周回の運命に抗わない(中編)

「え、あれ。いつの間にそこに!?」


 キーン王子がびっくりしている。自分のそばにいたはずの少女が、何故か少し離れた場所で再度私とぶつかっていたのだから無理はない。

 ……が、私としてはそんな王子を相手にしている暇はない。なんせ戦いはここからなのだから。

 さぁ、第二ラウンドの始まりだ。




「いったたたぁ……。あぁっ、ソーシャ様。ごめんなさい! 私、急いでてつい……」

「あらあら。何かと思ったら庶民の娘じゃないの。汚らわしいですわね」

「なっ……。私、汚らわしくなんかないですよ! 訂正してください!」

「お黙りなさいな。口のきき方には気をつけなさい。私は公爵令嬢でしてよ、もっと敬った言葉で……


「いや、さっき聞いたのと同じ会話繰り返してない!? なんでループしてるの!?」

 

 王子からのツッコミが入った。まぁ、ある程度予想はしていた反応だ。


「邪魔しないでくださいまし、王子。私たちは今周回の真っ最中なのですわ」

「しゅ、周回?」

「アアアア嬢は同じシチュエーションを何度も繰り返すことで、どんどん自身を強化することができるんですの。特に私にいじめられるシチュエーションは実入りが良くて効率がいいんですのよ。ですから私たち、暇を見ては何度も何度もいじめを繰り返すのですわ」

「なんでそんな事すると自身を強化できんの!? 意味わかんないんだけど!?」


 王子が頭を抱えて混乱している。私としては王子をもうちょっとなだめたいところだが、アアアア嬢の周回に付き合わなければならない。

 ソーシャルゲームでは同じ面を何度もプレイする「周回」と言う攻略方法がよく用いられる。何度も周回することで経験値やアイテムを入手し、今後の攻略をスムーズに進めるためだ。『楽園でキスをして』でも周回プレイは基本的な要素で、特に私との対決シーンは非常にうま味のある周回場所であった。それゆえ、ゲームと同じようにストーリーを進めるには何度も私とアアアア嬢が同じステージで対決する必要があるのだ。


「とにかく、王子はしばらく黙っててくださいまし。……何を言っているの。キーン王子がそんな表情するわけありませんわ」

「いいえ、確かに見たんです。だから私、キーン様に会ってその理由を聞きます!」

「ふん……。二度と関わるなと忠告したはずでしてよ。どうやら一度痛い目をみたいようね、このドブネズミ風情がっ!」


 私は王子を黙らせ、繰り返しとなるセリフの続きを言う。そして最終的に、再び私は激昂したふりをして、持っていた扇を振り上げる。


「またかっ! 危ないぞ、アアアア嬢!」


 王子が思わずそう叫んで私を止めようとする。……が。


「させるか! カウンタースキル!」

「カウンタースキル!?」


 アアアア嬢はどこからともなく扇を取り出して、私の持っていた扇をパチンと勢いよく吹き飛ばした。可愛らしい少女の突然の反撃に、王子は目を丸くしている。


「きゃあっ!」


 私は吹き飛ばされ、体からは「Counter! 144ダメージ!」と言うメッセージが表示される。そしてそのまま倒れこんでしまった。

 するとアアアア嬢の目前に、「ステージクリア!」と言うでかでかとした文字がファンファーレと共に流れてきた。


「いやいやいや、なんだよそのでかでかと表示される文字!? どういう仕組みなの!? それに変な音楽も流れてきたぞ!?」

「攻撃の瞬間や勝利の瞬間が分かりにくかったら嫌ですからね。こういう細かな演出もちゃんと用意しないと、プレイヤーがいなくなってしまいますわよ?」

「プレイヤーってなんだよ!?」


 王子はメッセージに対してのツッコミを挟み込んだ。私は立ち上がりながら説明するがこれにもまたツッコミが入った。


「この短時間にカウンタースキルを装備してくるとは大したものですわね……とにかく今回のところは王子に免じて、このくらいにしといてあげますわ」

「今回俺なんもしてないだろ」


 私は立ち上がって捨て台詞を吐いた。実際はアアアア嬢のカウンタースキルでフィニッシュしたので王子は今回何もしていない気がするが、お決まりのルーチンなので言わなくてはならないだろう。

 そして私は先ほどと同じようにそそくさと立ち去る……前に、ボンと宝箱を足元に置いた。宝箱は、とても巨大で銅色に光っていた。


「なんだよその宝箱……そんなでかいの、どこから取り出したの……?」

「これはドロップアイテムですわ。私が敗北したら時折置いていく事になっていますの。アアアアさんに差し上げますわ」

「さっきまで扇で叩こうとしていた人物にそんな豪華そうな宝箱プレゼントするって、お前どんな神経してんの……?」


 王子が変わり者を見る表情でそう言ってきたが、私の今回の役目は終わったのでさっさと走り去ることにする。


「ちくしょうっ……! 銅の宝箱なんて不要なんだよ! 金の宝箱よこせー! 最低でも銀の宝箱ぐらいはよこせー!」

「アアアア嬢はアアアア嬢で、なんでもっと豪華な品要求してんの!?」


 アアアア嬢の怒りの声とキーン王子のツッコミ声が後ろから聞こえてきたが、無視して廊下をダッシュで駆け抜ける。二度目の衝突イベントも上手くこなせた私は、ひそかに安堵の表情を浮かべた。




 が、二度ある事は三度あるという。またもや廊下の角から何者かが走ってきて、私に衝突してきた。


「きゃっ!」

「きゃっ!」

「また衝突した!? あとこの廊下、角が多くない!?」


 キーン王子の驚きの声をバックに、ぶつかった衝撃でまたもや転倒する。いったい誰がぶつかったのかと相手をよくよく見れば……。




「いったたたぁ……。あぁっ、ソーシャ様。ごめんなさい! 私、急いでてつい……」

 主人公 アアアア・アアアアア。


「もう、ソーシャちゃんってばうっかりさんだねっ。もっと運動して感覚を研ぎ澄ませた方が良いよっ!」

 R スポーティ令嬢。


「ゲゲゲ! ソーシャ、コロンダ! コロンダ! 魔王様ニ報告スル!」

 SR 魔王の配下にいそうなガーゴイル令嬢。


「やっほー! 皆、私の衝突ライブに来てくれてありがとーっ!」

 SSR アイドル令嬢。


「もう、ソーシャちゃんってばうっかりさんだねっ。もっと運動して感覚を研ぎ澄ませた方が良いよっ!」

 R スポーティ令嬢。



 以上、五名の特待生が衝突してきた相手だった。



「変な奴らが集団で出た!? つーかなんで五人がいっぺんに衝突してきたの!? どう考えても作為的なんだけど!」


 キーン王子は、五人同時衝突が不自然だと感じたようでまた叫んでしまった。


「なるほど。リセマラで手に入れたアイドル令嬢を軸にした高速周回パーティで攻めると言うわけですか。ですがサブメンにアイドル令嬢とやや相性が悪いスポーティ令嬢を入れているのが惜しいですわ。今後新しい特待生が手に入ったら改善するとよさそうですわね」

「何納得した表情してんの、ソーシャ!? 俺にも分かるように説明しろよっ!」


 叫び続けるキーン王子を半ば無視して、私は感心したような表情でアアアア嬢たちを見つめた。

『楽園でキスをして』でストーリーをこなすのに重要なのは、何よりも仲間の編成だ。このゲームでは主人公とガチャなどで出た特待生を、合計五人までいじめなどに参加させることができる。強い特待生を沢山編成すれば、ストーリーをこなすのが楽になるし周回も早くなる。だからこの衝突イベントでも、五人で攻略するのが基本的な最適解なのだ。

 まだまだ荒削りとは言え、アアアア嬢が最初の衝突時よりも理にかなった編成を組んで衝突してきてくれたことに少しだけ嬉しく感じた。これで周回の効率も上がるだろう。


「あらあら。何かと思ったら庶民の娘とスポーティ令嬢と魔王の配下にいそうなガーゴイル令嬢とアイドル令嬢とスポーティ令嬢じゃないの。汚らわしいですわね」


 私は嬉しい思いを胸に秘めつつ、先ほどまでと同じようにアアアア嬢たちをいびった。するとアアアア嬢たちは私の嫌味を聞くなりすくっと立ち上がり、怒った表情を見せコンボを発動させた。


「なっ……。私、汚らわしくなんかないですよ! 訂正してください!」

 1COMBO!


「このボールにすべてをかける! 汚らわしくなんてないシュート!」

 2COMBO!


「ゲゲゲ! コレデ終ワリダ! オ前ノ悪事ヲ魔王様ヘ報告パンチ!」

 3COMBO!


「キラキラのステージをあなたにっ! むしろ私は綺麗なのよダンシングっ!」

 4COMBO!


「このボールに、すべてをかける! 汚らわしくなんてないシュート!」

 5COMBO!


「オールコンボにより、合体技発動! 【なっ……。私、汚らわしくにすべてをかけるノ悪事ヲ魔王様ヘは綺麗なのよなんてないシュート】っ!」

「コンボって何なのー!? というかなんだその変な名前の技ー!?」


 アアアア嬢たちが反論を5コンボ決めたことにより、合体技である【なっ……。私、汚らわしくにすべてをかけるノ悪事ヲ魔王様ヘは綺麗なのよなんてないシュート】が発動した。王子のツッコミの通りだいぶとんちんかんな名称だが、それぞれの反論技の名称を自動で組み合わせた結果こうなったので仕方ない。


「ぎゃああああああっ!」


 私は合体技の謎のエフェクトに飲み込まれた後、大爆発した。体からは「2554ダメージ!」と言うメッセージが表示される。

 そしてアアアア嬢の目前に、「ステージクリア!」と言うでかでかとした文字がファンファーレと共に流れた。


「なんかめっちゃ爆発したんだけどー!? 大丈夫か、ソーシャ!?」


 派手な演出がされる中、キーン王子はとても不安そうな表情でそう叫んだ。

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