第5話

 翌日は、もう帰宅する予定になっていた。早紀お姉ちゃんは、友だちと会うと言って、朝食の後、すぐに帰ってしまった。おばあちゃんは、私が長く残れるように、お父さんに迎えに来てもらったら、と提案する。

 月末に、もう一度来るのはわかっていた。だいたい、8月の終わりごろになると、また遊びに来る。

 ただ、私の頭には、例の石の問題があった。盆踊りで見つけた石は、やはり何でもない、普通の黒い石だった。

 もう少し早く、見つけ出して来なければ、自由研究を手伝ってもらえない。もう中学生なんだし、宿題くらい自分でやらないと、とも思うけれど。今日は帰るふりをして、寄り道をしたい。

「ちょっと行きたいところがあるから、夕方までには出るつもりなんだけど」

「あら、そう? 気をつけて帰りなさいよ」

 おばあちゃんも、止めてくるわけでもなかった。

 最初の寄り道は、池の公園だ。昨日来たときは、そんなにしっかり探そうとは思わなかったけれど、石は普通の道よりも、こういう場所にありそうだと思ったのだ。

 相変わらず、よく晴れている。まだ時間帯は言うほど遅くないから、池の反射は眩しいくらいだ。おばあちゃんは、私が暗くなってから歩くのをよしとしなかったから、夕方になる前に出てきてしまったのだ。

「男の子ならいいけど」

 そう言うのだ。

「部活で遅くなることもあるけど」

「あんまり暗い道は通りなさんな」

 まあ、いつものこと。お母さんは、そこまで言わない。むしろ、おばあちゃんのことを過保護だと言っている。

 池の中に落ちていないだろうか。ふと、そんな気がして、池の中をのぞき込んでみる。鯉はたくさん泳いでいるけれど、青く光る石なんて、見えない。

「でも、この池、大きいからな……」

 全部は見えない。それに、見つけても、どう取っていいのかわからない。

 木の下や、砂の上を探し回って、1時間も歩いた。さすがに暑くて、飲みものが必要だと思ったので、自動販売機でペットボトルを買った。迷ったけど、汗をかいたので、スポーツドリンクにした。Tシャツや下着、特にリュックのところが、汗で濡れて、気持ち悪い。

 少し休んで、私は駅に向かい始めた。別に今日でなくてもいい。スタンプラリーでもしようか。そうしたら、電車でいろんな駅を回れるから。

 一瞬、そんな風に思うけれど、中学生の女子が一人でスタンプラリーをしている絵を浮かべて、私は首を横に振った。やめた。小学生か男の子ならいいけど。弟でもいればいいけど。

 お小遣いで一日乗車券を買う? いや、やっぱりやめた。それより、自転車とかで区内を走って回るほうがいい。スマホが道を教えてくれるもん。

 中学生になったから、制限はかかっているけど、お母さんはスマホを持たせてくれている。方向音痴の私が迷子にならないように、地図を使えるようにしてくれたんだ。

 手で握るくらいのサイズの石が道に落ちていたら、たぶん、普通は邪魔だと思う。道を掃除する人たちがいるから、たぶん、そんな石は落ちていたとしても、とっくに他の場所に行ってしまっているだろう。

 どこに?

 石は燃えるゴミじゃない。たぶん、私なら、他にも石がある公園とか、山とか、砂利道に投げちゃう。

 もし投げられて、小さくなっていたら、見つけられるだろうか。ばらばらに割れちゃったかもしれない。

 駅の階段を見ても、ホームを見ても、そんな石は落ちてない。あるとしても。私は気づく。あの線路のあるところだ。そんなところに入れるわけない。

 理屈から言って、どこにでも落ちているというわけではない。邪魔なら、普通はどかす。どこに、といえば、他に石があるところに。だから、石のあるところに行かないと、きっと見つからない。

 家に帰る前に、少しだけふらふらと近所を歩く。道端に落ちている、とは思わないけれど、それでも見ないとわからない。段差のある、大きなタイルみたいなものが並ぶ道路の隅を見ながら、アスファルトに引かれた白線の上だけを選んで歩く。

「きゃっ!」

 下ばかり見て歩いていた私は、危うく人にぶつかりそうになって避けた。その人も、私に気づいていなかったらしく、慌てた様子で一瞬、バランスを損なう。スマホを持っていた。

 ただ、転ばなかったし、そのままどこかへ行ってしまう。スマホ歩きをしていたのは明らかだけれど、今の私は他人に文句を言える立場ではない。

 少し顔を上げて、私は周りを見ながら、ときどき立ち止まって足元を確認する。大きな石が落ちていれば、少し離れていても気づくはずだ。

 結局、何も見つからないまま家に帰り、私はおばあちゃんに電話をかけた。

「ちゃんと帰ったのね?」

「うん」

 暗くなる前に電話をしないと、心配される。電話さえかければ、話は一言、二言でよくて、それ以上、何か訊かれるわけでもなかった。

 あの大きなタンスを離れたら、向こうの世界には行かれないかもしれない。タンスに手を伸ばしたときに眠っていた記憶はない。洋風の自宅の部屋は、おばあちゃんの家と違って、何かがありそうな感じはまったくしなかった。

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