第4話
見覚えのある部屋で目が覚めた。滑らかでない風景と自分の身体の見た目には、慣れないけれど。
「戻りましたね。どうです、気分は?」
そこにいたのは、昨日も会った女性だった。名前は聞いてない。ピンぼけしたような見た目のせいで、きれいなワンピースを着ていても、素敵に見えない。
「別にどうってこともないですけど」
「昨夜の件をお伝えしたいと思っていて。実は、あの話には、まだいろいろと伝えきれていない部分があるんです」
「そうですか」
特に驚かなかった。昨夜の話だけなら、ただの夢だと思ったくらいだ。
「明美さん、この空間がおかしなことに、気づいていらっしゃるでしょう?」
どういう意味だろう。この奇妙な見た目のことだろうか。
「なんていうか、滑らかじゃないですね」
「ええ。実は、あまり長く石が離れていると、この世界ごと、消えてしまうんです。だから、大急ぎで見つけないといけなくて」
この世界が消えるのと、私たちの世界と、いったいどんな関係があるのだろうか。正直、あまり関係ないのでは、と思ってしまう。ここは現実の世界には思えない。本当に人間が生きていて、活動している世界なら、真剣に受け止めるけれども。
「この世界って、いったい何ですか?」
女性は少し困った顔をした。
「そうですね、人間の夢の世界の一つ、とでも言いましょうか。人はたくさんの夢を見るので、そういう夢の世界がいくつかあるんですけど、その中の一つです」
ということは、この世界が消えると、私たちの夢の種類が減るのかもしれない。
「最近は、ここへ立ち寄る方も減ってしまいました。ときどき、この世界の住人が人間界に旅をして、こういう空想もあるよ、とおしゃべりに出かけていたんですが。近年は、古い神話や、西洋の冒険物語のほうが人気みたいで」
「ああ……」
なんとなく、わかる。学校でも、そういう話をする友だちがいる。
「でも、ここが消えても、また新しい夢をつくれるんじゃ……」
「ええ、そうかもしれません。でも、消滅してしまうと、過去の創造物まで、すべて消えてしまいます」
「え?」
どういうこと? 私はよくわからず、女性のほうを見返す。ぼやけていて、焦点が定まらず、私は数回、瞬きした。やっぱり気持ち悪い。
「過去の文献、書物や、かつて想像された儀式、お祭りも、ここと繋がりの深い部分が消えてしまうんです。つまり、初めからなかったことになってしまいます」
私はこの世界が、具体的にどんな夢に繋がっているか、よくわからない。けれども、その喪失が大きいのではないか、という想像はできた。
「それで……具体的に、どこを探せば見つかりそうなんですか?」
そう訊き返してみる。
「この町です」
女性はそう答える。
「あの行列の風景を覚えていますか?」
そういえば、ちょっと不思議な葬儀だった。丸く膨らんだ、大きな光を持った人たちや、籠を担ぐ人たちがいた。
「はい……ってことは……」
日本の夢の一部なんだ。よく見ると、その人は、ワンピースというよりも、着物に近い姿だった。ぼやけて見えているから、見間違えたんだ。でも、ここはベッドだし、よくわからない。
「この部屋は、まだほんの入口にすぎません。つまり、現代に近い形になっています。そのドアを通って外へ向かい、古い町並みを見たいのであれば、出ていただいても構いません。ただ、今は……」
ぼやけているのだろう。ここと同じで。
「何か、もう少しヒントないですか? この町だけだと、私、とても探せません」
「ええ、ですから、何人かの方には、同時にお願いしているんですが」
早紀お姉ちゃんは、知っているんだろうか。何も話していなかったけれど。
「たとえば、この町って、こちらの世界だとどういう範囲を指しているんですか?」
「この町というのは、同じ区だと思ったのですが」
ああ、そういう意味なのか。はっきり言ってもらわないと、同じ駅の周辺とか、もっと狭い範囲だと思ってしまうところだった。
区内なら、私の家も学校も、その範囲に含まれる。ただ、その分、見ないといけない範囲が広がる。
「それで、こういう行き来できる場所って、どれくらいあるんですか?」
「ええと……私もよくわからないんです。かなりたくさんあるのは事実なのですが」
そんなにたくさんあるなら、私が探さなくても見つかりそうだ。だけど、それなら、私みたいな子どもに頼まなくていいと思う。
「どうして私に言うんですか? そんなにたくさんあるなら、大人の人に頼んだほうが、見つかりそうなのに」
「それが、そうでもないのです」
どうしてだろう。私の疑問に答えるように、女性は口を開いた。
「ゲートがあっても、それが見えない人は大勢いるんですよ」
夢の世界だから。でも、私は小学生でもないのに。
「幽霊なんかも、そうでしょう? 見える人は大人になっても見えますが、見えない人には見えないんです」
「早紀お姉ちゃんは……」
「残念ですが、お気づきではないようです」
「そう、ですか」
お姉ちゃんと一緒にだったら、どんなに探しやすいだろう。でも、お姉ちゃんは大学生だから、私より忙しいかもしれない。住んでいる場所も、少し離れている。今はたまたま、おばあちゃんの家に来ているけれど、住んでいる場所は、本当は神奈川なのだ。
「見つけていただいたら、自由研究のお手伝いもしますから」
そうだ。自由研究を忘れていた。手ごわい理科の宿題。いったい何をすればいいんだろうか。それに、私が見つけなくて、他の人が見つけるかもしれない。
「できるだけ、やってみます」
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