第16話
当たってみるとは言ったものの、思いつく友だちに虫が好きそうな人なんていない。女子ばかりというのも原因かもしれないし、早紀お姉ちゃんに頼んだところで、まったく当てにならない。だからといって、そんな石のために自分で買う気も起きない。
結局、その日は何の連絡もないまま、過ぎてしまい、28日の朝を迎える。残された時間はわずかだ。もし見つからなくても、宿題は終えてある。
だけど、本当にこのままでいいのだろうか。日本の文化と関係があるなら、早紀お姉ちゃんにも相談したほうがいいかもしれない。
詳しい説明を聞く時間がなかったから、いつの時代の、どんな文化の夢なのかもわからない。もし、今まで当たり前だったものが、突然、目の前からなくなったら、どんな気持ちだろう。
携帯が鳴る。LINEではない。電話だ。奇妙な番号なのはわかった。明らかに登録されていない相手だ。
何の電話だろうか。私が電話を取ると、知らない男性の声だった。
「そろそろタイムリミットです。古い文化が消えるのは、恐ろしい話ですよ。まあ、昔は政治に都合の悪い本を……」
一瞬、ザっとノイズが走る。まるで機械か何かで電話しているみたいだ。
「……焼いてしまう事件もありましたが。そうなってしまうと、真実は見えなくなってしまうのです」
男性の声がそれだけ言うと、そのまま電話が切れてしまう。なんだか気味が悪い。今の相手はいったい、だれだったのだろう。
恐ろしい話、と男性は言った。真実が見えなくなると、何がどうなると言うのだろう。
虫取り網がなくても、石を取る方法はないのだろうか。
石はフックで引っ掛けられない。どうしても掬う道具が必要だ。挟む方法もあるかもしれないけど、マジックハンドでは、遠すぎるかもしれないし、おそらくおもちゃでは、力が足りない。
私はLINEを開く。早紀お姉ちゃんにメッセージで、現状を送ってみる。批判されるだろうか。
琴美には、LINE電話をかけてみる。
「え、虫取り網?」
「うん。柄が長くて、掬える道具があれば、取れると思うんだ」
「そう言われても、ねぇ……」
「やっぱりないか」
「ごめんね」
「いや、そんなに期待はしてなかった」
まあ、当然の結果だろう。最初から期待できるような友人はいない。
暫くしてからLINEの返信が入る。早紀お姉ちゃんからだ。
「それ、本当? もし石があったとしても、管理人が気づいて処理したんじゃない?」
私はスクリーンショットを確認する。あの少年が示した場所は、ホテルだ。だれかが管理していなければ、おかしい。電話して訊いてみるか。
ホテルの名前を検索して、電話をかける。予約ですかと訊かれてしまうが、それも仕方ない。
「ええと、噴水のお掃除をする方に質問があるのですが……」
「噴水ですか?」
かなり奇妙な質問だろう。どういった用件かと訊き返されてしまう。仕方ないので、噴水に石が落ちていたと言っている少年がいたと伝えると、ホテルの人は、そんなはずがないのですが、と言う。それに以前の話なら、今はないはずだと断言した。
話していて私が子どもだとわかったのだろう。電話を受けた女性は、私がいたずらでかけていると思ったのか、実際に来て、その場所を示したら対応する、と言ってきた。
これではどうにもならない。行って、取ってもらうしかなさそうだ。
別に区の反対側にあるわけではない。行こうと思えば、自転車でも行かれそうだった。ユキに連絡を入れて、一緒に行かれないだろうか。
ユキはあまり乗り気ではなさそうだった。
「もしかしたら、夢の世界の物質で、私たちみたいにゲートが見える人にしか、見えないのかも」
そんなこと、考えてもみなかった。
せめて何かで代用できれば取れるかもしれないけど。余った刺繍糸をどうしようかと眺めながら、私はふと、糸で枝を繋ぎ合わせられそうだな、と思った。どこかで2、3本の枝を拾って、それを糸で固く結ぶとする。その先に、網状の何かを括りつけるか、袋か何かを輪で固定するかすれば、どうにか取れるかもしれない。
ユキにアイディアをシェアすると、材料を持って集まって、現地で組み立てたほうがいいと返してきた。確かに、持って行くときにそんなつぎはぎの棒を持っていたら、変な人だ。
真っすぐな棒が手に入れば、一番いい。豚の公園は小さくて、木もほとんどない。それよりは、大規模なところへ行ったほうがいい。
遠足で出かけるような大きな公園でも、地図を見ると、そんなに遠くない場所が2ヶ所あった。季節がよければ、歩いても行かれそうだ。ナップザックを背負い、自転車で出かけて、ちょうどよさそうな枝を集めに行けばいい。
準備をしているところへ、お母さんが声をかけてきた。
「もう、ご飯になるよ」
そうだった。仕方ないので、午後にする。暑いから少し遅めの時間にしたいところだけれど、私はちょっと不安になる。明日の夕方には、おばあちゃんのところへ向かうはずだ。それまでに、石を取って、帰って来られるだろうか。
間に合わない可能性もあったが、今日はもう、そこまで遠くへ出かけられないとわかっていた。区内を南西に走らなければ、ホテルにたどり着けない。そのためには、明日の朝、早めに起きて出るしかない。
枝集めは思ったほど簡単にいかなかった。ある程度の太さがないと、石の重みでしなったり折れたりして、使いづらい。ただ、太くて真っすぐな枝を手に入れるには、切るしかなさそうなくらい、落ちてない。まさか公園から勝手に木を切ってくるわけにもいかないので、何か代わりの案が必要そうだった。
何も思い浮かばないまま、持って行ったバッグと中身以外は何も持ち帰らなかった。家にあるモノで使えそうなモノが見つからなければ、計画は失敗に終わるかもしれない。
家に帰って他の道具を集める。縫物をするための糸でネットをつくれそうだし、刺繍用の輪っかのうち内側の輪っかは、金属がついていないので、ネットの周りの部分として水に浸けてしまっても、乾かせばまた使えるだろう。
問題は長い棒だ。できるだけ、真っすぐな。
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