第14話

 26日。そろそろ新学期を意識しないといけない。英語と数学だけでも復習しておかないと。結局、石は見つからないのか。だれか他の人が見つけてくれたらいいけれど。もともと範囲が広くて、中学生1人で探し当てるには、相当な運が必要だったのだろう。

 数学の問題集の、比較的、難しいとされる問題だけをピックアップして解く。ざっと復習するだけなので、まとめの問題だけできれば、全部やらなくてもいい。わからなければ、さっさと解答を見て、やり方を復習する。それだけ。

 午前中は数学、と思っていたのに、1時間も経ったら集中力が続かなくなった。台所へ行って、麦茶を飲む。

「宿題は全部終わったの?」

「宿題はもう終わってるよ。数学と英語の復習してる」

「そう」

 お母さんはそれ以上、何も言わない。私は学校が出した夏休みの学習計画表を眺める。高い目標を設定すると、できなかったときにネガティヴになるので、あまり目標は高くしなかった。

 切り替えて、もう一度、数学を解こうとしてみる。でも、一度切れた集中力は、なかなか戻らない。面倒だと思っている勉強は、1日1時間でも頑張ったほうだと思う。

 続きは明日でいいや、と英語のテキストに切り替える。こちらはとりあえず、教科書のダイアローグを音読して、わからない単語とか表現をチェックしてみる。ノートを見て、ああ、そうだったと思い出す。それだけ。

 午前中のうちにそれだけやると、昼食を取り、なんとなくそのまま昼寝をしてしまう。冷房の効いた室内で過ごしてしまうと、なかなか外へ行く気になれなかった。

 気がつくと、私はどこかの神社の前にいた。和風の衣装を身につけた男性が、表へ出てきて首をかしげている。神社の入口には鳥居があるが、鳥居にも、周りにも、何も書いていない。それは、ただそこに存在して、空虚だった。

 また気づくと、紐で綴じられた本があった。でも、ページをめくってみても、何も書いてない。うっすらとした墨の痕跡が、なんだか怖かった。

 私は目を覚ます。夢だったか、と思って息をつく。でも、現実かもしれない。なんだか怖くなってきて、インターネットで区と「葉っぱ」を入力して検索した。大量に出てきてしまい、困って「夢」を追加する。保育園とか、公園の企画とか、夢占いが出てきた。そうじゃない。私が欲しいのは、そんな情報じゃない。私は即座にページを閉じてしまう。

 私は葉っぱを取り出して見つめた。豚の公園の夢があったはずだ。

 そのまま肩掛けバッグにいつもの持ちものとスマホを入れる。スカートを履いていたので、スマホもバッグに放り込んだ。とりあえず、豚の公園に向かう。

「また出かけるの?」

「ちょっと下の公園に」

「雨降るよ?」

「え?」

 夏だと油断してしまうけれど、お母さんはちょっと心配そうだ。私は携帯で天気予報を確認する。確かに、この後、数時間くらい雨が降りそうなことが書いてあった。

「小雨ってことはない?」

「いや、結構、降ると思うよ」

 どうやら、おとなしくするしかなさそうだ。

 そうなってしまうと、本当に暇だ。確かに、勉強をしようと思えば、できるけれど。

 友だちは家でゲームしたり動画観たりしているらしいけど、別に今、特にやりたいゲームがあるというわけでもない。

 お母さんがつくったキルトが目に入る。そういえば、前に刺繍のキットを買ってくれたんだっけ。

 特別、興味があるというわけでもない。でも、ちょっとやってみるのも、悪くない。私は裁縫箱が入った棚の引き出しを開け、引き出しの中身を丸ごと机の上に乗せた。刺繍キットを開けると、刺繍用の糸、針、輪っかの道具、下絵がついた布と、カラーの説明書がぺらっと1枚、入っている。説明書にステッチの説明が何種類か載っていて、片面には完成図がカラーで出ている。このとおりに縫えばよさそうだった。

 4本取りと書いてある。刺繍しやすい長さに糸を切って、4本だけ抜き取ろうとしてみた。これは意外と難しかった。糸が縒れているので、途中で絡まりそうになる。ゆっくりと、ねじれている部分をほぐしながら、糸を4本と2本に分けた。4本取りなら、最初から4本になっていればいいのに。これでは、全部の糸で同じ作業をしないといけない。それに、2本が余るから、2本と2本を同じ長さにして組み合わせるとか、工夫しないと使えないと思うのだけれど。

 テーマが花だったので、緑系の色や茶色、オレンジ、黄色を使う場所が多かった。別に同じ色でやらなくてもよさそうだ。糸は必要な分より多く入っていて、たいていの糸は長いものを何周かに巻き取ってあった。よく使っている緑のくすんだ色から始めた。花の茎や葉の部分を縫っていく。バックステッチ、レゼーデージーステッチの2つで縫い取っていく。

「あれ?」

 妙だ。他の色がこれだけたくさんあるのに、ほとんど全部のデザインに使うこの色が、図面どおりにやろうとすると、足りない。その代わり、どこにも使われていないはずの鮮やかな緑がたくさんあった。

「まあ、いいか」

 進行中のデザインを縫いきったら、他のは鮮やかな緑で仕上げてしまえばいい。私は気にしないことにした。

 セットに入っている糸は、デザインにしては多かった。鮮やかな青、オレンジ、黄色に緑、くすんだ青、緑、薄いオレンジの他に、鮮やかなピンク、薄いピンク、茶色に、土色っぽい茶系の色、黄緑まである。

 最初から好きな色を使えばよかったみたいだ。

 デザインで使われていたのは、茶系の2色、文字を書く薄い青、くすんだ緑、濃いオレンジ、黄色、鮮やかなピンクが少々。7色だ。キットは練習用で、それ以降は好きなだけ続ければいいという前提だろう。

 やり始めると結構、おもしろくて、どんどん縫っていった。花の形に合わせて、ストレートステッチ、サテンステッチ、フレンチノットステッチ。それに、先ほど葉っぱで使ったレゼーデージーも登場した。文字の部分には、アウトラインステッチと書いてあって、これが一番難しい。ただ斜めに縫うだけのようで、真っすぐではない文字をうまく縫い取るのは、見た目ほど簡単ではなかった。

「明美、ご飯だよ!」

 いけない。気づいたら、すっかり遅くなっていて、肩も凝っている。ちょっと夢中になりすぎちゃった。

 赤いチューリップがついたピンクのピンクッションに針を刺して、縫いかけのまま部屋を出る。結局、今日は探しに行かなかったな、と思う。

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