第13話

「29日に、おばあちゃんのところに遊びに行くよ」

「はあい」

 25日の朝。お母さんから日程を教えられた。行くのはわかっていた。もう探せるのはあと4日間だ。夏休みが終わってしまえば、学校が始まって、それどころではなくなってしまう。

 その前に、なんとかして目的の噴水を探し出さないといけない。葉っぱで変身できるらしいから、あとは動物になって水に入るしかないのは、わかっている。

 葉っぱ、ティッシュ、ハンカチ、お金をバッグに入れる。たすき掛けにして、右にバッグが来るようにした。少し長い時間出かけるので、ペットボトルが入るサイズだ。ハーフパンツのポケットにはスマホを入れる。

「どこに行くの?」

「えっとね、自転車であちこち走る」

 何とも言えなかった。ただ走るだけだ。夢の様子だと、おそらく公園ではない。どこかの商業施設だ。そうでなければ、区民センターとかホールとか、そういう大きい設備だ。

 でも、それがどこなのか、特定はできない。

 大きな建物はだいたい、大通り沿いにある。大通りを真っすぐ走り抜け、どんな建物があるか見る。携帯ショップ、カフェ、レストラン、駅、洋服やお酒のお店の前を通る。人が多くて走りづらいのが難点だ。歩いている人たちは、私の自転車を邪魔そうに見る。

 チャペルがあって、ディスカウント・ショップがある。大きな公園もあるし、区の施設や図書館もある。いくつかはビルがあって、その中にはクリニックや美容院がある。ドラッグストア、スーパーマーケット、もちろんコンビニもいくつか見かける。

 人通りが多いので、思ったほどスピードは出せない。かといって車道に出るのは危険だ。駐車している車が多すぎるから、道の真ん中を走らないといけなくなってしまう。

 横幅の大きな建物の前に来て、自転車を停めた。大きな建物だ。全部見て回れば、たぶん1日かかる。でも、目的は噴水1つだ。

 たぶん私の身長はもう、そんなに伸びない。大人の自転車を見ていて、どうしてあんなに大きなタイヤで足が届くのだろう、と不思議に思いながら、自動ドアを抜けて大きな箱の中に入って行く。

 正面にパネルが並んでいた。写真がたくさん貼られているけれど、今はそれが目的ではないし、ぱっと見では何の写真か、よくわからなかった。

 奥のほうへ進んでいくと、噴水があった。夢に出てきた噴水とは、形が違う。夢の中の噴水は、白くて円い噴水だった。上は吹き抜けで、石でできた噴水は内側へ向かって噴き出す水と、中心の高く吹き上がる水との組み合わせだった。目の前の噴水は円いが、中の形状がまったく違う。内向きの噴水はなくて、いくつか上に向かう噴水があった。

「うーん、ここにはないのかなぁ」

 一応、水の中をのぞき込んでみる。でも、石らしきものは見当たらない。

 もしかしたら上にあるかもしれない。建物の中を、一通り見てみることにする。エスカレーターが近くにあったので、私はそこから上に上がっていく。

 思ったのと少し違っていた。中はほとんど売り場で、洋服とか雑貨のお店、カフェなんかが入っていた。噴水らしきものは見当たらない。

 次へ行こう。

 外が暑いので、建物の中で地図を確認して、私は区内に留まるようにしながら、次の場所へ向かった。明確な目的地があるわけではない。道はスマホだけが頼りだ。地図を眺めると、なんとなく、大きな道路は真っすぐではないんだと思った。細い道のほうが真っすぐな気がする。

 道が斜めに割れていて、大きなトラックが何台か、向こう側へ走って行った。私はその道と別の道を取った。交番の角を曲がり、区の境界線から外へ出ないようにする。少し細い道に入ると、人も車も少なくなり、走りやすくなった。住宅があり、あまりお店の多い道ではない。美容室、歯医者、整形外科、調剤薬局がある。

 大通りに出る手前に自販機があったので、私はそこで何か買うことにした。ジュースにするか迷ったけど、さっぱりしないと思ったので、冷たい緑茶のボトルにする。

 次に入った大型店舗は、目の前に大きな装飾があったが、噴水ではなかった。一応、のぞき込んでみたけれど、やはりそれらしき石はない。

 本当に夢のとおりだろうか。それとも、公園を探したほうがいいのだろうか。なんだかわからなくなってきた。

 電話がかかってくる。お母さんだ。

「あんた、お昼、どうするの?」

「んー、帰るのは無理だと思うから、適当に食べる」

 どれだけ走ってきただろう。自転車だから、歩くより遠くへ来られるけれど、長い距離を帰らないといけない。

「じゃあ、帰ってからお金渡すから」

 外出したときのお昼代は、1000円以内に収めることになっている。基本的には500円くらいで足りるでしょ、と言われる。あまり高いところでは買えない。公園が見えたので、コンビニに入って適当なお弁当を買い、温めてもらう。公園に寄ってベンチで食べる。

 少し大きめの公園だった。木が生い茂っていて、ベンチがいくつかある。スズメの鳴き声が聞こえる。スズメなんて、最近、あまり見ない気がするのに。遊具はほとんどない。子どもが遊ぶというよりは、夏に涼みに来るような公園だったのだろう。かなり古そうだ。そういえば、小学生のころ、社会科見学か何かで、こういう公園を巡った気がする。

 暑いけれども、木の陰で、少し涼しかった。お弁当を食べてしまっても、私は少しそこで休憩していた。

 何人か、人が来たようだった。小学校高学年くらいの男の子が、虫取り網と籠を持っていた。妹らしき女の子は、おばあちゃんらしき人に盛んに話しかけ、その年配の人が何かを女の子に渡した。女の子はベンチの1つに走っていくと、そこでシャボン玉遊びを始めた。男の子は携帯を振って見せ、その場を離れてしまう。用があったら電話でもして、というところか。

 私は噴水と石について考えていた。虫取り網なんて、いいアイディアではないか。少し石が遠くにあっても、虫取り網があれば、取れそうだ。

 だけど、私自身がそんなモノを持っているわけではない。となると、持っている人に借りるか、持っている人で、葉っぱも持っている人を探さないといけない。どうにも、あまり簡単そうではなかった。

 あまり遅くなってもいけないので、私は帰る方向を意識して地図を眺めた。南西に向かってきたので、別のルートで北東へ向かえばいい。

 東京で迷子になるのは、簡単だ。似たような道がたくさんある。そして迷子になって困るのは、細い道で迷ったときだ。大通りを行けば、たいていはどこかの駅に出る。もし出なかったとしたら、それは高速道路に入る道くらいだと思う。

 選んだ道をひたすら北へ進み、途中で見つけたモールに入る。どうしてどこも同じようなのだろう。噴水か水の装飾があって、吹き抜けがあって、洋服や雑貨を売っていて、カフェがある。でも、夢の中の噴水は見つからない。このモールの噴水は、黒い石か何かを土台にして、その土台から直接水が出るタイプと、中央に背の高い木のようなオブジェがあって、そこから水が出るタイプがあった。ご丁寧に、ピンクや青、緑の照明が水を照らしている。よく言えば幻想的、悪く言うと個性がない。矛盾しているようだけれど、それが現実だと思った。

 諦めて次へ向かう。噴水がよほど特徴的なのでなければ、大人に訊いてもどこにあるかわからないと言われそうだ。

 なんとなく道がカーブしていた。西に斜めに傾いていたので、このまま進むと北西になってしまう。どこかで曲がらないといけない。次の大通りとぶつかったところで、私は道を逸れた。

 ただ、思い通りの道ではない。今度は少し南に寄ってしまう。区の施設らしき建物があったので、いったん、私は寄り道した。細い道なら、いくらでも適切な方向へ進めるのに。

 結局、何も見つからないまま、ゆっくりと帰宅する。

「あんた、何してんの?」

 お金を出しながら、お母さんが不思議そうに訊いてくる。まあ、それはそうだ。毎年、夏休みといえば暇で、自宅でだらだら過ごすほうが多いのだから。

「気にしないで」

 話したところで、信じるとは思えなかった。これほど関わっていながら、私だってまだ、わからない点のほうが多いのだ。

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