……まぁ、これくらいちょっとした愉快さで済むだろう。多分。
しかし王子はいまだ険しい顔つきで騒ぎ立てるばかりだ。令嬢のスカートから金色の卵が沢山出てきたくらいで、これほど過剰な反応を見せるとは驚きだ。
「もぐもぐ。でもこの卵、茹でて食べると結構おいしいでふよ。もぐもぐ」
「なんでそんな得体の知れない卵食っちゃうのアアアア嬢ー!?」
そんな中、アアアア嬢はいつの間にやら金色の卵をゆで卵に加工してもぐもぐと食べまくっていた。それを見た王子は口をあんぐりさせながら叫ぶ。
「だってこの卵を食べると学園生活が楽になるんですよ。食べないという手はないです」
「どんな仕組みで楽になるんだよっ!? もう食べるのやめろ、怖いぞ!」
「嫌ですね。私はソーシャ様の卵を全部食べます! ではさらばですっ!」
「あ、こら! 卵を大事そうに持って逃げるなっ!」
キーン王子はアアアア嬢を止めようとしたが、アアアア嬢は仲間と共に卵をすべて拾い集め、逃げ去ってしまった。
「い、いったいなんなのだあの娘は……。無茶苦茶が過ぎる……」
唖然とするキーン王子。
「よしっ! 順調に原作ルートに行けそうですわね!」
「原作ルートって何!?」
そんなキーン王子の横で私がガッツポーズをすると、彼は驚いてこちらを見てきた。
ここまで、私の思惑通りに事は進んでいる。主人公であるアアアア嬢はちゃんとデイリーいじめをやってるし、拾った経験値の卵も全部食べようとしている。これなら順調にレベルを上げ、原作通りのストーリーをさくさく進めてくれるはずだ。
キーン王子がちょ~~~~~~っとばかし原作よりも苦労人気質な性格になってる気もするが……まぁ誤差の範囲だから彼とアアアア嬢が結ばれる未来は迎えられるだろう。多分。
「このまま、アアアアさんをいじめればキーン王子の未来は明るいですわね! これからもがんがんいじめまくりますわよー!」
私はさらなる決意をして、中央広場から立ち去るのだった。
「いや、こんな混沌とした学園生活がどう明るい未来につながるの!? 俺の未来考えてるならもっとまともな行動しろよーっ!」
……キーン王子本人の気持ちなど、まったく考えないまま。
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