周回の運命に抗わない(後編)
アアアア嬢達のコンボ技で大爆発した私だったが、平然とした顔で復活し再び捨て台詞を吐いた。
「……とにかく今回のところは王子に免じて、このくらいにしといてあげますわ」
「大爆発したくせに元気そうに捨て台詞を吐くな。一回病院に行けよ」
王子の険しい表情での忠告を無視し、私はちゃちゃっとと立ち去る事とする。ちなみにその足元には、銀色に光る宝箱を残した。
「おい、また宝箱置いてくんじゃねーよっ! なんでこんなプレゼントの渡し方するんだ!?」
「こんちくしょう! 銀箱なのに中身が500マネーとかふざけてんのかっ! せめて進化のかけらをよこせってんだ!」
「またアアアア嬢が悔しがってるし……!」
欲しい物が貰えなかったアアアア嬢の怒りの声と、キーン王子のツッコミ声が後ろから聞こえてきたが、前回同様に無視して廊下の角に向かって全速力で突っ走る。すると角から人が出てきて、またもや衝突! その間、コンマ5秒!
「また衝突したっ! お前、わざと廊下の角に行って衝突してないか!?」
王子がツッコんできたが、気にしない。いったい誰がぶつかったのかと相手をよくよく見なくても、当然のごとく主人公のアアアア嬢であった。
「あらあら。何かと思ったら庶民の娘じゃないの。汚らわしいですわね」
「……」
私がいつものセリフを言うが、アアアア嬢は何も喋らない。ぼやーっとした表情でどこからか持ってきた本を読んでいた。
「お黙りなさいな。口のきき方には気をつけなさい。私は公爵令嬢でしてよ、もっと敬った言葉で話しなさいな」
「……」
「そんなの形式的な物ですわ。実際に従う生徒なんていません」
「……」
「生意気ですこと。それよりもアアアアさん。貴方、入学式の翌日にキーン王子と二人きりで学園裏のバラ園で会っていましたわね? 噂になっていますわよ」
「……」
私はいつもの応対を繰り返した。アアアア嬢は何も喋らず本を読み続ける。私が意地悪な態度で話しかけても、彼女は本を読み続ける。読み続ける。読み続ける。その視界に私の姿はない。
「今度は無視されてるじゃんか、ソーシャ……。無理やり同じ会話を繰り返そうとするなよ!」
王子が無反応のアアアア嬢に対して指摘を入れてきた。が、何も問題はない。
「いえ、これは無視ではありません。オート周回モードですわ」
「お、オート周回?」
「これはアアアアさんが何もしなくても自動的に話を進めることができる便利な機能ですわ。これさえあれば本を片手間に読みながら私との口論を楽しめるというわけです!」
「それは果たして口論と呼べるものなのだろうか……!?」
私はこれがオート周回であると王子に説明をした。ソーシャルゲームでは周回を楽にする機能として、コンピュータに自動で操作してもらうオート周回モードが実装されている場合が多い。『楽園でキスをして』でも実装されていた機能で、悪役令嬢との面倒な口論もこれを使って簡略化することができた。アアアア嬢もそれを使っているだけだろう。はたから見ると王子の言う通り、もはや口論でも何でもない状態になってしまっているがシステム上は口論となっているはずなので問題はない。多分。
「ふん。身分もわきまえずに王子に話しかけるだなんて。図々しいにもほどがありますわ」
「……」
「言い訳は無用ですわ。あなた、今後は二度と王子と関わらないでくださいますかしら」
とにかく、周回を円滑に進めるため私はアアアア嬢をいびり続けた。アアアア嬢は一向にぼーっとした表情のまま本を読んでいる。
「二倍速モード、オン……」
かと思いきや、アアアア嬢は私に向かってポツリとそう呟いた。
「アナタミタイナミブンノヒクイケガラワシイニンゲンヲ(キュルキュル)キーンオウジノソバニチカヨラセタクナインデスノ(キュルキュル)モシモコンゴチカヅイテクルヨウデシタラ(キュルキュル)ワタシモヨウシャハシマセンワ(キュルキュル)」
「突然言葉のスピードが高速になってキュルキュルした声になってる!? どんな声帯持ってたらそんなことできるの!?」
アアアア嬢が二倍速モードをオンにしたようなので、私はそれに応えるように二倍速で会話し始めることにする。二倍速モードはオート周回モードと同じように周回を楽にする機能の一つで、ゲームのスピードを二倍にする。オート周回モードと併用することで爆速で周回をこなすことができるためユーザーからは好まれる機能であった。速すぎてキュルキュルした声になってしまうのが難点だが、周回速度の向上につながるなら微々たる欠点だ。初めて二倍速モードを見た王子にとっては異常事態に感じるだろうが、このゲームのユーザーには見慣れた光景の一つである。
「……」
「ナンデスッテ? (キュルキュル)アナタ、ジブンガナニヲ(キュルキュル)イッテイルノカオワカリカシラ?(キュルキュル)」
「……」
「バカナコトヲ(キュルキュル)イワナイデクダサイナ(キュルキュル)キーンオウジガソンナヒョウジョウヲ(キュルキュル)スルワケガアリマセンワ(キュルキュル)」
「……」
「フン(キュルキュル)ニドトカカワルナトチュウコクシタハズデシテヨ(キュルキュル)ドウヤライチドイタイメヲミタイヨウネ(キュルキュル)コノドブネズミフゼイガスマーッシュッ!(キュルキュルキュル)」
「もはや何の会話してんのか理解しづれぇんだよぉっ! 普通に会話しろよお前らーっ!」
聞き取りづらいスピードで口論を進めていくうち、キーン王子はキレてしまった。
そしてアアアア嬢の目前に、「GAME OVER……」という悲しげなフォントで書かれた文字が悲壮感溢れるBGMと共に流れる。
「今回は私の勝ちですわね。アアアアさんはゲームオーバーです」
「え……お前の勝ちになったの!? 何を基準に勝敗が決まったの!?」
「気づきませんでしたの? 私、今回は最後のセリフが『このドブネズミ風情がスマーッシュッ!』になってましたのよ。それが勝敗を分けたのです」
「何故セリフを変えたらお前の勝ちになるんだ……!」
キーン王子は状況が全くつかめていない様子だ。ソーシャルゲームは時々乱数や条件で敵の行動パターンが変わり敗北してしまう事故が起こる。今回もそれが起こってしまっただけの事だ。
一方、事故をもろに被ったアアアア嬢はと言えば……。
「くそっ……。オート周回も行けると思ったのに! 最後にスマッシュが来ないAIだったら、勝てたはずだったのよ!」
負けたことを相当悔しがっていた。愛らしい顔をとことん歪ませ地団太を踏んでいる。キーン王子も思わず「怖ぇぞこいつ……」と呟いてしまっている。
「……アアアアさん、あなたにはまだここの周回は早いですわ」
「なんですって?」
そんな彼女を見ていられなくなってしまったのか。私は、思わずアドバイスを口にしてしまった。アアアア嬢は悔しげな表情をやめ、私の方に顔を向ける。
「背伸びをするのもいいですが、まずは基礎から固めていくのも大事なことですわ。もっと簡単なステージで素材を集めて、成長しなさい。今はそちらの方が成長速度も速いでしょう?」
「……」
「ま、あなたみたいな汚らわしい方にはその方がお似合いでしょう? おほほほ」
私は真剣な表情でアドバイスを続ける。が、途中でアアアア嬢に甘い態度をとりすぎてるかな? と思ったため最後の方はわざとらしく侮蔑の言葉で締めくくった。
それを聞いていたアアアア嬢はしばらくぽかんとした表情だった。だがやがて強気そうな笑みを浮かべ、言葉を返してきた。
「あなたに言われなくても、成長して見せますっ! 待っててください、すぐにあなたにオート周回モードで勝てるまで成長しますからっ!」
アアアア嬢は、キーン王子の腕をつかんで私とは正反対の方向へと向かっていく。
キーン王子は突然引っ張られたので抗おうとしたが、アアアア嬢の握力が強いのか逃げることができない。
「なっ……お前、俺をどこへ連れていくつもりだ!? つーか、握力強ぇっ……!」
「今から昨日クリアした「バラ園で王子と偶然会って会話する」ステージを周回しますっ! キーン様、今からバラ園で昨日と同じ日常的な会話を何度もやりますよっ!」
「お前は何言ってんのかな!? 昨日と同じ日常会話を繰り返して何の得があるの!?」
「あのステージ、初期のステージにしては経験が積めるなのでだいぶ得なんです。まぁ、育ったらまたソーシャ様と口論したほうが得なんですけどね」
「同じ会話の繰り返しでどんな経験積めるってんだっ!? いやだ、俺は行きたくない!」
「安心してください。ちゃんと五人編成でリンチして差し上げますし、オート周回モードも二倍速モードも使いますから。これで何百回くらいか周回しましょうねっ!」
「無言のお前に対して高速で喋らされるうえ、何百回もリンチされるとか地獄だろー!? ソーシャ、助けてーっ!!」
こうして、アアアア嬢は意気揚々とバラ園のステージへと向かっていった。私に対して必死で助けを求めながら暴れるキーン王子を引きずって。私はそんな彼女らを何も言わず見送ったのだった……。
その後学生たちの間で、無言のアアアア嬢が五人組でキーン王子をリンチしていると言う噂が飛び交うようになった。全部事実である。
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