周回の運命に抗わない(前編)
……連続で発生した世界崩壊が落ち着いてから少しの日数が経過した午後。私は扇をもって学園の廊下を歩いていた。扇は貴族がよく持っていそうな白のレースがあしらわれた物だ。
すると、廊下の角から突如何者かが走ってきて、私に衝突してきた。
「きゃっ!」
「きゃっ!」
ぶつかった衝撃で思わず転倒する。いったい誰がぶつかったのかと相手をよくよく見れば、それは主人公のアアアア嬢であった。
「いったたたぁ……。あぁっ、ソーシャ様。ごめんなさい! 私、急いでてつい……」
アアアア嬢は転んで座り込んだまま、申し訳なさそうな表情で私に謝ってきた。私としては、「いえいえ、こちらもうっかりしていました」程度であしらってさっさと帰りたいところなのだが……。
(残念ながら、これもストーリーの一環なのよね)
二人が廊下でぶつかるシーン……。これには見覚えがある。これはゲームではアアアア嬢が初めて私、ソーシャにいびられる重要なストーリーだった。ここで私がいびらなかったら、ストーリーは原作通りには進まずあらぬ方向へと進行してしまう可能性が高い。
キーン王子の未来を輝かしいものにするため、アアアア嬢をいじめ抜くと決意したのだ。ここで手を抜くわけにはいかない。私はスッと立ち上がりアアアア嬢をいびることにした。
「あらあら。何かと思ったら庶民の娘じゃないの。汚らわしいですわね」
「なっ……。私、汚らわしくなんかないですよ! 訂正してください!」
アアアア嬢は私の嫌味を聞くなりすくっと立ち上がり、怒った表情を見せる。私はそのままいびり続ける。
「お黙りなさいな。口のきき方には気をつけなさい。私は公爵令嬢でしてよ、もっと敬った言葉で話しなさいな」
「でも学内ではどんな生徒も平等の立場だと校則に書かれているじゃないですかっ!」
「そんなの形式的な物ですわ。実際に従う生徒なんていません」
「それでも校則は校則です! 公爵令嬢でも、所属する生徒なら従うべきだと思います!」
「生意気ですこと」
アアアア嬢はその可愛らしい見た目とは裏腹に、凛とした立ち振る舞いで私のいびりに反論を続ける。勢いに負けそうになるが、それでも私はいびりをやめる訳にはいかない。
「それよりもアアアアさん。貴方、入学式の翌日にキーン王子と二人きりで学園裏のバラ園で会っていましたわね? 噂になっていますわよ」
私は少し前に耳に挟んだ、裏のバラ園の噂を話題に持ち出す。ゲームでは主人公はキーン王子と入学式が行われた翌日にバラ園で偶然会うというストーリーがあった。おそらくそれをそのままこのアアアア嬢がやったに違いない。
「え? は、はい。でも、たまたま会ったのでちょっと日常的な会話をしただけで……」
アアアア嬢はきょとんとした顔で肯定した。そんな彼女を見て、私は馬鹿にしたような笑みを返す。
「ふん。身分もわきまえずに王子に話しかけるだなんて。図々しいにもほどがありますわ」
「ず、図々しくなんてありません! 私はただ……」
「言い訳は無用ですわ。あなた、今後は二度と王子と関わらないでくださいますかしら」
「……どうして、ですか?」
「あなたみたいな身分の低い汚らわしい人間を、キーン王子のそばに近寄らせたくないんですの。もしも今後近づいてくるようでしたら、私も容赦はしませんわ。分かりましたわね?」
私は持っていた扇をはためかせながらニヤッと作り笑いを浮かべ、アアアア嬢を挑発した。アアアア嬢は私の無茶な要求に少しだけ迷いを感じさせる表情を浮かべている。だが私の予想が正しければ、この後彼女は私の要求を拒否するはずだ。
「……嫌です」
アアアア嬢ははっきりと、否定の言葉を口にした。ビンゴだ。
「……なんですって? あなた、自分が何を言っているのかお分かりかしら?」
私がわざとらしく疑問の言葉を放つと、アアアア嬢ははきはきと拒否の理由を告げる。
「私、キーン様とまた話をしたいです。だって、バラ園でのキーン様は悲しい表情をしていました。……きっと何か困ってるんだと思います。私は、少しでも彼の助けになりたいんです!」
キーン王子の助けになりたい。これがアアアア嬢のストーリー上の行動理念である。
ゲーム上の展開のネタバレだが、キーン王子の母親であるニンキーナ王妃は長い間目を覚まさない状態が続いている。近しい者以外にはただの流行り病だと伝えられているが、実際は悪意を持った者が毒を盛っていたのだ。その事を知って以来、キーン王子は他者に対して心を閉ざし、誰もいない場所で悲しい表情を浮かべるようになった。
そんな彼の暗い表情を偶然見てしまったアアアア嬢は、彼の助けになりたいとキーン王子に何度も会うことになる。
そしてキーン王子も、彼女の健気な態度に触れるにつれて凍てついた心は溶かされ、やがて真実の愛に目覚めていく……。と言うのがゲーム上でのストーリーの主な流れだ。
アアアア嬢がゲーム上のストーリー通りの態度を示してくれたので私はほっと一安心した。このペースで進めば、彼女はキーン王子の支えになってくれるだろう。
……が、そんな態度を表には出さず、私は汚らわしい物を見る表情をし続けた。ここで私がゲームの行動から外れて態度を軟化させてしまったら、ストーリーが崩壊してしまう。
「馬鹿なことを言わないでくださいな。キーン王子がそんな表情をするわけがありませんわ」
「いいえ、確かに見たんです。だから私、キーン様に会ってその理由を聞きます!」
「ふん……。二度と関わるなと忠告したはずでしてよ。どうやら一度痛い目をみたいようね、このドブネズミ風情がっ!」
私は激昂したふりをして、持っていた扇を振り上げる。これからこの扇でアアアア嬢をぶっ叩く! って感じを見せるための演出だ。
しかし、そんな私の腕をつかんで止めに入った男が一人。
「何しているんだ。ソーシャ」
「キーン王子……」
キーン王子であった。連続世界崩壊した直後は精神が崩壊しかけてた彼であったが、翌日にはバラ園でアアアア嬢と普通にイベントをこなすまで回復したようだ。きっと「昨日の事は全部夢だった」と心を整理できたのだろう。逆に心の整理できてない状態じゃない? と言うツッコミは聞かないものとする。
……そんなキーンは険しい表情で私をにらみつける。
「話は全て聞いていた。ソーシャ、ここは皆が平等に暮らす学び舎だ。彼女の事を悪く言うな」
「……くっ」
私は悔しそうな表情を浮かべ、キーン王子の腕を振りほどく。
「今回のところは王子に免じて、このくらいにしといてあげますわ」
そして私は捨て台詞を吐いて、そそくさと走り去る。今日の戦いは私の負けだ。だが私の予定通りの負け方でもあった。
「き、キーン様。ありがとうございます」
「いや。すぐに止めることができなくてこちらこそ悪かった。……しかしソーシャの奴、なんでこんなひどいことを……」
後ろからはキーン王子とアアアア嬢が話し合う声が聞こえてくる。これでいい。このままゲームの通りにストーリーが進めば、キーン王子とアアアア嬢は打ち解ける。そしてゆくゆくは真実の愛に目覚めるはずだ。
私は小走りでキーン王子たちから距離を置こうとする。……すると、廊下の角からまた何者かが走ってきて、私に衝突してきた。
「きゃっ!」
「きゃっ!」
ぶつかった衝撃で思わず転倒する。いったい誰がぶつかったのかと相手をよくよく見れば……。
それはまたしても、主人公のアアアア嬢であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます