第17話 ココロと身体

 ルイーズが、若い頃古城に植えた花々はレナの悲鳴で全て枯れてしまった。

 悲鳴を上げ、気を失ったレナは、ジャメルの手で城の自室に運ばれた。

 目を覚ましたレナは、相変わらず頭痛と腹痛で気分も最悪だった。

 誰にも会いたく無い。

 何で私なんか生まれてきたんだろう。

 私が生まれてさえ来なければ、ママは死なずに済んだし、お祖母様もあんな鎖に繋がれる事はなかった。

 悲劇は全て私のせいだ。

 私と言う存在が、みんなを不幸にしたんだ。

 レナは自分を割れるように痛い頭で、自分を責め続けた。この痛みも罰なのだ。そう思えば何でもない事に思えた。


「アンドレ様が食堂でお待ちです」

 エリザがレナを呼びにやって来た。

 お父様が待っているなら、行くしかない。

「直ぐに行きます」

 長い廊下を一人で歩く。

 始めて城へ来た日の朝、ベルに連れられて廊下を歩いた事を思い出した。

 広く明るい廊下。

 でも、こんな所、連れて来て欲しくなかった。

 今はこの明るさが恨めしかった。

 もし魔力の所為で、街に住み続ける事が出来なかったとしても、何処か森の奥ででも、一人で暮らした方がまし。

 あんな事、知りたくもなかった。

 ママを殺したのは、私だった。

 食堂では父アンドレが、待っている。

 今は会いたくない、いや、二度と誰にも会いたくない。

 レナは行き先を変えた。





 食堂にエリザがとびこんできた。

 アンドレの嫌な予感は必ず当たってしまう。

「どうしたエリザ」

「申し訳ございません! レナ様が……」

 レナが向かった先は、母アミラの眠る霊安堂の『百合の間』だった。

 霊安堂に入る事を許されているのは、王家一族のみである。

 扉は、外から開けられないよう中から鍵をかけた。

「ママ、ここでまた二人きりになろう」

 母の棺に、ズキズキと痛む頭をもたれかけた。

 ここなら、ジャメルもベルもエリザも入ってこれない。

 暫くすると、アンドレが『百合の間』の前までやって来た。

「レナ、ここにいるのか?」

「ごめんなさいお父様。私はここでママと二人になりたいの」

 どうして皆、私を放って置いてくれないのかしら。

 ママさえ生きていたら、まだ街で城とは関係なく今迄通り生活してたのよ。

 きっと今頃はエヴァと二人で訓練校に通っていた筈。



「扉を開けなさい」

「ごめんなさい」

 国王として父として威厳を持っていったつもりだったが、娘には届かなかった。

 それ以後、幾ら声をかけても、中からは何の物音もして来ない。

 心配でたまらなくなったアンドレは、ジャメルに魔力を使って開けるように頼んだ。

「何とか魔力で開けられないだろうか。あの日から具合も良くない様子だったし、もしレナに何かあったら……」

「無理だ。霊安堂には一族しか入れない様に誓いが立てられてある」

「破って入ればどうなる」

「この国に魑魅魍魎共が闊歩することになるだろうな」

 ベルが息を切らせてやって来た。

「魑魅魍魎など、お前とエリザでなんとかなるだろ!」

 ベルは、ジャメルに無理を押し付けようとする。

「ベル様、私達にも、できる事とできない事があります。国を混乱させるわけには……」

「一体どうすれば……」

 アンドレが頭を抱える。

「ルイーズ様に来て頂くのはどうだ」


 ジャメルには、もうこれしか策は思い浮かばない。

「母上か……」

 確かに、もう打つ手はそれしかない。



 何時間か眠ったらしい。

 外から聞こえてきた人の声で目が覚めた。

「レナ! ここを開けなさい」

 ルイーズの声だった。

 なぜ?

「お祖母様?!」

「レナ、ここを開けて出て来なさい。そこは、そう何時間もいていい場所じゃない」

「ごめんなさい、お祖母様。私は、ママのそばに居たいの」

 もう、お願いだから、放っておいて欲しい。

「そんな所に閉じ篭って、どうする気だい」

「もう、誰にも会いたくないの……」

「あの女、アミラがそんな事を望んでると思うのかい」

「分からない……」

 もしかしたら、ママは私を恨んでいたのかもしれない。

 それからレナは、アンドレの問いかけにも、ルイーズの問いかけにも一切答えなかった。

 今何時なんだろう。

 昼?

 夜?

 ここは外に繋がる窓も無いため、昼なのか夜なのかも分からない。

 このまま眠り続けて、母の元に行こう。

 そう決めたレナは、逃げる様に眠った。





「レナ、お前がここから出てこないのなら、私もここで死ぬよ」

 ルイーズの大きな声で目が覚めた。

 何事?!

「私も一晩考えたんだよ」

 ルイーズは隠し持ってきたナイフを首に当てるた。兄が幼いルイーズにくれた、あのナイフだ。

 年月を重ねたルイーズの首に、赤い血が滲む。

 突然レナの脳裏に、首に血を滲ませたルイーズの姿が現れた、

「お祖母様、ダメ!」

 『百合の間』の扉が開いた。

 レナの目の前には、死を覚悟したルイーズの姿があった。

「お祖母様、やめて」

「いいんだよ、ここまでお前を追い詰めたのは私だ」

 ルイーズがナイフに力を入れたその瞬間、ナイフがルイーズの手から消えた。




「冷え切った霊安堂に一晩中居たんです、身体を温めなければ」

 ベルに無理矢理、風呂へ入れられてしまった。

 暖かい湯が、レナの冷え切った身体を温めた。

 湯の中で少し眠ってしまったようだ。

 浴室から出たレナは、レナの身体が子供から大人になったと知らせている事に気付いた。

「少し色々と重なりすぎましたね」

 ベルがレナにお茶を差し出す。

 一口飲んで、顔をしかた。

 苦いの酸っぱいのか甘いのか、全く訳の分からない味がする。

「変な味、これ何?」

「お腹の不快感を減らすお茶です」

 しかめっ面のまま飲み続けるレナ。

「5日もすれば、随分楽になりますよ」

「女って面倒なのね」

 確かエヴァも、そんな事言っていたのを思い出した。

「そうですね、レナ様が極端な行動を取ってしまったのも、そのせいかもしれませんね」

 きっと、それは違う。

 だって、この絶望的で何にも関わりたくない気分はちっとも変わらない。


 でも……


「お祖母様に謝らなくっちゃ」

「え?」

「古城のお祖母様のお庭、私が枯らしてしまったのよね」

「そう言えばクリストフが、突然枯れてしまって何が起きたのかと騒いでおりましたね」

「庭番のエリックに手伝ってもらっても大丈夫かしら」

「良い考えですね」

 ベルは落ち着きを取り戻し始めたレナに、ほっと胸をなでおろした。



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