第18話

 夜のうちに待ち合わせの相談をして、ホテルの方向に近いという理由から、少し離れた駅の外で待ち合わせた。もちろん、2人とも自転車だ。そして、孫の手と、ユキが網を、私が糸とハサミを持っている。

 念のため、私たちは葉っぱも持ってきた。何か関係があるかもしれないので。

 そして問題は。

「でも、石を回収した後、どこに届ければいいんだろう?」

「大丈夫だよ、私の部屋に、入口があるから」

 ユキのゲートは自分の部屋だったらしく、その点では、アクセスできなくて失敗する、という事態にはならなそうだ。

 私たちは自転車で問題のホテルへ向かう。電話の件があるので、あまり関わりたくはなかったけど、どうせ向こうは私を見ても、電話した本人だとわからないはずだ。

 大通りをひたすら走り、少しだけ細い道を渡って、また大通りを走る。

「あれだ!」

 看板を見た瞬間に、目の前に通行人が現れ、慌ててブレーキを踏む。ちょうど信号の真ん前だったらしい。

「危ない、気をつけないと」

 ホテルの駐車場のところに自転車を置いて、そのまま中に入る。短時間だから、大丈夫だろう。

 フロントには向かわず、エントランスホールの噴水に駆け寄った。丸い、白い噴水の池の中、夢で見たのと同じ場所だ。目的の黒い石のところどころが、宝石のように青く光り、私たちにその存在が事実だと伝えてくる。

 噴水の周りはベンチのようになっていて、ちょうどモノを置きやすそうだった。その分、石まで到達するのに、長さが不可欠だ。私はさっとナップザックを下ろして孫の手を出す。袋の口を開いて、中からハサミと糸も取り出した。糸は、刺し子用の糸で、巻いたまま持ってきている。

「足りるかな?」

「大丈夫だよ!」

 ユキが金属の網を出しながら、うなずく。私は持ってきた糸を2本の孫の手に巻きつける。固く結ばないと、うまく機能しないだろう。ちょっと迷ったけれど、結局、手になっている部分のほうをそれぞれ外側になるようにして、そこを糸で結んだ。これが一番、取れにくいはずだ。

 網の部分は穴に糸を通して、取れないように固定した。その場にいた人たちが、何ごとかとこちらを見ているようだが、気にしたら作業が進まない。私はできるだけ周りを気にしないようにして、即席の道具をつくると、目的の石のほうへ伸ばした。少し距離があったけれど、腕を伸ばせば届くには、届いた。

 だが、実際にやってみると、思ったより難しいとわかる。網が固いので、石を手前に引っ張るのは簡単だった。ただ、掬い上げようとすると、そう簡単にいかないとわかる。石が網に入ってくれないのだ。

「ありゃ」

「ああ、そっかぁ」

 ユキはベンチに膝を乗せて座る。そのほうがのぞき込みやすいかもしれない。私も同じように座ると、噴水の池の真下の部分が見える。

「できるかも」

 私は石をできるだけ手前に引き寄せる。水が深いので、素手では無理だが、壁にぶつければ取れそうだ。孫の手の持ち方を変えて、手首が水に入るくらい短く持つと、私はザルの中に石を入れる。今度はうまくいった。あとはそっと引き上げる。

「やったね!」

「うん、急いで持って行かないと」

 ポケットからハンカチを出して石と手を拭き、私はナップザックに石を入れた。組み立てた孫の手の道具も、ハサミで糸を切って分解する。

「これはユキのだよね」

 孫の手1つと、ザルも返した。

「あ、家に入っちゃっていいかな?」

「一緒に行こうよ」

 2人でユキの家に自転車を走らせる。

「ご家族の迷惑にならない?」

「仕事でいないから、気づかないよ」

 だと、勝手に入ることにはなるけど。汚さないように、あまりじろじろ見ないように、気をつければいいか。

 大通りは歩道を走るので、どうしても歩行者が優先だ。ゆっくり走らないといけない場所があって、もどかしいけれど、仕方ない。歩いて帰るには遠すぎる。

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