ソシャゲ令嬢の忙しき日々~ソーシャルゲームの悪役令嬢に転生したけど、ゲーム通りの役割を演じますっ!~

momoyama

ガチャの運命に抗わない

「み、皆さん初めまして! 私は特待生として入ってきたアアアア・アアアアアって言います! これからよろしくお願いします!」


 今日はオモナブタイ貴族学園の入学式の日。とても長い式が終わった後、生徒たちは教室に集まり各々が順番に自己紹介を始める。そんな中、たどたどしくも明るい自己紹介をするピンク色の髪とドレスが特徴的な愛らしい外見の女の子が一人。

 ……彼女の姿を見て、私は気づいた。この世界が乙女向け恋愛ソーシャルゲーム『楽園でキスをして』の世界だという事に。


 私の名前はソーシャ・ルノアーク。この世界では気高きルノアーク公爵の娘として産まれた身だが、実は前世は日本人である。たった今思い出した事だが。

 前世の私は前野一香と言う名前のOLだった。細かい経歴や死亡原因などはあんま説明する必要はなさそうなので省くが、私は前世の頃はまっていたソーシャルゲームがある。それが『楽園でキスをして』、略して『楽キス』であった。

 このゲームはオモナブタイ王国の平民だった主人公がひょんなことから特待生としてオモナブタイ貴族学園に入り、悪役令嬢のいじめを乗り越えつつ王子と愛を紡いでいくと言うストーリーである。そのストーリー性やファンタジックな世界観などが人気を誇り、日本にいた当時は相当なブームを博したソーシャルゲームであった。


 そんな人気ゲームの世界の主人公こそ、ピンク髪のあの少女。アアアア・アアアアアである。


 ……いや、実際のゲームでは名前は自由入力できるんだけどね。どうやらこの世界の主人公は適当な名付け方をするタイプのようだ。

 とにかくそんな適当な名前の彼女の外見を見ていくうち、「あ、ここはゲームの世界だ」と気づいてしまった次第である。


 そして私、ソーシャ・ルノアークという名前も『楽園でキスをして』に出てくる。その役柄は王子の婚約者であり、主人公をいじめる悪役令嬢。つまりゲームの敵役だ。今まで気づかなかったが、私は恋愛ゲームの悪役令嬢に転生してしまったというわけだ。


 これはゆゆしき事態である。ゲーム上ではストーリーが進むと、ソーシャはエンディングの直前辺りに行われる卒業記念パーティで主人公へいじめをしていた事を理由に王子から断罪され、婚約破棄をさせられてしまう。もしこの世界の未来がゲームと全く同じであったら、私も断罪されてしまうのだろうか。それはちょっと怖い。


「これはまずいわね。どうにかして未来を変えた方が良いかしら……」


 そんな事を考えたものの、具体的にどう未来を変えればいいのか分からない。いじめをやめればいいのだろうか? それともさっさと学校を去ってしまうか? いや、それとも……。


「な、なぁソーシャ。あの少女、名前が適当な気がするんだが……気のせいか?」


 そう考えている中、私の隣に座っていた金髪の高貴な男子生徒が困惑した様子で話しかけてきた。


 彼こそは……ゲームの攻略対象であり私の婚約者。この王国の王子、キーン王子だ。どうやら彼も彼女の名前の適当さに気が付いたらしい。


「多分名付けるのが面倒だったのでしょうね。名付ける時間を割くくらいなら他の事をするタイプなのでしょう」

「いやいやいや、家名まで適当ってのはちょっとどうかと思うぞ。彼女の一族が代々適当だったとでもいうのか?」

「まぁ、名前も家名も後で何度でも変更可能ですからどうでもいいと思いますよ」

「何度でも変更可能なの!? それ、名前の意味が無くなっちゃうんじゃないか!?」


 キーン王子が驚いた表情を浮かべている。確かに現実的に考えると改名を何度もできるのはどうかと思うのだが、このゲームは元々主人公の名前を途中で何度も変えられるゲームだったため仕方がない事である。

 

 驚き顔を見せる彼だが、もしもこの先の未来がゲームのメインストーリーの通りに進んだなら、彼は私との婚約を破棄した後に主人公のアアアアさんと結ばれるだろう。幸せそうなスチル絵で物語が紡がれていたのを覚えている。もし私がゲームの通りの行動をしなかった場合、その未来はどうなるのか……。

 

 ……私はキーン王子の事は好きだ。恋愛的な「好き」なのか友情的な「好き」なのかは分からない。でも彼には少なくとも幸せになってもらいたいと思っている。一体どうすれば……。

 

「よし。次の生徒、自己紹介をしてくれ」


 私の深い思考をよそに、先生が次の生徒に自己紹介を促した。


「やっほー! 私は特待生の『R スポーティ令嬢』! これからよろしくねー!」


 先生の指示に応える様に、「R スポーティ令嬢」が立ち上がり元気よく挨拶をする。


「……いや、『R スポーティ令嬢』って更に変な名前な気がするぞ!?」


 あまりに変わった名前だったためか、キーン王子はツッコミを入れる。


「キーン王子、お静かになさってくださいまし。Rはプレミアム入学で入ってくる生徒の中で一番多く排出されるレアリティですわ。そう驚くことではありません」

「プレミアム入学ってなんだよ!? 生徒の中で多く排出されるレアリティってなんだよ!? 意味が分からんぞ!」


 私がRの意味を説明して王子をなだめようとしたが、王子はなおもツッコミをし続ける。相当意味が分からなかったようだ。確かにあの名称はソシャゲ初心者には分かりづらいかもしれない。


「こらキーン王子、次の生徒の自己紹介ができないじゃないか。静かにしなさい」


 キーン王子が大声で騒いだため、先生が軽く叱ってきた。キーン王子は困った顔で反論を言おうとする。


「で、ですが先生……」

「ほら、じゃあ次の10人の生徒。一気に自己紹介してくれ」


 しかし先生は反論を聞かぬ間に、次の十人に自己紹介を促す。……と、同時に教室中にキラキラと銀色の光が降り注ぎだした。


「な、なんだ!? 何の光だこれは!?」


 突然の出来事にキーン王子が困惑する。その一方で、ピンク髪のアアアア・アアアアアはその光を見るや否や嫌そうな表情を浮かべた。


「ちっ、SR演出かよっ。いや、でもまだ確変という希望があるから大丈夫だ。よし、来い! ピックアップ特待生来い!」

「SR演出!? ピックアップ特待生!?」


 王子が興奮気味なアアアア嬢の叫びにさらに混乱を深める中、光の中から生徒が現れ自己紹介を始める。




「おっほっほ。私は特待生の『R 高飛車令嬢』でしてよ。よろしくお願いしますわ」

 R 高飛車令嬢。


「特待生の『R メイド令嬢』と申します。ご主人様、何なりとお申し付けください」

 R メイド令嬢。


「やっほー! 私は特待生の『R スポーティ令嬢』! これからよろしくねー!」

 R スポーティ令嬢。


「俺は特待生の『R 熱血令嬢』! 俺と勝負しようぜ!」

 R 熱血令嬢。


「は、はわわ~。わたし、特待生の『SR ドジっ子令嬢』でしゅ! って、噛んじゃった~」

 SR ドジっ子令嬢。


「ふふふ……わたしは特待生の『R オカルト令嬢』。すべてを呪いましょう」

 R オカルト令嬢。


「特待生の『R メイド令嬢』と申します。ご主人様、何なりとお申し付けください」

 R メイド令嬢。


「……特待生。『R 無口令嬢』……」

 R 無口令嬢。


「やっほー! 私は特待生の『R スポーティ令嬢』! これからよろしくねー!」

 R スポーティ令嬢。


「私は特待生の『R 寒がり令嬢』って言いますけど……。うぅっ! 寒ぅ~~~~い!」

 R 寒がり令嬢。



 以上、十名の特待生が自己紹介を終えた。



「ツッコミどころ多いわーっ!?」


 キーン王子は大声でそう叫ぶ。その表情は驚きやら困惑やらが入り混じった激しい表情であった。


「何を叫んでるんですか、キーン王子? あんなのどこでもよく見る十連挨拶じゃないですか」

「十連挨拶ってなんだよ!? 全員が全員変な名前だし、特待生ばっかじゃん!」

「学園生活を乗り切るには、何より味方の特待生を集める事が大事ですからね。クラスの特待生がガンガン増えるのは良いことだと思いますわ」

「特待生ってそんなガンガン増やすようなもんでもないだろ!? あと、同じ見た目の令嬢が複数人いるんだがこれは一体何なの!?」

「特待生を沢山集めると、どうしても同一人物が何人も入ってしまうのは当然の事ですわ」

「同一人物が増える怪奇現象が当然であるわけがないだろ馬鹿!?」


 私は丁寧にキーン王子に説明をするが、王子の混乱が収まる気配はない。むしろどんどん混乱が加速している様子である。


 ソーシャルゲームは、その多くがキャラクターをランダムで入手するシステムである『ガチャ』が存在する。『楽園でキスをして』も、入学ガチャで入学してきた特待生と友人になって味方につけると言う、オーソドックスなガチャシステムを持つゲームであった。なのでゲームが進行するにつれ特待生が増えるのは当然だし、キャラクターのダブりが発生するのも日常茶飯事だ。(ただの生徒じゃなくて全員が特待生である理由は、『そっちの方がプレミア感があるからスタッフがそう設定した』と聞いたことがある)

 ソシャゲ慣れしている私としては何も驚く点はないが、王子はソシャゲ慣れしていないので混乱しているようだ。まぁこの世界はファンタジックな世界観であるため、ソシャゲがないから無理もない。


「ちくしょう! SR一体とかゴミすぎるだろこの特待生共! 確率偏ってんじゃないの!?」


 そしてピンク髪のアアアア嬢は、あまり良くなかった結果にだいぶいら立っている様子であった。ガチャから排出されるレアリティにはR、SR、SSRの三種類があるのだが、今回は一番出る確率が低いSSRが出なかった上にSRも確定で排出される枠でしか出なかったため今回のガチャは一番悪い結果となったわけだ。レアリティの差についてちゃんと分かっているという事は、彼女はだいぶソシャゲ慣れはしているのだろう。


「何なの、あの少女。怖……」


 あまりにアアアア嬢が怖い表情を浮かべていたため、混乱していた王子も思わずそう呟いてしまう。




「よし、これで全員の自己紹介は終わったな。それじゃあ皆、不安もあるだろうがこれからの学園生活を楽しんでくれ。それじゃあ今日はこれで終わりだ」


 ……そんなアアアア嬢を無視し、先生が話を締めようとする。クラスの全員の自己紹介も終わったため、これで今日は解散のようだ。


「アンコールっ! アンコールっ! 特待生十連のおかわり、お願いします!」

「特待生十連のおかわり!?」


 しかしアアアア嬢、ここで止まらなかった。先生に向かって突然、特待生のおかわりを求めた。意味不明に聞こえる要求であったためか、王子が奇怪なものを見る表情で驚いてる。


「……『入学記念! 48時間限定特待生ガチャ』は令嬢石が3000個必要です。よろしいですか?」


 先生が真剣な表情でそう言うと。


「もちろん! 令嬢石は余ってるのでそれでお願いします!」

「令嬢石って何!?」


 アアアア嬢は愛らしい瞳をぎらつかせながら要求した。知らない単語が飛び出たため、王子の驚きは続く。


「よし。じゃあ十人追加だ。次の十人、自己紹介してくれ」


 そして先生がそう言うと、再び教室中に銀色の光が降り注ぎその中から十人の特待生たちが現れた……。



「やっほー! 私は特待生の『R スポーティ令嬢』! これからよろしくねー!」

 R スポーティ令嬢。


「ゲゲゲ! 俺ハ『SR 魔王の配下にいそうなガーゴイル令嬢』! オ前ノ事、魔王様ニ報告スル!」

 SR 魔王の配下にいそうなガーゴイル令嬢。


「私は『R 料理人令嬢』だ! 私に料理できないものなど無いっ!」

 R 料理人令嬢。


「ワンワン!」

 R 犬令嬢。


「わ、わ、わ、私はと、と、と、特待生の『R ド緊張令嬢』であります! よ、よ、よ、よ、よろしくお願いします!」

 R ド緊張令嬢。


「ゴブゴブゴブ」

 SR ゴブリン令嬢。


「あーだるっ。……え? 自己紹介? めんどいからパスー」

 R 面倒くさがり令嬢。


「ピチピチ……ピチピチ……」

 SR サハギン令嬢。


「ていうかあーし特待生なんですけど。マジ卍」

 R ギャル令嬢。


「やっほー! 私は特待生の『R スポーティ令嬢』! これからよろしくねー!」

 R スポーティ令嬢。



 以上、十名の特待生が自己紹介を終えた。



「さらに変なのばっかだー!?」


 王子が再び驚く。


「お、おいソーシャ! 明らかに人間じゃない奴が入学しているんだが!?」

「割といい傾向だと思いますわ。『種族:魔族』の特待生は婚約破棄などの時に強いキャラクターが多いので、SRと言えど沢山持ってると役立つかもしれませんわよ?」

「『婚約破棄などの時に強い』って何!?」

「特に『SR サハギン令嬢』はSRの中でも高難度に強いので当たりと言えるかもしれません。彼女はSRの中でもトップクラスのHPを持ち、耐久戦に優れています。反面、攻撃力の値が小さく、そこが弱いと一部の掲示板では言われていますが……実際に使ってみるとそうでもないんですの。彼女は『人間特攻』のパッシブスキルを持っているため、学園で出てくる敵を幅広くカバーできるのです。それゆえ多くの場面で火力もそこそこ期待できる、初心者には使いやすい特待生と言えますわね。更には第二スキルである『魚人の血』はHPを大回復させるうえに状態異常もほとんど回復できるため水属性の回復役としてはトップクラスの性能も持っています。レア度こそ中途半端ではあるものの、攻撃や状態異常が激しい上級クエストで彼女を使うと安定して突破することができるポテンシャルの高さが魅力の特待生ですわ。彼女の弱点は超火力を出せる特待生より周回に適してない点と、種族が魔族であるため魔族特攻を持つ悪役令嬢と出会うと優れた耐久が生かせない点でしょうか。また回復役としての役割は『SSR 水の化身令嬢』と言う対抗馬がいるのでそちらが手に入ったら役目を終えてしまうかも知れませんわね」

「長々と何サハギンの説明してんのお前!? しかも内容が全然分からないんだけど!」


 王子は大慌てで私に縋り付いてきたため、私は親切丁寧にガチャで出た特待生について説明した。特にサハギン令嬢は前世で私もお世話になった特待生なので、めっちゃ細かく説明した。しかし王子には難しい話だったのか、最終的に私に対してツッコミを入れてきた。うーん、だいぶ初心者でも分かりやすく説明したつもりなんだけどなぁ。


「くそっ! くそっ! SSRが出ないっ! ゴミガチャめがっ!」


 一方、愛らしい外見のアアアア嬢は割と役立つ特待生が入学してきたというのに更に悔しそうに地団太を踏んでいた。どうやら彼女は一番レアなSSR特待生しかいらないタイプの人間のようだ。王子も恐ろしいものを見る目でアアアア嬢を見つめている。




「よし、これで全員の自己紹介は終わったな。それじゃあ皆、不安もあ

「アンコールっ! アンコールっ! 特待生十連のおかわり、お願いします!」

「またかよ!?」


 先生が再び話を締めようとしたが、それを止めるかのようにアアアア嬢が特待生のおかわりを再度求める。王子は再び巻き起こったアンコールに驚愕した。


「……『入学記念! 48時間限定特待生ガチャ』は令嬢石が3000個必要です。よろしいですか?」

「当たり前だ! 最後の無料分、持ってけっ!」

「よし。じゃあ十人追加だ。次の十人、自己紹介してくれ」


 先ほどと近しい流れをした後、先生が追加された次の十人に対して自己紹介を促した。

 ……すると、どこからともなく大音量のファンファーレが鳴り響き、部屋中は豪華な虹色の光に包まれ始める。


「え、何この音楽? それにこの光、さっきまでと違うぞ?」

「おっしゃああああああっ! SSR演出キタアアアアっ! これは絶対ピックアップ特待生だっ! キエエエエエエエエッ!」

「光を見た途端に興奮したぞあいつ!? 頭おかしいんじゃないのか!?」


 音と光を感じ取った瞬間から困惑する王子であったが、狂喜乱舞しまくるアアアア嬢の姿を見て再度困惑した。間近であんな風に喜びの声を叫ばれたら誰だってそうなるだろう。……まぁ、私も前世でガチャ引くときに似たような狂喜乱舞したことがあるから驚かなかったけど。


「さぁ、来い! 私のピックアップ特待生ちゃん!」


 そしてアアアア嬢の呼び声に応えるかのように、虹色の光の中から十人の特待生たちが現れる。




「やっほー! 私は特待生の『R スポーティ令嬢』! これからよろしくねー!」

 R スポーティ令嬢。


「やっほー! 私は特待生の『R スポーティ令嬢』! これからよろしくねー!」

 R スポーティ令嬢。


「やっほー! 私は特待生の『R スポーティ令嬢』! これからよろしくねー!」

 R スポーティ令嬢。


「やっほー! 私は特待生の『R スポーティ令嬢』! これからよろしくねー!」

 R スポーティ令嬢。


「やっほー! 私は特待生の『R スポーティ令嬢』! これからよろしくねー!」

 R スポーティ令嬢。


「やっほー! 私は特待生の『R スポーティ令嬢』! これからよろしくねー!」

 R スポーティ令嬢。


 ……。


「スポーティ令嬢ばっかじゃねぇか! 教室がスポーティ令嬢だらけになってるぞ!?」

「ある意味運が偏っていますわね、アアアアさんって」


 私がアアアア嬢の偏った運の良さに感心し、王子がスポーティ令嬢にドン引きしている間に九人のスポーティ令嬢が挨拶を終えた。


 そして、最後の特待生が挨拶を始める……と思いきや、突如教室が暗くなり辺りに突風が吹き荒れ、激しい地鳴りが鳴り響く。


「な、なんだよこれ。天変地異か!?」

「挨拶前の演出の一つですわ。SSR特待生は挨拶も豪華ですから、こういう演出もあるんですのよ」

「演出で天変地異を起こすな!」


 王子のツッコミが掻き消えるほどの地鳴りと突風。やがて、それは収まっていき……ついに最後の特待生が、その巨大な姿を現した。


「ぐわっはっはっはっは! 我が名は『SSR ドラゴン令嬢』! この世界を滅ぼすものなりっ!」

「なっ……ど、ドラゴン!? 伝説上の生き物じゃないか!」


 ギラリと光る牙、ぎょろりとした瞳、太い四肢、巨大な図体。突如現れたその特待生に、キーン王子は驚愕する。それは紛れもなく、この世界でも伝説と呼ばれる生き物……ドラゴンの姿であった。


「ま、まさかあの少女はこのドラゴンを呼ぶ儀式として訳の分からない行動をしていたのか……? 正直意味は分からんが、そういう事なのか!?」


 王子はハッとしたような表情でアアアア嬢を見つめなおす。一連の行動を何らかの召喚の儀式だと思ったようだ。


「ちくしょおおおおおおおっ!! ドラゴン令嬢はいらねぇんだよおおおおおおっ!」

「違うんかーい!?」


 が、そんな事は無かった。アアアア嬢はドラゴン令嬢を欲していなかったようだ。勘違いをしていた王子も思わずずっこけてしまう。……まぁ、ドラゴン令嬢はSSRの中でダントツでステータスが低いうえにスキルがいまいち使いづらい物が多いため、いらないと言うアアアア嬢の気持ちは分かる。


「くぅっ……。絶対に『SSR 食いしん坊令嬢』を手に入れて見せると意気込んだのに! こんな状態で学園生活は始められないわ!」

「なんでドラゴンよりただの食いしん坊な令嬢を欲しがってんだあいつ……」


 涙を流しながら悔しがるアアアア嬢。キーン王子はそんな令嬢の発言に淡々とツッコミを入れた。




 しかし数刻ほど経ったのち、アアアア嬢は吹っ切れたような笑顔を浮かべた。


「……よーし! こうなったらこの世界は滅ぼそう!」

「なんかカジュアルに世界滅ぼす宣言しだした!?」


 笑顔のアアアア嬢の口から飛び出したのは、世界滅亡宣言だった。突如魔王のごとく壮大な宣言をしだしたためか、キーン王子はかなり驚いている。


「お、おいソーシャ! あいつ、頭がおかしいぞ!? なんで唐突に世界滅亡なんて望みだしたんだ!?」

「入学してきた特待生が気に入らなかったんでしょうね。もっと良い特待生をクラスメイトにするため、新しい世界に作り変えるのでしょう」

「なんでそんな理由で世界を作り変える必要が!? と、とにかくあいつは危ないから早く捕まえた方が良いんじゃ……」

「別にいいではありませんか、世界が滅びるくらい。減るもんじゃないんですし」

「何もかもが減ると思うんだけど!? お前も頭おかしいのかな!?」


 キーン王子がワーワー騒いでいるが、私は世界が滅びるのは当然のことだと割り切っているので別に焦りはない。なぜならここはソシャゲの世界。ソーシャルゲームでは序盤に世界を滅ぼし新しいデータを作るという事例は多々あるのだ。いわゆるガチャを良い結果になるまで引き直すリセットマラソン、あるいはリセマラという奴だ。状況を見る限り、この世界の主人公であるアアアア嬢はかなりソシャゲ慣れしている人物のようだから、リセマラするために世界を滅ぼしにかかるという結末は目に見えていた。


 そうこうしていると、教室の内部が音もなくバラバラと崩壊し始めた。そして教室の中央には『データ削除中 20%』という文字が表示されている。


「ちょ、なんか教室が崩れ始めてるんだけど!?」

「アアアアさんが世界を崩壊させているんでしょうね。この世界はもうおしまいですわ」

「お、おしまい!? 俺達、ここで死ぬのか!?」

「大丈夫ですわ。また次の周がすぐに始まりますからその時またお会いしましょう……」

「次の周ってなんだよー!? いやだー! 俺はこれから輝かしい未来を歩みたいんだーっ!」


 ……輝かしい未来を歩みたい。

 キーン王子の叫びを聞いて私はハッとなる。

 そうだ、何を「未来を変えるべきか」だの「逃げるべきか」だの悩んでいたんだろう。私は今は気高きルノアーク公爵の娘。キーン王子の望みを叶えるために生まれたようなものだ。彼が心の底から発した願い、叶えてみせなくてはいけない。

 ガラガラと滅びていく世界を目の前に、私は決意した。キーン王子をゲーム通りの幸せな未来に導くために頑張ろうと。そしてそのために必要なのは……。


「キーン王子!」

「な、なんだソーシャ! 何か助かる方法を見つけたのか!?」

「キーン王子、私決めました……。これからアアアアさんをいじめまくって見せますわっ!」


 私はキーン王子に決意を表明した。

 ゲームのソーシャ・ルノアークと同じように、主人公のアアアア・アアアアアを最大限いじめる。そうすればキーン王子はゲームと同じ幸せな未来を歩めるはずだ。私はもう迷わない。絶対にゲームと同じソーシャ・ルノアークになってやる!


「なんで突然そんな表明を!? それより世界崩壊をなんとかしてくれーっ!」


 ……が、キーン王子はそんな事よりも世界崩壊に焦っているようであった。







 こうして、世界は滅びた。

 ちなみにこの後も、アアアア嬢は531回ほどリセマラのために世界を崩壊させるのだが……長くなるため割愛しておく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る