第3話

 おばあちゃんの朝食は、いつも早い。私と早紀お姉ちゃんが降りると、おばあちゃんはとっくに食事を済ませていた。

 おばあちゃんはお味噌汁を温め直してくれる。

「さあ、召し上がれ」

「いただきまあす」

 朝はやっぱり、ご飯にお味噌汁。いつものおばあちゃんの朝食だ。もちろん、それだけじゃなくて、ちゃんとお漬けものやサラダの残り、焼きナスや卵焼きがお膳に並んでいる。お味噌汁には、人参とじゃが芋が入っていて、しっかり食べる朝食になっている。この朝食は、ちゃんとお母さんにも受け継がれていて、私はいつでも、しっかり食事をしてから学校へ行く。

 私がお漬けものを取ると、酸っぱい香りがする。

「明美ちゃん、今日は遊びに行く?」

 どうしよう。私は一瞬迷って、例の石を探すことを思い出す。いや、でもあれは、夢かもしれないし。

「池の公園に行くのは?」

 とりあえず、自分が好きにすればいいや、と思い直す。

「いいよ」

 おばあちゃんも元気だ。

 池の公園は、真ん中に大きな池がある公園で、その周りはたくさんの植物で覆われている。木が多いので、夏は涼しく感じる。冬は寒いので行かないけれど、お気に入りの場所の一つだ。

 公園の池は、太陽の光を受けて、きらきらと光る。池の中には鯉がいて、色とりどりの姿がときどき近くを通る。

「音を出すと集まってくるかも」

 早紀お姉ちゃんが言うので、私は手をポンポンと叩いてみた。すると、なぜか鯉が寄ってくる。あっという間に集まって、アイドルのゲリラライブみたいになってしまった。

「おもしろーい」

 おばあちゃんは少し休もうか、と言ってベンチに座る。お姉ちゃんも座って、スマホを見始めた。黒飴をもらって、私は飴を舐めながら木の葉を見上げる。若々しい色の葉っぱたちが、光を受けてきらきらと光る。木の名前はよく知らないけど、こういう風景を見るのは好きだ。

 どれくらいの時間、そうしていただろう。私はそれから、座っている早紀お姉ちゃんの髪からゴムをはずして、その髪を三つに分けて編み始めた。三つ編みにしようと思ったのだ。早紀お姉ちゃんの髪は柔らかくて、さらさらと気持ちいい。

「私の髪でやっても、すぐほどけちゃうよ?」

 早紀お姉ちゃんはいつも、そう言うけれど、私は気にしない。編み上げた私は、左手でそれを押さえると、さっきはずしたゴムを使って結び直す。

「できたよ!」

「ありがとう」

 勝手にやったのに、お礼を言ってくれるのは、早紀お姉ちゃんが優しいからだと思う。

「そろそろ帰ってお昼にしようか」

 おばあちゃんが声をかけてくる。

「はあい」

 帰ろうとしたそのときになって、私はタンスの裏の人たちの頼みを思い出した。青く光る、黒い石。

 でも、おばあちゃんもお姉ちゃんも歩き出していて、そろそろ確かにお昼の時間なので、私も食事をしに帰ることにした。

 たぶん、どうせ夢だし。

 お昼ご飯は、出前でお蕎麦やうどんを食べようという話になって、私は月見うどんを頼んだ。


 今日も結局、盆踊りの2日目に参加して、昨日と同じような日になるんだろうと勝手に思っていた。私は一着しかない浴衣をもう一度着たし、早紀お姉ちゃんも、荷物が重くなるから持ってこないよ、と同じ浴衣を着ていた。

 昨日ほど人はいなかった。内容は何も変わらない。途中で少し離れて、屋台で杏子飴を買う。手づくりっぽいコリントゲームが置いてあって、運がよければ2つ、3つもらえる場合もあるようだったけど、そううまくいくものじゃない。

 食べ終わった後の棒を処理するために屋台に近づき、ゴミ袋に投入して戻ろうとするとき、一瞬、何かに躓いた。

「っと」

 足元を見ると、結構な大きさの黒い石が転がっていた。

「……まさか、ね」

 タンスの裏を思い出し、石を拾ってはみたけれど、青く光る要素なんて、まったくなさそうだった。

「単なる偶然だって」

 私は石をどうしようかと見回す。商店街の真ん中だから、石を投げ入れていいような、舗装されてない道なんて、見当たらない。

「一応、昼の光で見てみるか」

 その後は踊らないで、おばあちゃんに帰ると伝えると、おばあちゃんは早紀お姉ちゃんにどうするか訊いていた。お姉ちゃんは大人だから、1人で帰ってきてもいいらしい。おばあちゃんがまだ楽しみたかったら悪いな、と思ったけれど、石を処理する方法もなかったし、おばあちゃんに言っても、きっと子どもの空想だと思うだけだろう。


 持って帰った石をそのまま自分のバッグに入れて、私は寝る準備を進める。奇妙な偶然のせいで、私の気持ちはタンスの裏に引き戻されていた。

 さっさと布団を敷いてしまうと、私は横になる。一瞬だけ、そういえば自由研究がまだだな、と思ったけれど、おばあちゃんの家で宿題をするつもりはなかった。

 そういえば、おじいちゃんもいるのに、私はいつも「おばあちゃんの家」って言ってる。まあ、おじいちゃんとは、そんなに顔を合わせないから、つい、そういう気分になってしまうのかもしれないけど。

 タンスの隙間をぼーっと眺めていると、また昨日と同様、ノイズが走ったみたいな風景が見える。今日はお葬式ではないらしい。

 手を伸ばすと、また引き込まれるように感じた。

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