第7話

 琴美の家は、私の家から、住宅街を少し歩いて坂を上ったところにある。中学校に行くなら、琴美の家のほうが近い。その代わり、駅には少しアクセスしにくい場所だ。歩いたら11分かかる。最寄り駅が2つあって、そのどちらも同じくらい時間がかかる場所だった。

 琴美の家はマンションで、ペットは飼えない。ただ、そのマンションはいくつも部屋がある家族用で、琴美もちゃんと自分の部屋があった。

「お邪魔します」

 まだ家族は出かけている時間らしいけれど、一応、失礼のないようにあいさつする。友だちの家に上がるのは、親戚の家に上がるのとはちょっと違う感じがする。琴美の家には何度も来ているはずだけれど。

 絨毯がおしゃれな居間を横切って、かわいいドア飾りのついた部屋に入れてもらう。

「座って待ってて」

 琴美が台所からゼリーとスプーンを持ってきてくれた。

「選んで!」

「琴美の家のだし、琴美が先に選んでよ」

「いいの?」

 琴美がイチゴを取ったので、私は桃のゼリーだ。プラスチックのカップを持つと、今まで冷やされていたのがわかる。

「ありがとう。いただきます」

 一口食べると、その冷たさと甘酸っぱさが心地いい。身体全体で食べているみたいだ。暑いときに、冷たいゼリーはおいしい。お茶は持ってきたけれど、ぬるくなったお茶とでは、比較にならなかった。

「おいしーい」

 私たちは暫く、一緒に動画を観て過ごす。ペットが飼えないから、ペットの動画を観るのが琴美の楽しみの1つらしかった。楽しい時間は本当にあっという間だけれど、琴美の家族が帰って来る前に6時を回ってしまい、私は家に帰る。

 あんなに危機的な状況だと言われたのに、結局、石を探さなかった。でも、いったいどこへ行ったらいいのだろう。

 カバンから出した葉っぱを見つめる。狸じゃないから、葉っぱを頭に載せて化ける、というわけではないと思う。でも、貴重な葉っぱみたいだったから、下手に草笛にもできない。いや、したくても、硬い葉っぱだから、難しそうだ。船をつくるのも違う。

 ふと気づくと、雨音がする。大きな音で、ザーザーと降っている。あまり遅くならなくてよかった。

 もう8月も後半だ。ほとんどの宿題は終わっていて、私はもうすぐ学校に行くのに、自由研究は決まらないし、石も見つからない。どうすればいいんだろう。

 なんとなく、私は窓を開けて、持っていた葉っぱを雨水で濡らした。水滴が撥ねて、手から腕のあたりまで濡れてしまう。それでも、どうにか葉っぱに少し水が溜まった。

 私はそのまま葉っぱを引っ込めて、机の上にティッシュを敷いて、そこに載せる。なんでそんなことをしたのか、自分でもわからない。ただ何となく、そうしようと思ったのだ。そして、その溜まった水滴をじっと見つめる。なんだか、心が落ち着いてくる。

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